3章

第25話

 ~ ☆ ~


 今思い出すだけでも、とても恥ずかしい事をしたと思う。

 なんで……この世界には知り合いが、家族ににた相手がこんなにも居るんだ。

 公爵夫人が母親とそっくりだなんて、思いもしなかったんだ。

 だから、懐かしすぎて、もう二度と生で聞く事ができない声と、触れる事の無いと思っていた物を叩きつけられて、心が折れた。

 

 異世界に来る事で、未練が一切無かったわけじゃない。

 唯一生存していた妹や弟も、それぞれの人生を歩んでいる。

 自分が居なくても、二人は自力で生きていけるだろう。

 赤子も、その成長を見届けられないのは残念なくらいで。


 あとは、自衛隊の頃の同期だとか、コミケに出ている知り合いだとか……。

 死んだように生きているだけだった俺は、アニメや漫画、ゲームを消費するだけの、死体だった。


 それが、ミラノたちとの日常で心が幾らか回復して──だからこそ、母親を見て心が揺れてしまった。


 恥ずかしい。

 ミラノにあんなことを言わせてしまった事を。

 召喚したことを、彼女は責任を感じていた。

 嘘をついているのを知らずに、若人としてどこかで生きていたと……そう思っている。

 そんなわけは無い、もう既に死んだ30歳になる無職だと言うのにだ。


「はぁ……」


 情けない。

 情けない情けない情けない情けない情けない……。

 いい年なんだろ? 俺。

 なら、もうちょっとしっかりしろよな。


「失礼します、クライン様」

「ザカリアスか……いいよ、入って。開いてるよ」


 朝食を食べた後、食後休見たいな時間に彼はやって来た。

 少しだけ居住まいを正して、クラインの演技に筋を入れる。

 彼は、本当に自分がクラインであるかのように礼をする。


「朝食は如何でしたか? 先日気分が優れないという事で、室内で召し上がられたそうですが」

「ああ、うん。母さんに会って……ちょっと、色々とね」

「……然様で御座いますか」


 然様で御座いますよ。

 ただ、主人に慰められましたとは言いたくはない。

 ただ、それで納得しなかっただろうザカリアスは歩み寄ってくる。

 そして、肩に手を置く。


「……それで、遅れた理由を、聞きたいのですが」


 ──なんで?

 公爵が手紙を書いた筈だし、それには公爵の捺印もされている。

 留守を預かっていたザカリアス以外が読む事はないし、つまりはぶっちゃけて全部書いていた筈なんだが。


「書いてあったと、思うんだけどな」

「ええ、そうでしょうね。けれども、私はクライン様の都合と事情をご存知です。ですが、それを納得する材料が欲しいのです。正直な所、実際にお会いしていないアークリアは懐疑派ですし、私も常にお味方が出来るとは限りませんから」

「なるほど、ね」


 つまり、公爵がトチ狂ったんじゃないかと。

 そう言いたい訳なのかもしれない。

 けど、それに関しては”保険”をかけてある。

 本当なら、公爵夫人に全てがバレてしまった時の為のもので、使う場面はここじゃないのだろうけど……。

 携帯電話を取り出すと、少しばかりフリック操作を行う。

 映像データを残しておいて、本当に良かったと思う。


「これは、本当ならいざと言う時の為だったんだけど、っと」


 音量を調整して、それから扉に鍵がかかっているかの確認もする。

 情報漏えいの心配を低減させてから、映像を再生する。


『クライン。今から証拠作りの為に音声と映像を残すから、こっちに向かって喋ってくれないか』

「これは……」

「一応、遅れた理由の実際の証拠……かな」

「──……、」


 ザカリアスは、少しばかり食い入るように見ていた。

 映像は、待たずに進んでいく。


『えっと、母さん。もし、彼が僕を演じていると発覚しても、落ち込まないで欲しいな。僕は、何とか……目を覚ます事ができた。本当なら筋書きは違ったんだろうけど、少し早い父さんからの贈り物という事で、納得して欲しいかな』

『贈り物という言い方は無いだろう、息子よ』

『父さんが父さんなりに母さんのことを想ってやったんだから、贈り物だよ。……すぐに戻れるかは分からないけど、少しでも元気になって……一日でも早くそっちに戻るよ。って、こんな感じで良いのかな?』

