第40話 宿にて

 江奈に言われていた、最初の宿。


 そこは、高地にある集落の中の、大きめの家と言った風情の建物であった。

 普通の家よりは大きく、所謂ペンションと言うには小さめの、その家。

 俺たちを乗せた原チャがそこへ近づく。その音で気がついたのか、年配の夫婦とおぼしき男女がその家から出てきた。


 まだ動いているリアカーからひらりと飛び降り、その老夫婦に駆け寄る江奈。


 親しげな様子でハグを交わし、何か話している。


 俺はしっかりリアカーの動きが止まるのを待ってから、のそのそと降りる。こり固まった筋肉が、痛い。


 ゆっくりと江奈達のもとへ行くと、声を掛ける。


「エナさん、そちらの方は? 知り合い?」


「ああ。紹介するよ。こちらはランドと、ソア。今日の宿のご主人と奥さんだ。二人とも、元ガンスリンガー。」


 俺は取り敢えず笑顔だけ取り繕って、握手をしておく。

 なにやらペラペラと話し掛けられる。ウンウンと頷いていると、何故かランドが肩に手を回して非常に親しげな様子をみせる。俺は、そのまま肩を抱かれて宿の中へと案内されていく。


 背後では、江奈は何故かその様子を見て、あきれたように顔に手を当てて空を仰いでいた。


 荷物を、案内された部屋に置く。隣の部屋には原チャの運転手が泊まるらしい。


(ああ、そういうシステム……。というか、契約なのかな。これ、もしかして明日以降も、でこぼこ山道をリアカー&原チャで踏破するの……)


 俺がげんなりしていると、夕食に呼ばれる。

 時間は少し早いが、疲れた体に染みいるような手作り料理だった。


 夕食後、江奈はランド夫妻と積もる話があるようなので、俺は先に備え付けのシャワーだけ浴びて寝ることにする。



 そして、深夜。


 カチャリと、扉の開く音が静まり返った室内に響く。俺は疲れているはずなのに、何故かその物音で半分目がさめる。

 扉の方に、細身のシルエット。


「クチキ、起きているか?」


 抑えた声は、江奈の物だった。


「どうしたの、エナさん? 夜這い? さすがに隣に聞こえるかもよ。」


 俺は寝ぼけまなこで、それでも江奈につられて一応声を抑え答える。


「バカっ」


 俺の寝ぼけた答えに対し、静かに頭をはたかれる。

 月明かりに映る江奈の顔が、赤みを差しているように見える。


(今日はレッドムーンだっけ?)


「ふぅわぁー」


 俺が呑気にあくびをしていると、江奈が焦れたようにゆすってくる。


「うおっ。ど、どうしたの?」


「いいから。ステータス開いてみろ。」


 俺は言われるがまま、ステータスを開く。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 氏名 朽木 竜胆(クチキ リンドウ)

 年齢 24

 性別 男

 オド 16

 イド 7


 装備品 

 なし

 なし

 なし

 なし

 なし


 スキル 装備品化′

 召喚潜在化 アクア(ノマド・スライムニア)

 魂変容率 0.7%

 精神汚染率 0.2%

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「あれ、開いた? ダンジョン潜ってたっけ?」


 俺が呟く。


「バカっ。いい加減、眼をしっかり覚ませ。敵、かもしれない。」


 江奈の抑えた声に、俺は一気に目がさめると、急いで装備品を身に付けていく。


 室内戦闘の可能性も考え、武器はホッパーソード一択。

 深淵のモノクルは、片目をつむり続けるのは暗い中では非現実的なので、黒龍のターバンを選択。

 新しく手に入れた胴体装備はどちらにするか、迷った。チェインメイルと最初俺が布だと思っていたマント。装着時間を最優先として、マントを羽織るだけにする。


(現状、どっちのスキルが必要になるか不明な感じだし、今は時間がおしい。)


 手早く支度を整えるのを、江奈は部屋の扉の横の壁に張り付き、魔法拳銃を構えて待っている。

 月明かりに浮かぶはりつめた表情。


 俺はゆっくり江奈に近づくと、手振りで準備が出来たことを伝える。


「索敵しながら、ランド夫妻を起こしに行く。」


 江奈が静かに宣言する。


 俺は密かに、戦力として自分の方が当てにされているのかと嬉しくなる。


 俺が頷くと、江奈が扉を開ける。

 俺はドアを押さえた江奈の横を通り、先頭になって暗い廊下へと進み出した。

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