第44話

 ~ ☆ ~


 さ~ってと、あの英雄クンがようやく回復した事だし、ちょっと接触してみようかしら。

 なんか食事の場には出てこないし、回復したはずなのに部屋に居るのよね~。

 キリング様はなんだか御執心になっられたみたいだし、少し私の方からも調べておかないと。

 イリーナ姉さんは前倒しで接触したみたいだけど、あまり大きな成果は無かったのかな~。


 けど、英霊の方々とのやり取りは結構大っぴらになってる。

 それこそ、隠し事が出来ないくらいに。

 ここが神聖フランツ帝国じゃなくてよかった。

 じゃないと彼、不敬罪とかで死刑にされてると思うし。

 マリー様にしょっちゅう怒られて、魔法で吹き飛ばされてる所は周知の事実になってるもんね。


 ただ、それを言ったらうちのグリムちゃんもロビン様を師匠とか言って、色々やってるみたいだけど。

 毎日ボロボロになって、柔肌を傷物にしちゃったらどうするつもりなのかしら?

 アルバート様、もしくはアルバート様にとって利益になる相手に身体を捧げなきゃいけないのに。

 

「『紡いだ魔法は呪文に出来ない』って、何の言い回しなんだ。『零したスープは皿に戻せない』は……なんとなく分かるけど」

「居た居た♪」


 書庫の方で彼を見つけた。

 と言っても、探すのに方々を見て回る必要なんて無いのだけれど。

 あんな物珍しい格好と、日々英霊と言い合ってる所を見せ付けられれば屋敷に仕えている人に聞けば、誰かしらが知ってるものね。

 

 けど、見聞きしている限りの粗野な物言いや態度からは考えられないくらい、知的な事をしてるのね。

 記憶が無くて、常識もなければ学園にも通ってないと聞いたんだけど。

 少なくとも文字を理解して読める、その上で本に興味があるくらいには文明的みたい。


「……ダメだ。軍事的な書物と違って、娯楽書とかは言い回しが理解できないと読めないぞ。娯楽を得る為に勉強が必要って、なにこの砂漠の中のオアシス」

「『紡いだ魔法は呪文に出来ない』っていうのは、『口から出した言葉はそれが何であれなかったことには出来ない』と言う意味よ。『零したスープは皿に戻せない』と言うのは、『取り返しのつかないこと』と言う意味ね~」

「──ッ」


 普通に部屋に入ったつもりだったのだけど、彼は少し驚いちゃったみたい。

 とは言え、逃げられないように少しばかり自分を消してたけど。

 ただ、彼は私を見てから、直にいま聞いた言葉の意味を理解したみたい。


「あぁ、えっと? ありがとう、御座います?」

「お初にお目にかかります。ヴォルフェンシュタイン家の次女、マーシャと申します。妹とアルバート様を助けてもらった事、遅まきながら感謝します」

「あ、や、その……。居合わせたから、そうしただけなんで。別に……探し出して助けたわけじゃないんで……」


 ちょっと畏まりすぎたかしら?

 お礼を言っただけなのにもうしどろもどろ。

 なんでかしら?

 お礼を言われる事に慣れてないのかしら?

 それか、イリーナ姉さんが酷く脅しちゃったとか。

 ありそうだから困るのよね~……。


「なにを読もうとしてたのかしら?」

「ああ、えっと。ちょっと隣国とかに関する情報が少しでも載ってそうな……。所謂一般教養、知ってて当たり前な事柄が書かれてそうな物を」

「学園ではそういったのを探さなかったの?」

「探す余裕が無かったというか……。単独行動を許可されてないし、願い出たけど実際に自分は行ってないんで……」

「ふ~ん……。ま、いっか。それだったら、この本と……この本かしら。広く浅く知りたいならその二冊で事足りると思うの。あとは、どういった事が知りたいかで提示できるけど」

「あ、じゃあ……。傭兵とか、旅とか、市民の生活とか、魔物に関する事とか」

「ん~、それだと傭兵に関する書物で良いかしら」

「傭兵だけで?」

「あら、傭兵って流浪する事もあれば、本人の意志や組合の指示、或いは町や村に頼まれてそこに居る事だってあるのよ? それに、傭兵がどういう存在かというのを著しておけば、変な疑念や疑惑、誤解も生まれにくいもの」