『ああ、そんな感じで良いかな』

『──もし、ミラノやアリアにも送れるのなら、ついでにお願いしても良いかな?』

『いいよ』

『……5年も待たせて、本当にゴメン。ミラノは……うん、ミラノは学年主席3年連続達成おめでとう。アリアは──仲良くしてるかな? また戻ったら、一緒に色々な話をしよう。まだ、僕を兄と認めてくれるのなら』


 プツリと、一分程度の映像はそこで途切れた。

 主にクラインが映っていたが、公爵にもレンズを振ってある。

 これを信じてくれるかどうかは難しいけれども、どうだろう……。


「今のは、なんなのでしょうか」

「僕が……自分が、元居た場所では当たり前の技術と道具です。目の前の光景を一枚の絵として残すことも、連続した絵としても残せるし、そこに音声も乗っける事もできます。だから、これは……万が一、公爵夫人に演技が露呈した場合に差し出す、自分なりの苦肉の策です」

「連続した、絵……」


 ゴクリと唾を飲んでしまう。

 もしかしたら早まったかも知れない。

 もしこれが異端だとかそういった話に波及した場合、立場が悪くなるのは自分だけじゃない。

 ザカリアスを良く知らないのだから、かなり分の悪いことをした。

 けれども、彼は短く「もう一度、見る事は出来ますか」と言っただけだった。

 勿論、断る理由はなかった。


「……不思議な、物ですね」

「今ここにある、自分の言葉を保障する証拠は、これくらいしかないです。あとは、実際に赴いて、ラムセスさんの家に行けば……回復の為に頑張ってる彼と会えますが」

「いえ、私には今ので十分です。勿論、他者を説得するには難しいですが。とんだご無礼を」

「ああ、いえ。まあ、立場次第で考えたり悩んだりする事もありますから」

「今のは、自由に使えるのですかな?」

「ああ、ええ。この道具を使えば、好きな時に、好きな光景を、好きな音声を撮れます。使い方は色々有りますが、こうやって思い出を残す事も……あ」

「あ?」


 映像を閉ざすと、並んだ沢山の写真が出てきてしまう。

 それは……家族の写真や映像だ。

 自分が撮ったもの、送られて来たもの問わずに。

 この前、久しぶりに全部眺めていたから、履歴として最新のものが上に来てしまっていたのだ。

 それを、失念していた。

 

「……今のは」

「ああ、えっと……。公爵とクラインを見ていたら、自分の家族が……懐かしくなりまして。それで、今手元にあるものを、ここに来る前に……見ていたもので」

「──そうですか」

「この話は、他言無用に願います。自分がまさか、郷愁や家族に餓えていただなんて、そんな情報は誰にも不要なものですから」

「──……、」

「見せ付けられるまでは、なんとも思わなかったんだけどなあ」


 失ってから、初めてその大切さに気づくというフレーズがある。

 その通りで、思い出すということすら失っていた。

 そして、腐り果てて死んだように生きている中でも辛うじて人間で居られたのは、定期的に連絡をくれる妹や弟の存在があったからだ。

 今更、そんな事に気づかされるとは思いもしなかったが。


「……おほん。そういえば、クライン様が回復した理由はお聞かせ願えるものでしょうか?」

「ああ、えっとね。薬を持ってたから、それを……ね?」

「ほむ」

「──本人が言うには、毒が回ってるのを察知して、刺された時に自分に時止めの魔法をかけたらしいんだ。けど、時を止めたから毒が回ってるだなんて誰も知る事が出来なくて、しかも徐々に魔法が解けてたから死に掛けてたんだけどさ。解毒するのと同時に魔法を解除して、目を覚ましたということで」

