第10話 VS桃色巨大蟹

 ガンスリンガー達が、残弾や、残していたイドを惜しみ無く使い、激しく撃ち始める。

 一層轟く火薬の炸裂音。乱舞する魔法弾の光。

 それは横から見ていても目と耳が痛くなるほどの迫力を持っていた。

 立ち込める煙と光で巨大ピンクキャンサーの姿が隠れる。


 そして、そのままゆっくりと下がりだすガンスリンガー達。


(さすがの巨体も、これだけの攻撃に晒されたら……)


 俺のそんな感想がフラグだったのだろうか。ぬうっと巨大なハサミが、立ち込める煙を割って突き出されてくる。


 その正面には、移動してきた江奈の姿が。


 二丁魔法拳銃を構え、つき出されてきた巨大なハサミに魔法弾を乱射する。

 七色に変化する魔法弾の軌跡。


 着弾。


 着弾する度に、白い閃光がハサミの上で輝く。


 どうやら白色の魔法弾は衝撃波に変化するようだ。


 白い閃光が煌めく度に、ハサミが押し戻されていく。

 しかし、ダメージが通った様子は見られない。


 膠着状態に陥る江奈。

 その顔色は悪い。元々白い肌が、今は青白くなってきている。


(江奈さん、イドの枯渇が近いのか?!)


 俺は心配になって江奈の顔色に注視する。


 イドの減少による精神的苦痛が江奈の表情を歪める。

 その精神的苦痛のせいか、江奈の指がもつれ、魔法弾を撃ち出すリズムが狂う。 


 狂ったリズムで撃ち出された魔法弾は、着弾したときに赤く光る。その魔法弾は炎となる。

 その炎は、巨大ピンクキャンサーのハサミの甲羅を僅かに焦がすが、すぐに消えてしまう。


 衝撃波によるノックバックが無くなった巨大ピンクキャンサーはその長くて強靭な無数の脚を折り曲げ、力を溜めると、大きく跳躍する。

 そのまま、江奈を下敷きに潰そうとする巨大ピンクキャンサー。イドの減少による精神的苦痛に苛まれていた江奈はふらふらで避けるのが遅れる。


「危ない!」


 一連の流れを注視していた俺は、重力軽減操作のスキルで全身を軽くする。数日前の1.5倍まで増加したオドによる身体の強化と相まって、全力で江奈目掛けて突っ走る。そして江奈をかっさらうように抱き上げると、そのまま走り抜ける。


「ちょっ! 朽木っ!」


 俺がこっそり江奈さんにも重力軽減操作のスキルを使ったのは秘密だ。


「下ろせよ、恥ずかしぃ……」


 じたばたと力なく暴れる江奈。


「こんなときに何言ってるですか。だいたいフラフラじゃないですか。さっさと逃げますよ。」


 俺が腕の中にいる江奈に向け、呆れ声で言ってると、江奈は急に顔を引き締め、叫ぶ。


「朽木、避けろ!」


 ダンジョンの出口目掛けて一直線に走っていた俺に向かって、巨大な泡が迫る。

 とっさに急制動をかけ、横っ飛びに力一杯飛ぶ。間一髪、俺たちのすぐ脇を通り抜ける巨大な泡。俺はそのまま江奈をしっかり抱えて、地面をゴロゴロと転がる。


「あたた。大丈夫ですか、エナさん?」


 俺は急ぎ起き上がりながら声をかける。


「ああ。何故かいつもより体が軽く感じられたからな。大したことない。しかし、逃げられなくなったな。」


 俺は目を会わせないようにして、江奈の視線の先を追う。するとそこには、ダンジョンの出口を塞ぐようにして巨大な酸の池が出来ていた。


 俺が巨大ピンクキャンサーを振り返ると、次の泡を口に作り始めている様子。なんだか巨大ピンクキャンサーが勝ち誇ったように見えるのは、目の錯覚じゃない気がした。


(ちゃんと考えられる脳味噌が、カニ味噌のかわりにつまってたりして?)


 俺は下らないことを考えながら、倒れたままの江奈を再び急いで掬い上げるように抱き抱える。


 巨大ピンクキャンサーの口許には複数個の、人の頭ぐらいの大きさの泡が作り出されていく。


「複数個いっぺんに出せるんだ……」


 俺が思わず呟く間に、作り出された泡達が巨大ピンクキャンサーの口許を離れ、ふわりふわりと浮いたかと思うと、一斉に俺たち目掛けて発射される。


 俺は江奈を抱えたまま、何とかギリギリでそれを避け続ける。


 複数個の攻撃。腕の中の江奈。

 先ほどまでの最適な動きでの回避とは全く異なる、全力をもってして、何とかかわしている状況。


 当然それは無理な体勢の連続となり、体力的にも消耗が激しい。


 俺は徐々に追い詰められ始める。


 俺がギリギリなのに当然気付いている江奈は、大人しくしていたが、ついに口を開く。


「朽木、そんだけ身軽に動けるようになったんなら……。」


 言いよどむ江奈。

 しかしすぐに早口で続きを話し出す。


「あんた一人なら、あの酸の池、飛び越えられるんだろ。私のことは、おいてきな。」


 思わずまじまじと腕の中の江奈の顔を見てしまう。

 そのせいで、危うく酸の泡を浴びる寸前で何とか回避する。


 俺は答える。


「やだなー。こんなときに、そんな冗談。危うくカニのよだれまみれになるとこでしたよ。」


 俺は出来るだけ、軽い感じで答える。先ほど見た江奈の顔が死を決意したものに見えて。


(あんな顔されちゃあね。男の子は逆に頑張っちゃうんだよね、エナさん)


 俺は打開策を求め、ない頭を振り絞りはじめた。

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