「なるほど……」


 言われた本を探し始める彼。

 その様子は、若干”規則”を理解しているようなものだった。

 本は乱雑に仕舞われているのではなく、特定の規則で配置されていると。

 とはいえ、見取り図や分かりやすいようにパッと見で区別できるようにはなっていないのだけれど。


「え~っと、軍事関連に入ってるかな」


 しかし、それも短かった。

 直にどこに入ってるかを言い当て、その通りに探すと見つけ出してしまう。

 それには驚いたかしら。


「なぜ、そこに入ってると思ったの?」

「戦闘や戦争時に彼らを雇うこともあるだろうし、そうでなくとも魔物の討伐に一々正規軍を発足させないで組合に依頼することもあると思ったから。そうすると、さっき言った誤解や不都合が無いように”理解をするため”には、こういったところにあるかなって思ったんだよ。正解でよかったけど」

「それだけ?」

「あ~、うん……。あとは、いくつかあった候補の中から、デルブルグ公爵が軍事関連の資料に重きを置いてることや、比率が高い事から、その可能性が高いかなって、当てずっぽう」

「どこでそれを?」

「あ~、いや。クラインの部屋の本棚とか、あと書斎を見て? それと、こっちで書籍の名称を見て、大雑把にどういう傾向で本が固まってるかを見て判断したかな」


 ……グリムちゃんの報告では常識も無い、記憶も無いし、文字も読めない。

 魔法の存在も分からず、魔法の使い方も変と書かれてた筈だったけど、無教養じゃない。

 召喚、されたんだったわよね? たしか。

 じゃあ、どこか物凄く”違う場所”から来たんじゃないかしら?

 少なくとも、そういった目星をつけたり、本の題名からおおよその割り振りを判別したり、比率から傾向を判断するとか、そういった事ってそうそうできるものじゃない。

 商人や鍛冶師などが必要だからと弟子や子供に受けさせる専門的な教育とは似てるところもあるけど。

 

「……そうね~。もし、他国に行ってみたいと思うのなら、関所の通過記録と商人の荷物の記録を見ておくと便利ね」

「荷物の……。あぁ、何があって、何が無いかを判別しろって事? ……魔石とかじゃないにしても、重視すべき事柄があれば、それを探り出すのに使えるとか」

「わ、すっごい。正解よ! せいか~い!」


 実際には、薬草だとか疲労回復薬だとか、或いは鉱石が出入りしてるか、武器や防具はどうなってるか~とか。

 武器や防具だって、物によっては他国だと高く付いたり、そもそも材料が足りないから手が付けられない場合もあるもの。

 あとは、傭兵とかが命綱として使う薬草や回復薬、気付け薬とかが豊富か品薄かの判断も出来るもの。


 それが高等化してくると、戦いに備えているのか、それとも値上げを狙ってる子が塞き止めてるとかも考えられるようになるかしらね。

 需要と供給は、何時になっても遠くでの事柄を知るのに使えるもの。

 ──グリムちゃんやアルバート様が気にかけるのも納得ね。

 ただの強いだけの馬鹿かな~とか考えちゃったけど、どうやらそうじゃないみたいだし。

 下地はあるわけだから、この子を育てる事が出来たらかなり良い線行くと思う。

 戦えて、色々な知識や思考が出来て、応用して判断して行動できる子に。

 そういう人材は、国としても家としても居た方が良いもの。

 出来れば、国じゃなくヴァレリオ家に……それが出来ずともヴォルフェンシュタイン家には居て欲しいかしらね。


「ねね、グリムちゃんとかを連れて戦ったのよね?」

「連れて……。あぁ、後方警戒要員で後ろに配置してたので、大分助けられましたね」

「どう言う事を考えて人を配置したり、戦ったりしたのかな~って気になっちゃって」

「あぁ、まあ……。守るべきものを守るってのを最優先して、その為に使えるものを使い、使えるものを効果的に効率的に使おうとしか考えてなかったですかね」

「自分が一番前にいたのも?」

「まあ、自分身分も地位もない木っ端ですから。そんな人が偉そうに指示を出すには、手っ取り早く信頼を得るしかない。その方法や手段の一環として自分が前についた……って感じですかね。だって、嫌でしょう? 人に指示を出して身命を賭させるのに、信用も信頼もない相手は後ろでふんぞり返ってるとか。だから、自分がもっとも危険な事柄を担って、その上で皆にもそれぞれ負担を担って貰う……。それが瓦解しない手段でもあったので」