「……作用ですか」


 なお、そのお薬は神頼みである。

 世界に一つしかないお薬なので、天文学所か値段自体が付けられない始末。

 バフもデバフも全部解除した上に体力も魔力も回復させてるんだから始末に終えない。

 たぶんこの世のいろんな人が欲しがる秘薬だろう。

 ……まあ、薬瓶はまだ持ってるから特性を分析して複製や粗悪品からでも作れそうな気はするけど。


「色々聞きたがってたよ。二人の事、家の事、それから……5年の間にどんな事があったかとか」

「でしょうね」

「回復したら、色々食べたいとか、また剣や魔法の稽古がしたい……とかね」


 散歩をしながら色々語ったりもしたし、あの後も滞在中に色々と語っていた。

 その一部を、自分はクラインとして満たさなければならない。

 そうでないと、5年経ったのに何も想わない変人になってしまうから。


「さて、失礼いたしました。客人を試すような真似をしてしまい」

「いや、良いんじゃないかな。ザカリアスの立場は、主人の為に疑い、主人の為に支えるのが主だろうし」

「……ご理解いただき有難う御座います。それと、有難う御座います」

「なにを?」

「クライン様だけでなく、ご家族や家をお救い下さいました。その事に感謝を」

「止めてよ。別に……ミラノもアリアも、公爵夫人も、十分に苦しんだし辛い思いをしたんだ。なら、救いがあっても良いじゃないか」


 言っていて、唇が引きつりそうになる。

 救いは与えられたが、俺には無い。

 何で自分が欲しいものを他者に与えなきゃいけないんだと、自侭な部分が喚き叫ぶ。

 しかし、死者は蘇らない。

 世界が違うのだから、弟や妹にも会えない。

 つまり、この世界で求めた所で……意味は無い。

 

 それに、俺が勝手に満たされたいからと何でわざわざ現実という地獄に両親を呼び戻さねばならない?

 もう苦しみも無い、悲しみも無い、餓えも無い、渇きも無い。

 全ての煩わしさや責任からも解放された両親を呼び戻すなど、望んだとしても願ってはならないのだ。

 なら、この飢えと渇きは……死ぬまで抱えるしかない。

 そうでなければ、他の何かで満たすしかないのだ。

 その”他の何か”は、見当もつかない。


 けれども、今は……ミラノに尽くす事を考えれば悩みも苦しみも渇きも感じずに済む。

 怒られて、罵られて、馬鹿にされて、呆れられて。

 今では、なぜかそれが心地よい。

 無関心と、無関係と、無縁と……。

 怒ってくれる位には相手が自分に何かを期待している。

 罵ってしまうくらいには、相手は裏切られたと感じている。

 馬鹿にしてしまうくらいには、賢いと想われている。

 呆れられるくらいには、色々知っていると思われている。

 それらを、少しずつ証明できれば……それでいい。


「そういえば、もし調子が良くなったのでしたらまたお会いしたいと奥様から言伝を預かっております」

「分かったよ。今度は失敗しない、ちゃんとやるからさ。少しは……期待してよ」

「ええ、勿論ですとも。その為であれば、些事であれお手伝いさせていただきます。……正直な話、貴方様とお会いになられてから奥様の容態が幾らか回復したように思えると、アークリアから報告を受けております。であれば……クライン様が戻られたなら、もっと良くなるかも知れません。繋ぎと言う形にはなってしまいますが、お願いしても宜しいでしょうか」

「まさにそれを望んでたんだ」


 クラインを演じ切ることが出来れば、公爵からの信頼にも繋がるだろうし、ミラノからもいくらかは認めてもらえるだろう。

 認めてもらって何になるかは分からないけど、先日の情けなさを帳消しにはしたい。

 とりあえずは、それくらい。





 ~ ☆ ~


 可愛らしいグリムが戻ってきた。

 そう聞いただけで、お姉さんは嬉しい。


「こら、バカグリム。アルバート様をきちんとお守りするのが貴女の使命でしょうが。死命を尽くしてでもヴァレリオ家の者に尽くす、それを忘れてないでしょうね?」

「まあまあ、姉さん。グリムちゃんだって大変だったのよ。無事に帰ってきた事をまず喜ばないと」

「もう、マーシャがそんなんだからグリムも成長しないのよ」

「──んぃ」


 小柄で可愛いのよね、この子。

 姉さんだってグリムの事が心配じゃなかった訳じゃないし、キリング様が早馬で戻ってきた時急いで部隊を編成して助けに行こうとしてたものね。

 何だかんだグリムの事を大事に思ってることくらい、私には分かっちゃうんだぞ?


