第32話 脳みそ大改造
「はいはい、大事だね。アイデンティティーの崩壊だね。さて、いいからさっさとやるのだ。」
アクアが容赦ない。
「いや、やらざるを得ないなら、やるけど、せめてもう少し労ってよ! 召喚主は俺だよね?! その召喚主が、これから魂とかを犠牲にしようとしているんだよ。なのに、その態度なの?」
俺は今回は断固抗議する。魂や精神を犠牲にしてまで生き残りたいかと言われたら、当然生き残りたい。生きて地上に帰りたい。
しかし、それとアクアの態度は別問題だ。
「ああ、そうね。はいはい、大事大事なの。大変大変なの。」
ものすごく、なげやりなアクア。まるで聞き分けのない子供を適当になだめすかしているかのよう。
「むぐぐっ」
俺は全く納得できず、しかしいつまでもこんなところで滞空している訳にもいかないので、諦めてスキルを使うことにする。
(えーい、こうなりゃ、自棄だ! 勢いだっ! 訳のわからん器官だし、名前も適当に決めてやる!)
「スキル、イド生体変化、発動っ。集合的無意識を穿て! イドを奪い取れ! イド・エキスカベータ生成!」
目に見える、変化は何も生じない。
一切の苦痛もなく。
身体も、世界も。まるで変わらぬ様子。
(なんだ? 大したことない? それとも失敗したのかな。それはそれで恥ずかしいな。気合いの入った掛け声叫んじゃったよ。)
俺が疑いを持つほどの時間は経てど、何も起きない。どこか気が抜けたような、安心したような気分。
しかし、突然、それは起きた。
激しい目眩。そして、精神の奥底から極彩色の何かが溢れてくるような幻覚に襲われる。
うねうねと色を変えるものが、視覚いっぱいに広がる。
極彩色のそれは渦巻き、形を変え、目の前で激しく伸び縮みを繰り返す。
見つめ続けれは狂気に引かれてしまうことが、本能的にわかるような幻覚。
アクアの言っていた、精神が汚染されていく感覚が、肌で感じられる。そして、何よりも恐ろしいのが、その事に、そこまで恐怖を感じられない自分自身だ。
まるで、すでに俺自身の一部は極彩色の何かに汚染されていて、更なる汚染をどこかしらで喜んでのではないかと、疑ってしまう。
俺は急ぎイド・エキスカベータを解除する。
すぐに消えていく極彩色の幻覚。ただ、舌に残るような後味の悪さだけが消えない。
俺が、ステータスを確認すると、確かにイドは満タンまで回復していた。
アクアに告げる。
「はあ、はあっ。イドの汲み取りは出来るぞ……」
「じゃあ次はどこかに着陸して鑑定なの。」
(気楽に言いやがって。)
俺はアクアを睨みながら心のなかで文句を言う。当然伝わることは想定して。
「生き残るためって自分で言ってたの。それでどこに降りるの?」
黒龍のターバンを外して、深淵のモノクルを装備する必要がある。俺は最適な場所を考える。
地上は薄青色のガスが広がり続けている。ダンジョンの縁の方まで広がる可能性があるから、おちおち鑑定なんてしていられないだろう。
「あの塔、しかないな。」
「あそこは多分、羽付きトカゲの巣になってるの。」
「そうだけど、仕方ない。見つからないように行く。もし見つかったら出来るだけ素早く倒してくれ。」
俺はそうアクアに告げると、塔に向かって、頭の魔法陣から生える真っ黒な翼を羽ばたかせた。
運よく、敵に見つかることなく塔にまで接近することに成功する。
その外周をゆっくりと羽付きトカゲ達に見つからないように気をつけて見て回る。
「どこにも降りられそうな場所、ないな。」
「あまり上に行くと羽付きトカゲ達の使う出入りなの。」
俺の独り言にアクアが答える。
「ああ。気を付ける。さて、どうしたものか。」
「はあ、世話が焼けるの。アクア様が塔に張り付いてクチキを支えてやるの。」
(アクア様ネタ、まだやるのね。)
「ありがとう……」
俺のお礼の言葉もそこそこに、アクアは塔に取りつくと、足の裏で塔にそのまま張り付き、横向きに立ち上がる。
そして俺の右手を掴んでいたアクアの右腕がそのまま俺の身体の方へ回ると、緩めに締め付け、落ちないよう支えてくれる。
俺は固定されたのを感じると、飛行のスキルを解除する。
頭の魔法陣がゆっくりと回転を止めると、飛び散るように消える。
それに合わせて黒い翼ももげるように抜け落ち、空中で霧散する。
俺は黒龍のターバンをしまうと、深淵のモノクルを取り出し、装着した。
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