第8話 広場での戦い

 俺は奈瑞菜に礼を言うと、ダンジョンの入り口に向かう。


「あっ……」


 何故か俺に向かって手を伸ばし、何か言いたげな表情を見せる奈瑞菜。しかし、彼女は伸ばした手を握りしめ、そのまま俺を見送る。


 俺はそんな奈瑞菜の様子に気づくことなく、ダンジョンの入り口を囲む県軍の兵士たちに近づく。

 そのうちの1人に冒険者カードを見せ、中へと通してもらう。

 無言で敬礼され、俺も会釈を返して、兵達の人垣を通り抜ける。


 目の前にダンジョンの入り口。このダンジョンは洞窟型で、更地に、岩が積み上がった形をしている。

 俺は最後にステータスを表示させる。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 氏名 朽木 竜胆(クチキ リンドウ)

 年齢 24

 性別 男

 オド 21 

 イド 3 (11)


 装備品 

 ホッパーソード (スキル イド生体変化)

 革のジャケット 

 なし

 なし

 Gの革靴 (スキル 重力軽減操作)


 スキル 装備品化′

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


(当然、まだイドは変わってないよね。)


 俺はホッパーソードの柄を握りしめ、覚悟を固めると、洞窟型の入り口へと進んだ。


 俺がダンジョンに入り、最初に目に飛び込んできたのは、溢れんばかりのカニであった。


 ショッキングピンク色のカニが、壁のようにガンスリンガー達の引く防御線まで迫っている。

 それはまさにピンク色の悪夢。ショッキングな死の津波。


「ピンクキャンサーが、あんなにっ!」


 俺が驚きに一瞬固まっていると、ガンスリンガー達の一斉射撃が始まる。


 実包の響き渡る火薬の炸裂音に混じり、魔法拳銃の輝く弾道痕が入り乱れ、面で押し寄せるピンクの波が押し止められる。

 額を撃ち抜かれ、脚をズタズタにされ、倒れ伏すピンクキャンサー達。しかし、次から次に湧き出すカニ達が後ろから倒れ伏した同胞を踏みつけ、乗り越え、ダンジョンの出口を求めて殺到してくる。


「左の突出部は受け持つから、中央の殲滅、確実に処理して!」


 江奈の指示がダンジョンに響き渡る。


 江奈が火力の薄めの左側に素早く移動し、両太ももにつけたホルスターから二丁魔法拳銃を抜く。

 そのまま腰だめ打ちで、魔法弾をばらまく。


 それは俺がたまに拾いをするときに見る、細い針のような魔法弾とは異質の攻撃であった。


(これが七色王国(セブンキングダム)の二つ名の実力……)


 複雑に色の変化する無数の魔法弾が、迫り来るピンクのカニ達に到達する。

 次々に色の変化する魔法弾がカニに当たった瞬間、その色に応じて、カニ達は様々な死に様を晒す。

 青く光る魔法弾が当たったカニはそのまま凍りつき。

 赤い魔法弾が当たったカニは内部から弾けとび、その肉に炎を宿して周りのカニ達まで焼き尽くす。

 紫の魔法弾が当たったカニはどろどろにとけ、毒の沼と化す。


 ランダムに変わっているようにしか見えない魔法弾の色だか、よくよく見ると、一発の無駄弾もなく全てカニに命中している。しかも、手前のカニのほとんどが氷の彫像となり、その滑る壁でカニ達の進攻を阻む。そのすぐ奥には毒の沼地帯が形成され、さらに奥では連鎖する炎の地獄絵図が出現している。


「あ、もしかして全てが、狙ってやってるのか!?」


 俺が驚きに声を漏らすと、後ろからそれに答える声がする。


「エナたん、華麗だねー。」


 そこには槍を担いだ冒険者の姿があった。俺は顔を見たことはあるが名前を知らないその冒険者に軽く会釈する。


「おたくも今来たとこ? お先に失礼ー。」


 そういうと、槍の冒険者は手慣れた様子でガンスリンガー達の中で、江奈のかわりに指揮をとっているっぽい人に声をかける。

 そのままカニ達と戦い始める。

 軽やかな槍の刺突が次々にカニ味噌に当たる部分に吸い込まれて行く。ガンスリンガー達の射線を妨げない巧みな身のこなし。

 一気に中央の戦線が安定する。


(近接職の巧い人はやっぱりすごいな……)