「──私一人じゃ、ど~にもならなかった。たぶん、もっと難しかった」

「報告は受けてるわ。けど、エクスフレア様の所に留まってた方が安全だとは考えなかったの?」

「ん。エクスフレア様、学園の方が安全って言ってた。それに、エクスフレア様も北門まで行って多から家は空っぽだった。……それに、家、荒らされてた」

「ほんと、ムカつくわね……。火事場泥棒ってイヤね」


 エクスフレア様に何事も無かったのは良いけど、身分を隠して使うはずの家が被害にあったのは痛いかしらね。

 とは言え、安全管理に関して言っちゃうと、屋敷を空っぽにしてまで街で戦っていたエクスフレア様を非難する事になっちゃうし。

 ここは黙っておきますか。


「そういえば、アルバート様を助けてくれた彼。なんて言うんだったかしら?」

「──ヤクモ?」

「そうそう、ヤクモくん。彼について教えてもらってもいい?」

「──ん、分かった」


 グリムちゃんはそう言って、鞄の中から何枚もの報告書を出してくれる。

 偵察や斥候、情報を自ら仕入れるという形で今は成長しているから、そういった細かくて精度の高い情報を仕入れられるのがグリムちゃんの特徴かしらね。

 アルバート様はそういった細かい事にまで気が向かないけど、人を頼る事や認めるという事は出来る子だから、こうなったのかも知れないわね。


「ん、これ」

「はい、どうも。え~っと、なになに?」

「姉さん、私にも見せて見せて」

「はいはい」


 え~っと、なになに……。


 軍事時間で書かれてるけど、一日の大まかな生活まで書かれてるのね。

 0455:起床

 0500:外で簡単な運動

 0505~0555:走りこみ

 0600:ミラノを起こす

 0615~0650:朝食

 0700:魔法の維持訓練

 0750:魔法の訓練終了(授業がある場合、教室まで移動)

 0800~0930:勉強屋訓練

 0930~1030:休憩時間

 1030~1200:勉強屋訓練

 1200~1300:昼食

 1300~1430:アルと戦闘訓練

 1430~1530:休憩

 1530~1700:勉強や訓練

 1700~1730:休憩

 1730~1815:夕食

 1815~1840:入浴時間(食堂裏で料理長からお湯を貰ってる)

 1900~2100:明日の準備及び読書や何かの書き物(その日のことを纏めてる?)

 2100:消灯時間

 2300:この時間まで寝てない、ここから就寝


『本来授業があてがわれていた時間は、訓練や勉強に置き換え。

 一週間毎に自主的な訓練を行う日を昼食前と昼食後を入れ替えている。

 その他の自由な勉強や訓練時間は、訓練や自分の扱う武器の訓練を実施している。

 アルとの訓練内容は身分や地位に関係なく実践的なもので、覚えても品位などに関係しない』


 ……あ~、うん。

 えっと?


「あの、グリムちゃん? これ……」

「ん。一週間、見張った。七日間を通して、平均的な時間を割り出して記載してる。問題、あった?」

「いいえ、無いと思うけど」

「これじゃ付きまといみたいね」

「?」


 うん、そうね。

 こう、たまに居るみたいだけど。

 気になる相手……男女問わず、恋慕を抱いている相手の行動を全部把握する為に見張ってる、みたいな感じかしら。

 私たちはこれを見れば『学業がある場合は、常に主人と一緒』ということは読み取れるかしらね。

 つまり、『怪しい行動を取ることが出来る時間』というのが限られているのが分かる。

 騎士になった事や、アルバート様に近づき親しくなった事、死を擬装した……。

 色々と考えられるけど、そういうのは難しそう。

 みれば、召喚されて三日目から大まかな行動等を記録してくれてるみたいだし。

 この子の監視の下で何かをするというのは難しい話でしょう。


 毎年姉さんが試してるけど、警戒や監視がグリムちゃんの前では無意味なのよね。

 潜入・工作・奪取・暗殺……そういった、静かな方向性に育ってるみたい。

 姉さんはエクスフレア様と同じ指揮・統制ではあるけれども、制御や統率と言った方向に。

 それだけじゃなく、情報を集めて突出しがちなエクスフレア様に流れる道を与える。

 エクスフレア様は強さを示す事しか出来ないけど、それをもとに訓練や行動の修正を考えるのも姉さん。

 

 私は、キリング様が魔法に傾倒しているからそれに連なる……って感じかしらね。

 