「瓦解、ね。言う事を聴かなかったり、統制を離れちゃったりってやつ?」

「そうですね。一緒にいる事の安心感を、一緒にいる事で感じる不安を上回らせちゃいけないんですよ。特に、ミラノやアリアといった非戦闘員と、アルバートと言う非正規戦闘員を交えてる場合」

「ありゃ、アルバート様を非正規戦闘員扱いか」

「う゛……。出来れば内密に。けど、グリムのように最初から誰かに仕える事を前提として色々と習得してる場合は、それを優先して行動できるじゃないですか。けど、アルバートに関しては……どこまで我慢できて、どこから自侭になるか分からなかったので。兵士とか組織って、我を殺し集団や団体の一員になる事から始めると思うんですけど、アルバートは今まで誰かを従えることはあっても、誰かに従う事はなかったんじゃないかなっておもいまして」


 結構色々と考えてるみたい。

 自分を狙撃したグリムちゃんの事を踏まえて後ろから警戒させる監視要員につけたのも適切。

 市街地で未熟な魔法使いに魔法を使わせると首を絞めるってのを知ってるのも適切。

 アルバート様が暴走や逃走しかねなかったから自分が前に行くのも適切。

 合理的の塊って奴かしら?

 だとしても、それが出来る人はそう居ないだろうけど。


 身分や地位で気兼ねしたり、言うべきことを言わなかったり。

 戦力と被る不利益を考えて、魔法使いを非戦力化してしまうことへの抵抗とか。

 自分の命を懸けてでも、一丸となる事を選べるかどうかとか。

 少なくとも、末端の兵士に備わっている考えや判断じゃない。

 グリムちゃんは、そこまでは報告してなかったみたいだけど。


「……芯の通った兵士みたいね」

「いやいや、自分なんて末端も末端で。芯が通ってるなんて言われるだけ恥ずかしいですし、兵士というのだって本当なら恥ずかしくていえないのに」

「え~? なんで~?」

「だって、もう辞めてますもん。本当に芯が通ってる人はまだ部隊に居て、日々訓練に励んで尽くしてくれてます。そんな人を無視して芯が通ってるとか、兵士だとか……とてもとても。説明するのに簡単かつ適切な表現がそれだったというだけで、自分なんて出来損ないですよ」


 そう言って、彼は笑ってた。

 たぶん、本気でそう思ってるんだろうな~。

 けどね、分かってるのかしら?

 一時的に勇敢になる事は他の人にもできる。

 一時的に場を取り仕切る事も誰かにはできる。

 一時的に人を従える事だって、出来ないわけじゃない。

 

 だけど、それらを複合的に絡み合わせ、非常時という非日常の中でそれを実施して、維持し続ける事は多くの人にはできない。

 誰だって、命は惜しくなるし、お腹だってすくし、喉だって渇くし、疲れるし、イライラもする。

 そんな”最低な状況”の中で自分や状況を見失わずに目的の為に邁進するというのは、簡単じゃないのよ?

 言っても謙遜じゃなくて、本気で否定するんだろうけど。


「……君がどういう教育や訓練を受けてきたのか気になるな~」

「あぁ、いや……。そんな高等なものじゃないですよ。もっと役職や地位が向上していれば沢山の知識や技術と言ったものが要求される筈ですけど、自分がやってるのは平時における一個班と、行動時における一個組を任される程度ですし」

「組? それってどんな編成なのかしら?」

「え? 2~3人程度の編成ですけど」


 ……そんな規模の編成、聞いた事が無い。

 むしろ、そんな最小単位で人を編成できるって、どれだけ高度な教育や訓練を受けてるの?

