第50話 オドの活力

「ハァ、ハァ、ハァッ」


 荒い息を繰り返しながら、俺は中岩の隣で目の前の夕日を眺めている。


 江奈が帰った後、始めてみた『ピクニック』だが、想像以上に、辛い。

 中岩に来ること、これで3回目。

 早朝に焔の街を出発して、もう、夕方になる。

 途中から息切れしてペースが落ちたことは確かだが、10往復しろとはとんでもないにも程がある。

 俺は日が完全に沈む前に、今日はもう帰ることにした。


「これ、無理ゲーすぎだろ……。」


 翌朝、俺は日の出前に焔の街を出発する。

 日の光はないが、稜線越しに朝焼けが辺りを照らし、視界には困らない。


「問題はこの筋肉痛だな。」


 昨日一日中登り下りしていたから、当然足から始まり、全身筋肉痛だ。ガクガクしながら、スタート地点に向かう。


「さて、『ピクニック』してきますか……」


 ……


 見上げる空が茜色に染まってきた。

 筋肉痛の体を無理して続けた『ピクニック』だが、今日は散々な結果で終わった。

 今いるのはは、二度目のスタート地点。重たい体を大の字に広げ、空を見上げているところだ。


「ハァー。昨日よりも辛い。しかも、さっきよろけて花を踏んじゃったからな。これで一回分はノーカウントなんだろう。ここまでしかいってないと、関係ないけど。」


 俺は荒い息を整えつつ、ぼーと空を見上げ続ける。


「……帰るか。」


 翌日も、その翌日も俺はひたすら『ピクニック』に挑戦し続ける。最初はひたすら筋肉痛との戦いであった。

 朝起きて、ひたすら登り下りを繰り返す日々。

 しかし、それも10日を過ぎる頃には慣れてくる。もともと、単純作業を続けるのはそこまで苦にならない。


(ひたすらGを拾っていたのに比べればこれぐらいは……。師匠達が何を考えてやらされてるかはわからないけど、何かあるんだろうな。)


 そんな事を考える余裕が出てくるまでにはなってきた。


 ……


「よし、6回目!」


 俺は中岩で夕日に向かって叫んでいた。最近は、すっかり筋肉痛に悩まされることもなくなっていた。登り下りするルートも最適な物は発見済み。同じそのルートを何十回と通ったから、草木の位置は一つ一つ全て頭に叩き込んである。

 ほぼ駆け足で1日登り下りした体は汗ですごいことになっている。俺は手早く携帯している食料と水分を摂取すると、帰路につくことにした。


 焔の街への帰り道、俺はふと思った。


(あれ、これ以上、無理じゃね? 俺、今でも最短ルートをほぼ駆け通しだよね?)


 翌朝、俺は『ピクニック』のスタート地点についた所で、考え込んでいた。一晩考えたが、やっぱりこれ以上速くするのは無理という結論に至った。走り続けていれは少しづつ速くはなっていくだろうけど、今より1.5倍以上速くなるのは無理。


「これが、ダンジョンの中なら楽勝なんだが。」


 オドの強化があるダンジョンであれば、初日の状態でも楽に10往復以上行けただろう。

 俺は背後のダンジョンを振り返りながら呟く。


「いっそ、モンスターでも生け捕りにして担いで……」


 俺はそこまで考えて急いで口を閉じる。

 モンスターのダンジョンからの流出は最も阻止すべき事態だと初心者の講習で叩き込まれたのを思い出す。


「この前の宿で出たみたいにモンスターがひょっこり出てくる……何てことはないだろうしな。」


 俺は何気なくポケットに手を突っ込む。

 指先に硬いものが触れる。


 取り出すとアクアのモンスターカードだった。


「ああ、リュックが破れたからここに入れていたか。」


 俺は再びポケットにしまおうとして、ふと、動きを止める。


「そういや、何でアクアはダンジョンの因子を持ってないんだろ? 改めて考えてみると本当によくわからないよな。師匠は穴だーって言ってたけど。俺の中にもあるって言ってたよな。少なすぎて、ステータス開いたり、スキルを使ったりは出来ないけどって。あれ聞いたときは、てっきり精神汚染率の事かと思ったけど。」


 俺はアクアのモンスターカードを眺めながら独り言を呟く。


「穴か。穴ねー。」


 俺は自分の中に穴があいている様子を想像してみる。


「穴って言うとどうしてもイド・エキスカベータのことを想像しちゃうけど、あれは全くの別物だよな。」


 どうしても穴と言われてもピンと来ない。

 俺はいつしか、ダンジョンに潜っているときと、今とを無意識のうちに比べ始めていた。


「ダンジョンの中と外、何かが違うのはわかる。何時間もダンジョンに籠りっぱなしの生活を伊達に続けてないしな。そして、きっと俺の中にダンジョンの因子を感じるって言う師匠の言葉も正しい気がする。」


 俺はいつしかあぐらをかいて座り込み、ウンウン唸っていた。


「こう、何て言うのか……。ズレ? うん、そう、ズレている感じなんだよね。ズレね。」


 俺は言語化したことで、少し気分がすっきりする。


「ズレ、だね。なんだ、そうだよ、ズレてる所を探せばいいんだ。」


 俺は自分自身に意識を向けてみる。そして、すぐに気がつく。気がついてしまう。


「ああ、魂がズレてるのか。そうかそうか、魂変容か。それが答えだったんだ。」


 俺は相変わらず手に持ったままのアクアのカードに話しかけるように呟く。


 何故か理解できた。

 どうやら俺は無意識のうちに、目をそらしていたらしい。

 そりゃそうだ。

 自分がモンスターになりかけている何て、誰も考えたくもないだろう。


 俺は本能で理解した方法で、そっとダンジョンの因子を発動する。


 体に、オドの活力が満ちるのを感じた。




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