「元兵士と言ってるけど、やってる事はそれに因んでるかしらね。体力や能力、技術の維持と向上をちゃんとやってる」

「ん。元は5人くらいまでなら率いられるって聞いた。それと、試験を受けて地位を上げるはずだったという事も」

「地位?」

「そ~。ヤクモの居たところ、部隊の単位が私たちよりも細かい。大体5人が最小単位。そこから10人、20人って従える事が出来るようになる……みたい?」

「規模が5人って、遊兵を纏めてるだけじゃない」

「それについて、扱ってる武器と一緒に考えると……すこし、わかりやすい」

「武器ね?」


 名称”じゅう”と呼ばれる武器。

 射撃武器だけれども、弓よりも強力で射程も長い。

 弾速が早く、目では視認出来ない。

 殆ど直線で飛び、ウルフの生命力やオークの肉体であっても一発で即死から重傷にまで至らせる。

 単発で使う事も出来れば、連発も出来て複数の相手が至近距離に居ても格闘や他の武器と併用しながら隙を見て相手を射る事が出来る。

 何発まで連射できるかは今の所不明。


「グリムちゃん、これ本当?」

「ありえないわね。ユニオン共和国の武器も同じ名称だけど、弾は視認出来るし相手を一発で黙らせる威力は無かったわ」

「けど、それをずっとあれから学園の隅っこで使ってる。しかもそれ……手の平くらいの大きさの奴。ヤクモ、訓練で使ってる奴は両手で使う奴」

「──グリムちゃん、それって」

「単純に考えるなら──その両手で使ってる武器の方が、もっと強いはず」


 ……ユニオン共和国とは、違う武器?

 けど、それ以上に性能的には上みたい。

 しかも、手の平の大きさでその性能なら、両手で使う奴はどれくらい強いのかしら……。

 

「……武器が凄いだけ、ということも考えられそうでしょ?」

「ん~ん。格闘も、剣を使ってもそれなりに強かった。アル、何度も槍ごと投げられてる。私も何度か手合わせしたけど、引き分けしか出来なかった」

「武器は武器で脅威だけど、無くても強いという事ね」

「……嫌な事、するのが得意。それに、人の身体の事、理解してる。攻めるよりは防御と回避、反撃が得意だけど、防御と反撃させたら……勝てない」

「守りが得意な子なんだ」

「──たぶん」


 たぶん、ね。

 つまり、判断しかねるけれどもそういう子なんだって幾らか理解してると。

 

「……なるほど。つまり、平民にしては強いと──」

「ん~ん、魔法も使える。記憶が無いけど、父親が外交に携わる事をしていた事も言ってる。ツアル皇国じゃないかのうせーは高いけど、どこかで結構な家だった可能性は……ある」

「魔法を?」

「外交か~……。お坊ちゃん、なのかしら」

「──と、思う」


 結構な家柄の筈だけど兵士をしていて?

 下から数えた方が早いけど、強くて?

 魔法も使える、と。


「魔法について教えなさい」

「まだ、あんまり使ったところ見たことない。けど……たぶん、ミラノと同じ」

「”無”なの?」

「詠唱破棄、詠唱省略、系統に属さないと思う魔法を使ってる。基本や基礎は知らないけど、独自の考えがある……みたい」

「つまり、ここらの国とは違う魔法を扱う……のね」


 ツアル皇国、ユニオン共和国、ヘルマン国、神聖フランツ帝国、ヴィスコンティ。

 外交に携わるという事は調べれば見つかる可能性は高いけど、人格や性格の備考を見ればツアル皇国の人の可能性が高いと。

 そっちも調べた方がいいかもしれないかもね~。

 もし捜索とかで巻き込まれる可能性もあるわけだし。

 その時に誘拐だとか言われたら面倒だものね。


「それで、直に接した上で貴女はどう判断するの? グリム。まさか、報告書を緻密に書いただけで責任を果たしたとか言わないわよね?」

「──ヴァレリオ家にとって、どうか……だよね?」

「……言葉遣い、バカグリム!」


 あ~あ、姉さんが頬を引っ張ってる。

 柔らかいわね~、グリムちゃん。

 あんなに伸びるなんて、可愛い……♪


「どうかでひゅよね……」

「姉さん、そういうのは後で良いから。ね?」

「分かったわよ……」

「う~、いひゃい……」


 ほっぺたをさすってる所も可愛いわね。

 グリムちゃん、生まれが生まれなら演劇で主役を張ってもおかしくなかったわね。

 あ~、でも……。表情が硬いのが難点かしら?