 それとも、それだけ信用や信頼がされてるって事なのかしら……。

 あるいは……信任された部隊で、それだけ少数であっても大丈夫と思われている?

 

「君って、どういう兵科だったの?」

「あ~……ん~、散兵部隊……が、たぶん正しいのかな? あるいは、歩兵部隊とも言うけど。状況に応じてどっちも出来るようにしてるって感じで、前線の構築から敵地浸透からの偵察、側面部に展開して横撃を加える為に独自の部隊として行動するとか……」


 お、多すぎないかしら?

 というか、下っ端なのになんで当たり前のようにそういった事をスラスラ言えるの?

 私の知ってる下っ端なんて、ここまで理路整然としていて出来た態度を見せたりしないものなのだけど。

 あぁ……新兵教育と訓練って、難しいのよね~……。

 それを踏まえると、下っ端の内にここまで仕込める程度の高い部隊や国があったということなのかも。

 それに、散兵をやってたって事は、基本的に”機動力”と”秘匿性”を見られてるはず。

 そこに居たという事は、彼自身も大分叩き込まれて鍛えられてると見て良い。

 じゃないと、魔物の群れの近くで平常心を保って行動するような精神力をもてるとは思えない。


「まあ、限界はありますけどね」

「そりゃそうよ」

「ああ、いや……。そうじゃなくて。……結局、何とかなってるといっても、個人規模での話でしかないですから。これが膨らんでいったら、耐えられないと思うんで」

「え、どうしてかな?」

「だって、組織の一員として、集団や団体の一部として作り変えられるって事は、逆を言えば仲間にどっかしら依存したものに変容するってことなんで。味方は居ても仲間は居ない状況は、いつか精神をへし折ると思ってます。だから、今までのは……奇跡の連続だったというだけなんですよ」

「君は、英霊と仲良さそうにしてるとおもったんだけど。ちがったかな?」

「仲間ってのは……なんだろ。自分の部隊長が言っていたのは”家族”のようなものなんだって言ってたんです。だから、自分も家族のように後輩や同期、先輩や上官を想って来ました。同じ苦しさ、同じ辛さ、同じ場所、同じ時間、同じ訓練、同じ任務、同じ行動をしてきたのは、変え難い絆として自分を何度も艱難辛苦から心の支えとしてくれました。ですが……ここには、居ないですから。本当の家族も、仲間と言う意味での家族も」


 ……そっか。

 個でしか見てこなかったけど、彼自身はそれらを”群”で学んできた。

 群で学んだものは個で活かせる事は合っても、個で全て行使できるわけじゃない。

 同じ時期に入った”同期”がいて、配属されたら”先輩と上官”が居る。

 暫くして”後輩”が入ってきて……そこで、ある意味完成される。

 だからこそ、彼が”群”としての強さを自覚しているからこそ、群から切り離された今は……楽観視できる状況じゃないんだ。

 

 同じ苦しみを分かち合える人が居ない。

 同じ辛さに立ち向かう人が居ない。

 同じ立場に立つ人が居ない。

 同じ方向を見ている人が居ない。


 相手に応じて言動を変えなきゃいけないのなら、辛さや苦しさや悲しみを誰になら見せられるんだろう?