 俺は感心しながらそれを見つつ、ガンスリンガー達の指揮官代行に声をかける。


「参戦します! 初級! 武器は剣、遊撃で入ります!」


 ガンスリンガー達の指揮官代行の女性が答えてくれる。


「わかった。右側、大外から入れ!」


「了解!」


(競馬好きの人、なのか?)


 俺はそんな下らないことを考えながら、大きく右に回り込み、ガンスリンガー達のさらに右側から零れてくるピンクキャンサー達に向かう。


 俺が入っていた範囲をカバーしていたガンスリンガーの男性と目だけで軽く意思疎通。

 少し様子見でフォローしてくれそうな雰囲気を感じたので、重力軽減操作スキルを使い、軽く跳ねて身軽さを見せる。そのまま手を振りフォローを断る。


 そうこうしているうちに、さっそくピンクキャンサーが一匹、ガンスリンガー達の放った弾幕の嵐を掻い潜り、こちらによろめき出てくる。

 すでに手負いだ。

 ハサミが片方欠け、胴体にも弾痕が見える。


 それでも衰えぬ戦意を見せ、襲いかかってくる。

 片方しかないハサミを大きく振りかぶり、叩きつけてくるピンクキャンサー。

 重力の軛から常人より自由になっている俺は、易々とその一撃を横っ飛びに避ける。


 そのまま、振り下ろされたハサミの根元、関節の隙間を狙ってホッパーソードで切りつける。


 キチン質に金属のぶつかる鈍い音が響く。

 刃は食い込むが、切り落とすまでは行かない。


 俺はすぐさま、大きく飛び下がる。


(かってぇ。攻撃、通らなくはないけど……。これが第4層のモンスターか。)


 ピンクキャンサーはしかし、ハサミへのダメージのせいか、追撃をしてこない。

 かわりにブクブクと泡を吹き始める。

 その泡が人の頭ぐらいの大きさにまとまったかと思うと、カニの口からふわりと離れ、一気に加速し、まっすぐ俺に向かって飛んでくる。

 俺はひょいっとかわす。通りすぎた泡はダンジョンの壁にぶつかり、シューという音とともに、煙が立つ。


 カニの口許で、次々に泡がまとまって、ふわりと浮くと、俺に向かって襲いかかってくる。


(これは酸の魔法か? だが、今の身軽さなら、これぐらいっ。)


 俺は意識をカニの口許に集中し、泡を次々にかわし続ける。ピンクキャンサーも、傷ついたハサミを使うのを厭っているのか、泡での攻撃を続けてくる。

 俺は徐々に無駄な動きを削ぎ落とし、最小限の動きで泡の攻撃をかわす。


(あっ、行ける。)


 半分無意識に、体が動く。カニの泡攻撃を最小限の動きでギリギリかわし、体勢を維持したまま、全速力でまっすぐに駆ける。

 耳元で風を切る音がする。

 ピンクキャンサーがまた、泡を出し始める。


(遅いな。)


 俺は易々とカニの懐に潜り込む。

 全速力で走り込んだ勢いを全てホッパーソードの切っ先に載せ、カニの弾痕痕に滑り込ませる。

 するりとしたあっけない感触でカニの体内に切っ先が入り込む。


(あ、抜けない? ヤバいか……)


 一瞬焦るが、次の瞬間ピンクキャンサーは光の粒子となり、消える。飛び出した粒子が一つにまとまり、俺の足元に装備品となって結実する。


(やった! 倒したー。そして新装備、きたーっ!)


 俺は屈んで、新しい装備を拾う。

 思わず、まじまじとその新しい装備品を見てしまう。

 ピンクキャンサーに勝利した証、俺が初めて第4層の強敵を撃破した証である、それを。


 それは、ピンク色のミトンであった。


「なかなか、ファンシー、だな……。」

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