 ううん、それでもあまり余った可愛さがあるから大丈夫!


「ヤクモは……アルや、ヴァレリオ家の害になるとは、考え辛い」

「その根拠は?」

「ん。少なくとも、今はお互い様。アルは訓練を受けてる、ヤクモはお酒を貰ってる」

「それじゃ乏しいんじゃないかしら?」

「──そもそも、記憶が無いから、こーしゃく家とか分かってない。そんな人が、何か企むには何も分からなさすぎ」

「仮にも騎士の端くれになったでしょうに」

「『勝手に国に所属させられて、何かあったら上の偉い連中が自分と同じ場所に属する相手だと勘違いして偉そうに命令するんだぜ? それくらいなら騎士なんて面倒くさいものならないほうが気楽で良かったわ』」

「「ぶっ」」


 グリムちゃんの特技、声真似。

 たぶんそういう声なのでしょうけど、言ってる事が不穏当!

 慌てて姉さんと二人で口を塞ぐ。

 だって、騎士に推薦したのはデルブルグ家とヴァレリオ家の当主二人。

 それと、私たちの母様も感謝の意を示してそれに賛同しているのよね。

 つまり、合理的な考えをしてはいるけど、本当に何も理解してない見たいね……。

 普通、王様に次いで地位の高い二家のしたことを”面倒”とは言えないでしょうに。


「い、今のはどこで!?」

「部屋の中……。ミラノにそー言ってた」

「な、なぁんにも分かんないみたいね」


 この周辺国で地位を示すものは大分違う。

 王、国王、陛下、首領、党首。

 それに連なる身分を示すものも大分違うから、公爵家と言っても理解できないのかも知れない。


「そんな人を貴女はアルバート様の傍に置くことを許したの!? バカグリム!!!」

「けど、家じゃアルは閉塞する。じぃじの訓練も、最近ギクシャクしてるから」

「……けど、学園じゃもう相手が居ないから、焦ってるのね?」

「ん……」


 ……アルバート様も大変よね。

 別に素質が無いわけじゃないし、4年目で学園にもう相手が居なくなるくらいには優れているのでしょう。

 けど、みているのは学園の外。

 父君や二人の兄を見て頑張ってるから、もどかしいんでしょうね。

 それに、三男と言う事もあるから、キリング様とも違ってよほどの事が無ければ家を直接支えるという事もないでしょうしね。

 アイアス様も直接面倒を見てくださってるけど、前の休暇のときはあまりにも調子が良くなかったみたいだし。


「ヤクモ、色々な意味でバカ。だけど、アルに必要なのは”そういうのを感じさせない人”と思う。公爵家に遠慮するとか、恐いから何も言わないしやらないのは……毒」

「──まあ、良いでしょう。ちょうどこの前の出来事で、大規模な演習を一度やったほうが良いという話も持ち上がってるし。デルブルグ家にお邪魔する時に、私も直に見定めさせてもらおうかしら」

「ん、そのほ~がい~」

「それじゃ、いつもみたいに姉さんとは違うやり方で私も見定めさせてもらおうかしら」


 姉さんはどうせ厳しく当たるだろうし、そうやって追い詰めて苛め抜いて本質や本性を見ようとする。

 私は逆に甘やかして、やさしくする事でどうなるかをみるのがお仕事。

 追い詰められた分、どれだけ駄目になるのか……ね。


「──私は?」

「グリムはいつもどおり、私たちじゃ見ることの出来ない場所での言動を見張って頂戴」

「私達が影響を与える側、グリムちゃんはその影響が無い場合の状態を見定めるってことね」

「ん、わかった」


 グリムちゃんの報告書を、改めて眺める。

 十枚近くにも及ぶそれらは、緻密に書かれている。

 