 たぶん……英霊の方々が相手であっても、違うんだろうなって思った。

 相手によって見せる弱みはちがくて、だからこそ一面しか誰もが知らない事になる。

 印象が代わるって言うのは、こういうことだったんだ。

 頼もしく思えるときもあれば、危うく思えるときもある。

 静かに佇んでいると思えるときもあれば、悲しみと悩みに沈んでいると思えるときもある。

 だからグリムちゃんの報告も若干曖昧だったのね。


「……ご家族は?」

「両親は5年前に亡くなりましたよ。弟は職を得て遠くへ、妹は国を出て遠い地で結婚しました」

「──そうなんだ。その、こう言う事を聞いてから言うのもなんだけど──」

「ああ、良いですよ。別に。隠す事でもないですし、それに同情や憐憫をされたくて言う訳じゃないんで」






 その時、彼の眼鏡がすごく曇った事だけは印象に残った。



     ~ ☆ ~


 さて、ご主人サマが休暇をくれたもんで自由にしているわけだが。

 結構水増しして休みを申請したのが、今になって疑惑となって圧し掛かる。

 どこまで見透かしてやがンだろうな? あいつ。


「さて、と。これが話しにあがってたクローン装置って奴だな」


 ここに来る前、ある程度下調べは済んでいる。

 かつて公爵家の一つが自分を永遠の存在にしようとして、その結果処刑されたとか。


「ふ~ん?」


 操作画面に触れる。

 だが、電源が入っていないようでうんともすんとも言いやしやがらない。

 なぜだ?

 そう思いながら調べると、なんとまあ電源ケーブルが切れてる事切れてる事。

 

「反転したとは言え、英霊を小間使いにするかね~。ったく……」


 両手を”パァン!”と小気味良い音を立てて重ねる。

 それからケーブル付近に触れると、電源ケーブルが目の前で補修され何事もなかったかのように直る。

 だが、それだけじゃあ動かない。

 

「なぜだ……? 」


 面倒くさいからと、クローン装置に触れる。

 そして、心の中で唱えるは『同調開始』という、ハジマリの合図。


「はぁ~ん、なるほどなるほど? つい最近までは生きていたワケだ。それが、電源を変に噛まれたときに電圧が変化して、ヒューズや部品がふっとんだと。ったく、しかたねぇな……」


 そこから『投影開始』で全てを”自分の望み通りに”世界の方を自分側へと寄せる。

 魔力の消費が激しいせいで、この前腹に空いた穴を治した分を余裕で使ってしまった。

 こりゃ、さらに長期間戦闘はできなさそうだな。


 だが、そのおかげで全ての異状を調べ上げ、治す事はできた。

 電源が回復し、通電したことでシステムが立ち上がる。


「さぁて、システムの復旧はどうなってるかな、っと」


 かつてのテクノロジーと言うくらいあって、噂どおりはえぇはえぇ。

 画面に触れて操作を行い、履歴も見ておくが──。


「……死体もそうだが、生きた人間をも使うってトチ狂ってやがんな」


 しかも、画面を見ても理解できていなかっただろうに。

 設定とかが毎度毎度地味に狂ってやがるもんだから、後半成功していたのは奇跡に近い。

 ミラノやらオルバやらがそうで、オルバが一番無難な完成をしている。

 オルバは寿命がほんの僅かに短くなるような設定になっている。

 なにもやらねぇなら天寿を全うするだろうが、負担がでかい事をすればするほど崩壊が早まり死期が近づくというやつだ。

 

 ミラノの方は、魔力に関する素養や素質をも丸写ししようとして、スキャン時に適正な設定がなされていなかった為にスキャンされた側に負担を与え、魔力回路に歪みを生じさせてる。

 もし連中が字を読めていたのなら、結果報告までしてくれていたと気づけただろうが、しゃーない。

 とはいえ、クローンされた側はオルバよりも完成度は高い。

 元となった少女に負担を与えはしたが、クローン側には寿命的な問題も成長や性徴的な問題も発生していない。

 

