第38話 機上

 結局、ダンジョンを脱出して2週間後、俺は飛行機に乗っていた。

 眼下には、一面の雲。


 あの後、江奈から強引に連絡先を交換させられ、旅の手配も江奈がガンガン進めていって。いつの間にやら、中央アジア連峰に行くことが既成事実のようになってしまっていた。さらに運の悪いことに、昔取ったパスポートの期限が切れておらず……。最後の言い訳も絶たれた俺は流されるままに、機上の人となった。

 もちろん、この引き金のない銃の解明が、優先事項としてかなり高いことは論理的には納得している。俺のスキルの謎の解明ばかりではなく、今世界中で起こっているダンジョンの異変の手がかりになる可能性もあるわけだし。実務的にも、このまままたダンジョンに潜って、また扉に挟まれそうになるのは遠慮したいところだ。そのためには専門家の意見というのはどうしても聞いときたい。ただ、江奈にリードされているのが、腑に落ちないだけである。


 そこらへんを含め、やはり準備には時間はかかり、このタイミングでの出発となった。


 江奈は今頃、ビジネスクラスで優雅に過ごしているのだろう。俺は10時間のフライトをエコノミーで窮屈に過ごしながら(当然の節約だ。江奈はお金貸すよと言っていたが、断固拒否した)、この怒濤のような2週間を思い返していた。



 俺はダンジョンから出て、江奈に捕まった後、そのまま連行されるように冒険者協会支部に連れてこられた。


 待ち構えていたのは、嘘の笑顔が剥がれ落ちた支部長と、見知らぬ幹部っぽい面々による、尋問かと思うような、オ・ハ・ナ・シのお時間。そこで俺は、江奈にしたのと同じような説明をさらに詳しく延々とするはめになった。


 当然、スキルのことを聞かれた。それこそ、根掘り葉掘り聞かれましたよ。しかし、何とか詳細は死守した。

 もともと冒険者には、保有スキルを聞くのはマナー違反という風潮もあり。なんといっても、それが我々の飯の種であり、切り札になるわけで。

 非常に汎用性の高い、強力なスキルを手に入れたということで押し通した。非常に疲れる時間であった。


 まあ、あまりにしつこく聞かれたので、実は気を逸らすために、途中で羽つきトカゲの魔石を出した。その時の、どよめきと、幹部連中の驚愕の表情は爽快だったが。


 ここまで大きくて純度の高い魔石は、数年ぶりの大物の出物らしく、経理担当っぽい幹部さんが色めき立って食いついていた。とんとん拍子で支部主催のオークションをしてくれる事になり。手数料の件含め、支部側の言い値で俺は一任することにした。


 数百万は固いとの経理担当の言葉に、内心舞い上がっていたのは事実。だが、何より今後もこれぐらいの魔石なら取ってくる自信が秘かにあったので。それに、将来を見据えて、スキルを秘匿する代価として向こうの言い値にすることにした。一応、次からは手数料の割合は交渉させてもらいますよと、釘だけ刺しておくのは忘れていない。


 後、特筆すべきなのは、俺がダンジョンを脱出した後に、消えていた2層への扉が再び現れたこと。俺たちのオ・ハ・ナ・シ中に職員がその事を支部長に耳打ちに来ていた。

 当然、俺が事情を聞かれたわけだが。そんなことを聞かれても知らないと、突っぱねた。まあ、実際何も知らないわけで。無理矢理想像するなら、逃がした獲物(俺)を再び呼び込むためかとも思ったが、プライムの因子の事を話さずにそんな推測を話すわけにもいかず。


 俺は今度は手に入れた宝箱を取り出して、再び皆の気をそらす作戦に出た。

 さすがに二度目ともなると、そこまでの効果はなかったが、深層で手に入れたものとのことで、すぐに協会紐付きの最高の鍵師が呼ばれることとなった。諸々の費用は魔石のオークションの売上から相殺してもらう事にした。


 色々あったのだが、結論から言うと、宝箱の中身は、ポーションだった。


 初めての宝箱が開く瞬間はドキドキするものだった。鍵開けの匠の手で、鮮やかに解錠され、カチャッと鍵の開く音の心地よい響き。ゆっくり持ち上げられる蓋。中には針付きのアンプルのようなガラスの筒が一本。金色に輝く金属製の蔦のような美しい装飾が、ガラスに絡み付くように施され、ガラスの中にも金色の液体が詰まっていた。

 ポーションといっても、それはどんな肉体的な欠損でも癒す霊薬とも言うべき性能らしい。過去数度、宝箱から出現しており、この度にニュースになるような貴重品だった。

 当然、お高い。相当お高い。経理担当の役員が、魔石の時の比ではないぐらいの勢いで、食いついてきた。

 俺は、今回はオークションには出さない事にした。なんといってもダンジョンで俺が自分で使う可能性もある。


 そうして夜遅くまで続いたオ・ハ・ナ・シがようやく終わると、俺はくたくたの体を引きずるようにして、安息の地であるネカフェへと帰ってきた。


 久しぶりのネカフェは、天国だったとだけ。


 翌日からは、江奈の連絡攻勢をかわしつつ、今回の探索の精算に、旅の準備。そして新装備の確認と目まぐるしく動き続けた。

 その忙しい日々のなか、出品者としてオークションに参加したりもした。そこで得たお金が、かなり旅費に消えて、ネカフェ住まい脱出を諦めたのは忸怩たる思いが強い。


 そうしてようやく全ての用意も終わり、今に至る。もうすぐ、飛行機が、中央アジア連峰の入り口のある国の空港に、着陸する。

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