第39話 たゆたう煙
税関では武装の持ち込みで、もたついた。しかし颯爽と現れた江奈が、ペラペラと何か話すとあっという間に通過することが出来た。
(かわりに江奈の分まで荷物を持たされているのはいただけないが……)
「朽木、何ぶつぶつ言ってるの。タクシー乗るよ。」
すたすたと歩く江奈の後を、追いかける俺。時差とエコノミーシートのダブルパンチは、ボディーブロウのように効いてくる。
空港に着いたときにも思ったが、この国は何となく全体的に煙たい。空港から出ると一層それを強く感じる。風にのって、様々なものが燃える匂いが届く。
舗装されていない道路に止まっているリアカー。野菜や、何か焼いている食べ物を売る屋台。修行僧の一団とおぼしき集団が音楽を奏でながら何かを燃やしている。
空港前は、人の熱気に溢れていた。
江奈はリアカーに近づくと、そこにいた現地の男性と何語かで手早く交渉を始める。
次の瞬間、まるで手品のように江奈の指先にバーツ札が現れ、すぐさま現地の男性が受けとる。
江奈がくるりとこちらを向き、手招きしてくる。
俺は重たい江奈の荷物を担いで、江奈たちに近づいて行く。
近づいてみると、どうやら原付にリアカーが接続されている乗り物らしい。
「朽木はそっちね。二人分払っといたから荷物よろしくね。」
何故か得意そうなどや顔の江奈。
「もしかして、タクシーって、これ?」
「そうよ。当然でしょ?」
さも当たり前のように答える江奈。
仕方ないと、二人分の荷物と一緒に、指差されたリアカーに乗り込む。
こっちの運転手はおじさんだった。なにやらペラペラ喋りかけてくるが、良くわからず肩を竦めてみせる。
俺はこの時点では江奈の罠にすっかりはまっていたことに、全く気がついていなかった。
俺が何とかリアカーの荷台におさまり、嵩張る江奈の荷物と自分の慎ましやかな荷物を載っける。
江奈の合図で、二台のリアカー付き原チャが出発する。
のんびりと進む原チャ。
ゆっくりと異国の風景が流れていく。
最初は物珍しくてキョロキョロしていた俺だが、あまり代わり映えのしない風景と時差のせいでしばらくするとうとうとしてしまう。
突然の振動。ガタンという音が響く。
「敵かっ。」
思わず飛び起きる俺。
「なに寝ぼけてるの。」
江奈の呆れたような視線が刺さる。
俺たちを運ぶ原チャがいつの間にか山道にさしかかっていた。
「どれくらい寝てた?」
「知らないわよ。でも、今日は後三時間は進むわ。そしたら宿よ。」
それからは、なぜ江奈が荷物をよろしくと言っていたのか、痛いほど理解することとなる。
揺れるのだ。本当に、揺れる。舗装されていない道が、さらに山道になり、でこぼこ具合がパワーアップしてきた。
そしてリアカーが揺れると、当然荷台にいる俺と荷物は踊るように跳ね回ることとなる。
自分の体を抑えるのですら精一杯なのに、江奈の嵩張る荷物はあり得ないほどの威力を持って、右へ左へ。そして時たま下から抉り込むように突き上げをかましてくる。
俺は、すぐさまへとへとになってしまう。
俺はこんなにも、オドの強化がダンジョンの外でも有効になってほしいと願ったことはない。
(くっ、ちょっ。跳ぶから!アクアが召喚出来たら、全部抑えて貰うのに!)
俺は思わず、ダメ元で口走る。
「深淵の混沌の先。時の灯りの照らさぬ地に生えし不可触の大樹。そは一葉の雫を母とし、父を持たぬ者よ。呼び掛けに応え、鼓動打ちし不定の狭間より顕在せよ。モンスターカード『アクア』召喚」
当然何も起きない。蒼色のカードはちゃんとそのままポケットの中に鎮座している。
激しい揺れの騒音で、誰も俺の無駄な抵抗に気がついていないのだけが、唯一の救いといえよう。
こうして、地獄の三時間が過ぎる頃、ようやく本日の宿に到着した。
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