「さて、こいつは壊すべきか、残すべきか……」


 履歴を見る限り、碌な使い方をされる感じではないだろう。

 辺境伯とやらも、自分の妻を蘇らせる為にあの時のバカを使うつもりらしい。

 ……オレに、一刺しを呉れたただの人間を。

 それを考えれば壊すべきだろうが、瞼を閉じて”アイツ”から貰った首飾りを見る。

 腕に巻き、手の甲あたりに来るように誂えた其れはオレが認めた”英雄”の持ち物だ。


「……あぁ、分かってるさ。ここでこれを壊しちゃ、救われないヤツが出るからな」


 きっと、そうするほうが良いのだろう。

 別に『壊せ』とは言われていない、ただ”見て来い”としか言われてないのだ。

 なら、設定を切り替えて誰にでも弄れる状態から外してしまえば良い。


『セキュリティモードに移行。権限の無い者には操作できなくなります』

「そうしてくれ、っと」


 元個人運営のクリニックがクローン設備を持ってるだなんてな。

 過去ってヤツぁ、どこまですごい”未来”だったことやら。


「建物を掌握しろ。魔物は撃破したまえ。それ以外に何か居た場合は報告だ」

「辺境伯、もし誰かが居た場合はどうします?」

「相手による。乱暴はせずに、先ずは友好的にいき給え。勿論、相手の態度に応じた態度で接して構わん。自由にしたまえ」

「了解!」

「とと、薮蛇薮蛇……」


 まさか来るとは思っても見なかった。

 周囲を見て、足音を殺した状態を自分に付与して空いている場所から天井裏へと滑り込む。

 あぁ、ヒッデェ有様だ……。

 鼠のフンに、クモの巣か。

 死体に埋もれて隠れて糞尿を浴びるくらいに嫌なモンだね。


 建物の内部は残念ながらオレ以外には誰も来訪者は居ない。

 電気が通っている事や、微細な周波を発している事から魔物には嫌われているらしい。

 人工物がテクノロジーを駆使した結果、魔物避けとなったという訳だ。


「異常なし!」

「こっちも異状無しです!」

「影も形も無しです」

「よし、ご苦労であった。二人は外部から侵入できる場を持ち場に、一人はこの部屋で待機だ。分かったかな?」

「「「了解であります!」」」


 さて、天井裏からだと移動が儘ならないもんだ。

 霊体になったとしても、魔法使いとして高位だと居場所が察知されかねない。

 そこらへんは研究する必要が有るか?

 有るな。


 とにかく、何をしようとしているかは生で見聞きした方が良さそうだ。


「……ふむ。誰かが最近ここに来たようだ。それも……大分、最近。見たまえ。足跡に浮いた埃が積もっていない。足跡が新しすぎるようだ」

「警戒や捜索に入りますか?」

「外で警戒に付いているもの二名を一組として、一部屋ずつ改めて調べさせるように。外にいる者も出来る範囲で屋根の上に上った痕跡が無いか、或いは近くに潜んでないか捜索させたまえ。その際、外部への警戒は幾らか疎かでも構わない」

「はっ!」


 ふぅん……。

 出来た指揮者だな。

 何をすべきか、何をやらせるのか、どうやらせるのかを的確に指示してる。

 委任させていないから、兵士は辺境伯の責任の下で行動できるから気も楽で良い。

 人員をどう割り振って、当初の目的に対してどう対応するか。

 ツアル皇国を抜けてきたり、すり抜けた魔物を国境際で抑え込むのに長年指揮を執り続けただけはある……か。


 聞くところによると、デルブルグ公爵家の現当主とは一応同じ時期に学園に通っていたようだしな。

 それでも、辺境伯の方が数年先輩だったのだが。

 そこらへんは、後継者争いが関与しているのかも知れない。

 ……たまに税率を上げて、国に上納する金額を誤魔化して掠めていたが、それを公爵は黙認しているって事かねえ。

 とは言え、貴族至上主義連中に比べりゃ『カワイイ』もんだが。

 私服を肥やして淫蕩や贅沢をしている訳でもない。

 ただ、こうやって裏でコソコソするために必要な資金を作り、奥さんを蘇らせる為に人や物、場所を金で手に入れているというわけだ。

 泣ける話じゃねえか。


 個人的には……クローンと言うのは、複雑な心境でもあるが。



 ── げほっ……。あれ、オレは……ここは?──

 ── 成功、した……? ──


 あぁ、あの時の事は今でも覚えている。

 今のあのバカを従えているミラノという魔法使いの嬢ちゃんも、こんな気持ちだったんだろうさ。

 自分が『誰かの複製品でしかない』と言う事実にぶつかって、複雑になる。

 英雄でも英霊でもないというのは、事実さ。

 だって、オレ自身が死者の複製品なんだからな。

 そんなヤツを、誰が歴史に記したがる?


