第58話 地下室

 師匠の館で一晩休み、翌日。


 体の疲れは無くても、精神的な疲労が限界だった俺は、死んだように眠りこけていた。

 結局、昼過ぎに、もそもそと起き出す。


 俺が適当に身支度を整え、部屋から顔を出すとちょうど江菜がこちらに来るところだった。


「朽木、もう昼だよ。飯はどうする?」


「ああ、おはよう、エナさん。……食べるよ。」


「用意してある。その後、師匠が来るようにって……」


 言い淀む江奈。

 俺は引き金のない銃の件だと、ピンとくる。


 軽く食事を済ませ、俺と江菜は師匠の元へと向かう。


「これから、この銃のことが何かわかるかも、だな。」


 俺は呟くように口を動かす。


「そうだな。」


 心配そうな江奈の声。


「そんな顔しなくても、きっと大丈夫だって。」


 俺は一度立ち止まると、江奈の方を振り向く。


「それでさ、江奈はプライムの因子って聞いたこと、あったりするか?」


 江奈も何かを感じたのか、立ち止まり、改まった様子を見せる。


 俺は今更ながらに江奈に、聞いてみることにしたのだ。

 唯一誰にも話していなかったこと。でも昨日のことで、江奈には話しておかなきゃと思った。


 しばし沈黙する江奈。


「……いや、初耳だ。それが、その引き金のない銃が本だった時に書かれていた内容なんだな?」


 真剣な江奈の表情。


 俺は江奈に向かって、覚えている限りの内容を伝える。


「うーん。それだけじゃ何とも言えないな。だいたい、朽木は無事に、『逆巻く蒼き螺旋ダンジョン』から出てこれたじゃないか。その時点で、すでにその本の内容からずれているし。」


「うーん。確かに。でも、俺の装備品化のスキル、変だよね?」


「それは、そうね。」


 しぶしぶ同意する江奈。


「やっぱりプライムの因子ってのが、関係あると思うんだよね。だから、やっぱりこの引き金のない銃を制御して、続きを読みたいんだ。単なる勘だけど、本の内容が、ダンジョンの本質に触れている気がするんだよ。」


「わかったわ。気をつけてね。師匠のインテリジェンスウェポンにとりつかれた人の話し、覚えているでしょ。」


「もちろん。でも、そのための修練だったんだろ?」


 俺はそう言うと、軽く江奈の頭をポンとして、歩き出す。


「もう……。あ、そのドア開けて、階段下るのよ。」


 俺はたたらを踏んで、方向転換する。言われたドアをくぐり、階段を降りる。

 階段を降りると、そこは地下室のようだ。

 意外に広い。


 部屋の奥では師匠が待っていた。


 師匠の目の前には祭壇のようなものがある。

 俺は何となくツボの間のことを思い出して嫌な気分になりつつ、

 師匠に挨拶する。


「もしかして、これはっ!」


 後ろからついてきた江奈の驚いた声。


 振り向くと、江奈は祭壇の下の床に描かれた模様みたいなものを見ている。


「師匠! これって、マスカル老師の絵ですか?!」


 俺は江奈に聞く。


「だれ、マスカルさんって?」


「マスカル老師! 師匠と同じナインマズルの4位、『画伯』マスター・マスカル!」


 何故か江奈に怒られる。


「えっと、ナインマズルには芸術家の方もいるの?」


 俺の疑問に師匠が口を挟む。


「ハハァっ! 芸術家! 確かにやつは芸術家肌かもねー。」


「もう師匠まで! いい、朽木。マスカル老師はすごい人なのよ! 三色のペイント弾を使って、どんな絵でも描けるんだから。しかも、それがただの絵じゃないのよ。絵によって違う種類の魔法が発動するのよっ。」


「奴のスキルとて、色々制限はあるみたいだがね。江奈は自分の七色王国(セブンキングダム)とマスカルの銃戦闘の運用が似てるからね。思い入れが強いのさ。」


 師匠があっけらかんと告げる。


「ああ、じゃあその床の模様も魔法が何か出るんですか?」


 俺はあまり突っ込むと江奈の機嫌を損ねそうなので、話を進めることにする。


 師匠が答える。


「魔法が出ると言うか、これ自体が魔法みたいなもんさ。結界だよ。引き金のない銃が、もしも暴走したりした時は、一時的に拘束してくれる結界さ。その時は、一射絶魂(ワンショットアセンション)のスキルで魂ごと撃ち抜いてあげるから、安心おし。さあ、竜胆、そこにお前の銃を。」


 祭壇を指差す師匠の笑顔は凄みを感じさせるものだった。

 俺はしかし、何故か逆にその笑顔を見て落ち着くと、取り出した銃を祭壇に置いた。


「さぁ、竜胆。どうするかはわかっているんだろ?」


 師匠の声。

 俺はこれまでの事を思い出すと、ゆっくりと右手を引き金のない銃に刻まれた刻印へと伸ばした。

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