第104話 果実
「果物、回収……。回収しなきゃ……。回廊が繋がって、ようやく来れた。ここなの。プライムの世界に。ママの樹から零れ落ちてしまったの──」
江奈の口から漏れる、ぶつぶつとした呟き。最初の方は特に小さな声で背後にいる俺には聞き取り難い。
「苦労したの。苦労したの。平行世界を経由し続けて、ようやくなの……。全部、
「えな、さん? 江奈さんっ!」と、フラフラとガソリンスタンドから離れる方へ歩き出した江奈に焦りながら声をかける。
ばっと自らの口に両手を当て、立ち竦む江奈。
「……行こう、ネカフェはこっちだ」俺は漏れ聞こえてきたフレーズに戦慄しながら、何でもない風を装って江奈の手を握る。
そのまま自分が前になって歩き出す。どうしても浮かんでしまう自分の表情が、江奈さんから見えないように。
「朽木、私……」
「うん」
「……」
冷たい江奈の手。それを無言できゅっと握りしめる。
道を踏み外さないよう、祈りを込めて。
結局、そのまま二人とも無言でネカフェに到着する。
「このブースで取り敢えず休んでて。何か食べ物ないか探してくるから」
靴を脱ぎ、フラットシートの上で両ひざを抱えていた江奈は、無言のまま頷く。
俺は心配ながらも、ブースを出て、食べ物がないか漁り始める。
「……ダメだ。電気が来てないから、業務用冷蔵庫の中のは腐ってる。缶詰みたいなのが……」
俺は埃をかぶりながら棚を漁っていく。
「あ、ツナ缶! 膨らんでいないし、行けそうだ」
俺は見つけたツナ缶を掲げて外から差し込む光にかざす。
「……暗くなる前に、色々探しとかないとな」
そのまま家捜しを続ける。
数十分後。
俺は片付けたオープンシートに見つけた戦利品を並べていた。
落ち着いたのか江奈さんも様子を見にブースから顔を出す。
「じやーん。さあ、夕御飯にしよう」と顔を出した江奈に努めて明るく声をかける。
日が落ちかけて、ネカフェの室内はすっかり暗い。
俺は漁っている時に見つけた懐中電灯をつける。それを上向きに立て、バケツの中へ。バケツの中で、うまく立つように置く。
そのバケツの上に、ラベルを外したペットボトルを横にして置く。
光を散乱するペットボトル。
「運良く、非常用の備蓄があったよ。とりあえず飲み水は確保っ」と俺はペットボトルからあらかじめ注いでおいた水を入れたコップを江奈へ渡す。コップは当然ドリンクバーからパクって来たもの。
「……きれいね」闇に沈んだ室内で光が踊る。ペットボトルの中で揺らめく水がうまい具合に光を散らしていて、辺りをチラチラと照らす。
「クラッカーと、ツナ缶があったから載せてオードブル風にしてみました」と俺は給仕するように皿を江奈の前へ。
「メインディッシュは?」
「ツナのクラッカーサンドでございます」と俺はクラッカーを一枚取り出し、追加で上から重ねる。
「ふふっ」零れる江奈の笑みにほっとしながら、二人で質素な夕食を食べ始める。
クラッカーとツナだけの簡素な食べ物でも、何かを食べると言う行為自体に、ほっとした雰囲気が流れる。
あらかた食べ終わった所で、江奈が何かを決意した様子でコップに入った水をぐっとあおる。
空になったコップを両手で握り締め、江奈が口を開く。
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