 だが、個人的な感情で言うのなら破壊してしまいたい。

 それでも、オレのようなヤツでも誕生した事に意味があるのなら……壊さない方が良い。


 ──オマエ……──

 ──君が居て、よかったよ──


 何でも抱え込みガチな本当の英雄は、オレを受け入れてくれた。

 世の中の全てを恨み、敵対こそせずとも味方もせずに捻くれていたオレは……アイツの味方になろうと、決めたんだ。

 たとえ世界がアイツを忘れても、歴史がアイツを否定しても。

 オレは、アイツの意志を重んじ、遵守し、それを達成する。


「……マリーたちと、敵対してもな」

「ふむ?」


 独り言を零した瞬間、薄い天上板を挟んでいた筈の辺境伯が反応する。

 そして、腰に下げていた細剣を抜くと魔力を通し──的確に、オレの居る場所を刺してくる。

 油断していた、しきっていた。

 だからこそ、あのバカから受けた傷すら回復し切れていないのに、更に負傷を負った。

 

 心臓。

 霊体とはいえ、魔力を帯びた攻撃で傷つく。

 ただの物理的な攻撃でなければ、同じように。


「はっ、ヤッベ……」


 そう言いながらも、武器に圧力を加えないように傷口を圧迫する。

 それによって出血を抑え、ダメージを抑えようとする魂胆だ。

 今は刺さっている武器が蓋になってはいるが、抜ければ即座に心臓から血が漏れ出す。

 それを抑えられなきゃ……大見得張っておきながらも早くも脱落だ。

 

「ふむ、手ごたえはあったように思ったのだが。血が流れぬか。……気のせいだったか」


 心臓にまで到達していた刃が抜け、それを急いで締め付けながらも回復に宛がう。

 クソ、クソ……。こりゃ、ガチでまじぃ。

 マリーがついぞ最近ダメージに対して自身を小さくしていたが、オレもあれをやらにゃ存在が保てねぇか……。

 どうやる? 想像するだけで良いのか?

 クソ、あの天才サマの真似がオレに出来るのか?

 いや、やるしかねぇっての……。


「マジックアイテムが再び反応しているようだが、以前とは反応が違うみたいだ。はて、どういうことやら……」

「資料をお持ちしますか?」

「いや、大丈夫だ。どう扱うか位は頭に叩き込んであるとも。だが、この表示は初めてだな。ふむ……」


 あぁ、クソ。

 神様ってヤツにはトコトン見放されてるみたいだ。

 何もかもが上手くいかない、そんな記憶ばかりが付きまとう。

 天井裏でよかった。

 でなければ、傷口から洩れる魔力が居場所を知らせていた事だろう。

 

 ただ、オレにも一応”発想能力”はあったようだ。

 見よう見まねだろうが、天才サマの歩んだ道の後追いだろうが関係は無い。

 成人の体から、青年ほどの体にまで自分を小さく纏められた。

 全身に魔力を行き渡らせようとして曖昧になるくらいなら、行き渡るくらいに纏めてしまえば良い。

 ハッ、そんな発想誰がするかよ……。


「……まあ良い。全く無反応だった時に比べれば、また動いているだけマシと言うものだ。一度戻るとしよう。数日ほど腰を据えて様子を見ねばな」

「了解です」


 ……さて、行ったか? 行ったな?

 行ったみたいだ。

 それでも暫く待機し、それが一時間を越えたあたりで動き出す。

 天井から這い出し、包帯が無くとも綺麗な肌を見て皮肉気に笑う。

 傷だらけ、呪いだらけだったのに、いまさらこうなるなんてな。


 とにかく、最寄の村にまで退くとしよう。

 金はある、飲食をして魔力に雀の涙ほどでも補填しなければ。


 辺境伯の領地の村にまで行き、安い宿に向かう。

 安い宿であろうとも、自身で動物を狩りそれを調理するという店ならハズレはすくない。

 少なくとも、美味い肉と適度な安酒がちょうど良い。


「へっ、うまっ……」


 今の主人はどうにも何かをやらせたがる。

 その言いつけの多くは潜んで情報収集だの、監視だのとメンドーな事が多い。

 そうなると、飯を食う金があっても食う時間が無い。

 だから、久々の飯には涙が出るね、ホント。


「にゃ~! ようやく付いたよ~……」

「ファム、気を抜きすぎ。まだ国境をまたいだだけじゃないか」

「でも~、ツアルの方は雪がもう大分積もってて、歩くのも疲れたよ~……」

「ぶっ……」


 は? え?