『主人であるミラノへの服従度合いは不明。

 態度や言動こそ幾らか敬意を損なってはいるが、主人として見ている事に疑問はない。

 同じく妹であるアリアに対しても同様に扱い、主人の娘として尊重している。

 事件以来、自分の秀でた部分を理解したからか運動や訓練を行うようになったが、それに関しては何らかの話がミラノとあった模様。

 ミラノがヤクモの戦いに関する技能を認めてる辺りから変化が生じた模様』


『戦いに関しては、相手に打たせてから防御や回避、反撃を行う守りを主とした行動が目立つ。

 けれども、一定の手数を相手に譲った後に攻めに転じるが、その場合ある程度”見抜いている”ようにみえる。

 単独でオークやウルフを近接戦闘で複数体撃破する戦闘能力と、物怖じせずに突撃できる胆力がある。

 戦闘に関する知識を普及する能力もあり、私たちの認識する”下っ端”よりも質が高い』


『出世欲はあまり感じられず、金銭欲も特に無い。アルバートとの決闘以前までは特に目立った様子も無かったが、決闘後に幾らか芯が見えるようになった。襲撃後、その芯を基盤とした言動が目立つように。特に”男としての欲”もあまり見せない。もしかしたら年上が好きか、胸が大きい方が良いのかも知れない』


『”安定”を好む気質で、一日をどう過ごすのかと言う事柄も、見ていると大まかな流れは一週間を通じて同じである。技能の維持向上に努めてはいるが、特にその技能がどのようなものかを意識している感じはしない』


『しかし、”緊迫”した状態になると全てが変わる。言動や態度も硬くなり、日常では突けば色々と反応を返すような言動も鳴りを潜める。面倒や厄介を避けて通るのが、率先して面倒や厄介を引き受けて他者への負担を引き受ける傾向がある。面倒見は悪くなく、非常時の中でもアルバートを含めミラノ、アリア、自分、使い魔のカティアの体調や疲労度を管理し、自身は遅くまで確認等に時間を費やし、睡眠時間は一番短い』


『アルバートは、ヤクモの”勇敢な英雄”の像に惹かれた。あれが、模範とし目指すべき姿だと認識している。彼の闘いの場における勇猛果敢さは疑いようも無い。規律も道徳も法も失われた混乱の中で、それらを自分や以下に敷く事で平静と冷静を齎した。彼は、有用だ。今のところは』


 いつもなら数枚で終わるような報告書が、今回はこんなにも多く書かれている。

 それだけ疑っていた、あるいは……危険度が高い相手だと認識していた、と言う事なのかもしれない。

 ただ、私はこの”相反する気質”こそが一番の脅威だと思うのよね。

 エクスフレア様が無自覚・無意識で行う事と同じ事をしている。

 戦いの場において、勇敢さを示して先陣を切り、味方がそれに続くように鼓舞する。

 少し落ち着いたら冷静さを持って、暴走しないようにしながらも全員に気を配って、信用と信頼を勝ち取る。

 けれども、全てが終わったらそれらをひっくり返したかのようにバカのように見せたりもする。

 知らない人からしてみれば馬鹿げたものかも知れないけれども、理解の有る人からしてみればその落差こそが親しみや愛着を感じさせる物になる。


 人は、誰もが勇敢にはなれないものね。

 だから、恐れるときは誰かについていきたがる。

 けれども立派過ぎる人にはついていけなくなる。

 だから、自分たちと同じように欠点や短所があるのだと認識すると……近い存在に感じさせられる。

 

 これを理解してやっているとなったら、そうとう”切れ者”になる。

 となると、理解しなきゃいけないのは召喚されてからじゃなくて”召喚される前”になるんじゃないかしら?

 此方に来てからの勉強や訓練なんて、判断材料にならないもの。

 それよりも、こちらに来る前……”元”になってしまった兵士に何があったのかを理解する必要があるかも知れない。

 じゃないと、利と見て飼っていたつもりが丸ごとペロリ……だなんて事にもなりかねないものね。

 

 ……下級兵士にしては、程度の高い人だこと。

 肉体は鍛えれば良い、技術は磨けば良い。

 けれども、思考はそんな短時間で身につくものでもないし、急場の中でもそれが維持できる訳でもない。

 階級を偽装しているか、何段階も性能の高い武器と同じように自分たちよりも進んでいる国に居たか……ね。

 





『学園やこの世界とは違う常識を有していて、何も知らないけれどもバカではない。

 ただ、私たちと違う教育、違う常識、違う思考の中で育ったというだけの話。

 その知識や思考は、毒にも薬にもなる。

 ヤクモが知らないことは多いけれども、私達が知らないことを彼は多く理解している可能性が有る』

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