賞味期限#3

 雑貨屋アムリタで注文した荷物の配達手続きをすませてから、俺は街を出た。

 時刻は2時を少し回ろうかという所。

 街での所要をすませた俺はねぐらである監視所を目出して歩き始める。

 向日葵畑を尻目に思い返すのは、先ほど見かけた母娘の事だ。

 この世界に生きる人間は、皆が「時計」を持っている。

 人生の賞味期限。

 人間が人間として、意味ある人生を許される制限時間モラトリアム

 経済が流通を止めてしまったこの地球では、人間を活かすだけの社会基盤が最低限しか存在していない。

 かつてのように放埒に大地に満ちるにはこの世界は余りにも過酷すぎる。


 だが、それにしたっておかしい話ではあるのだ。


 母親の残り時間は5分しかなかった。腕時計の時間は人間の時間を表しているから、現実にあと5分しか生きられないというわけではない。

 それでも、残り5分という時間はもっと行き詰まった老人が示す時間に他ならない。

 あの若さであの残り時間という事は、それだけ奢侈を極めた生活を送らなければあり得ない。

 だがあの母娘は贅沢とは真逆の様子に思われた。


 そこまで考えて、俺は発作的に頭を振った。


 考えたところで答えのない思考だったからだ。

 彼女たちの人生に何があり、今、どのような状況に置かれていようと自分には知りようがない。

 分かるのは、母親に残された時間は余り長くないという事。

 そこに虚しさを感じ入ることはあれど、この考えには何の意味も生まれない。

 健全とは言えない同情の押しつけだという事実だけがそこに残る。


 丘を登り暫く進めば、この一帯では不自然に立派な建物へとたどり着く。

 角張った頑強な作りをした3階建ての建造物。

 屋根には大型、小型を問わず無数のアンテナが所狭しと並べられていて、その中央には硝子張りのドームがある。

 かつての文明の名残であり、付近一帯の電波塔を担う施設。

 それが、俺の寝床であるカナリアの監視所だ。


 丘から見下ろせば、街とは反対側に森が見える。

 地平線の彼方までを果てしなく覆う、底の見えない森。

 不自然な凹凸が見えるのは、かつてそこに文明圏があった証。

 高層建築物すらも取り込んで繁殖する森の貪欲さを表している。


 あの森を監視するのがカナリヤの仕事だ。

 

 

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