 何でこんなとこに二人が居るんだ?

 ツアル皇国の戦線を維持する為に常時張り付きっぱなしだった筈だが。

 マズイ、どこまでもマズイ。

 マリーと敵対して殺しあった事が伝わっていたら、深手を負っている今じゃタケルの攻撃を避けられない。

 

「相席良いかな?」


 はい、オレの人生詰んだぁ!!!!!

 いや、人生は既に終わってる上に、クローンだけどな!


「ど、どうぞ?」

「良かった、助かったよ。ファム、こっち良いってさ」

「やたっ、有り難いにゃ~」


 が、外見を青年期にまで戻していて良かった。

 おかげで気づかれていないようだ。

 ははっ、ヤッベ……。

 下手に魔法や魔力を垂れ流したら、タケルの目に入りかねない。

 そしたら、終わりだ。


「や~、助かったよ。今しがたツアル皇国から来たんだけど、宿のとり方や探し方を忘れちゃってさ。……一杯奢ろうか?」

「あ、あぁ。そりゃ、どうも」

「んじゃ。すみませ~ん!」


 ……タケルのヤツ、あいも変わらず好青年だ。

 悪い事を考えそうに無い、爽やかさを感じさせる物腰と物言いをする。

 常に自分が率先して動き、自分の言動によって支持を得る。

 アイアスとは逆の、慕われる人物として完成している。

 だからと言って戦場では穏やかといえばそうではない。

 戦場ではその刀と短刀、小刀の三種類を自在に操って全てを”両断”していく。

 ゴーレム? 真っ二つさ。

 ハーピーやクラーケン? 空を飛ぼうが海に潜ろうが切り裂く。

 ウルフの早さも、オークの脂肪も関係ない。

 そして、その”抜刀術”は誰にも見ぬけない。


 ……と言うのが評価だが、実は事前の予備動作と目で避けられる。

 当人には何度か行った筈だが、直っちゃいなかった。


「お肉っ! お肉ッ!!!」


 さて、ファムだが……。

 コイツはただの戦闘狂だ。

 獣人としての血が、戦いに彼女を呼び寄せる。

 傷を負えば負うほど、攻撃をすればするほど、戦いが長引けば長引くほど火力が増す。

 当然、背丈ほどもある大剣で火力を増すということは、周囲への被害も増すということだ。

 だからタケルが首輪つきとして付いているのだろうが。

 ツアル皇国の連中は、何かと獣人と相性が良い。

 他の連中にゃ無理な事でも、タケルならファムを正気に戻して言う事を聞かせられる。

 

 まあ、狂化して荒れ狂う台風と化したファムの傍に寄れるヤツなんざ、タケルくらいなもんだが。



 ──あ? なんだ、こんな時に。

 空気が読めないご主人サマってのは本当に嫌だねぇ……。

 はあ、ふんふん?

 あぁ、アレは修理はしたが使えないようにセキュリティモードに切り替えといたよ。

 ……は? 馬鹿にしてる?

 見つからず、気づかれずに済んだとも。

 とはいえ、勘のよい相手が傍に居たから傷口に塩を塗られてね。

 出来れば魔力をごっそり呉れればありがたいんだが。

 ……だと思ったよ、クソが。

 あ~、はいはい。

 お小遣いも呉れて、ある程度自由にやらせてくれるけど寝食をマトモに取らせて呉れないありがてぇご主人サマなこって!


 ッチ、切りやがった。

 しかし、金の使い道が新たに出来ちまった。


「そういえば、君はここの人?」

「ああ、いや……。南下して、船で神聖フランツ帝国にまで」



 そう、行く事になってしまったのだ。

 しかも、連中と共に。

 素性を悟られずに、かつての傍に居ろと?

 どんな無理ゲーだよ、ったく……。

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