第4話

目当ての店はすぐに見つかり彩音の手を引いて店内に入る。大音量のユーロビートが耳を劈く。

スタッフらしき茶髪の黒服が現れて、おれに一瞥をくれると彩音に視線を転じて、別室に案内された。

「澤村さんすね。初めまして、直井って言います。可愛い子じゃないすか? 狭いっすが、掛けて下さい」

直井は丸いパイプ椅子に腰掛けると、おねぇみたいに小指を立てて煙草に火を点けた。

職歴を聞かれたが、彩音はだんまりなんで代わりにおれが適当に話す。

「カップはGぐらいすね。免許証や住基もってますか?」

「今日は、すみません。持ってなくて・・・・・・次回出勤ときに」

彩音の住基はおれが持っているが、出す必要などない。

「困りましたっすね。未成年だとヤバいすから! まぁ堂島さんの紹介ですし、今日は構いませんが、次回必ず見せて下さいね」

「はい、おれ一緒に来るんで必ず」

「仕事の方は、お客様に楽しんで頂けるよう雑談して、ハッスルタイムになったらお客様に跨りくねくね身体揺すってくれればOKっす。おっぱいフェチなお客様多いんで触らせてあげて下さいね」」

「良かったな、彩音! 簡単な仕事で! 好きな洋服もいっぱい買えるしな」

「大丈夫かな? お嬢ちゃんやれそう?」

彩音は軽く頷いた。

「では、私服汚すといけないすから、着替えましょう」

「あ! えっと・・・・・・時給は五千円になりますか?」

彩音がぽつりと呟いた。

「堂島さん通しですから、取っ払いって訳にはいきませんので、4500円です。あと雑費若干差し引きます」

「お兄さん、おれにバックはないの?」

「そちらはお二人でご相談ください! 今日は体入って事で客に押してきます。ラストまでいてくれますか?」

「大丈夫だよな彩音! 終わったらおれに連絡するんだぞ。迎えにくるから」

「衣装はどれがいいすか? 人気は制服か体操着かな。こんなの似合いそうすね」

直井がギンガムチェックの超ミニスカートの制服を広げて見せた。

相変わらず、おねぇみたいに小指を立てているのが胸糞悪かったが、ここは大人の対応でおれは調子よく言葉を畳みかけた。

「それが可愛いゃ。衣装もたくさんあって楽しそうだな! じゃぁ着替えてきなさいね」

彩音はハンドバックをおれに預け更衣室に入っていった。

 1階のファミマで缶ビールを買い、今夜の寝床を漁る。

ちょうど対面に漫喫があった、ペアシートのブースを陣取る。

ビールを飲みながら取り立てて読みたくもない漫画をめくるとすぐに飽きて、パソコンの電源を入れてユーチューブで面白そうなドラマを探した。桃太郎侍を見つけた。ポケットから煙草を出したが空だ。

買いに行くのが面倒くさいと思いつつ、彩音のハンドバックを探っていると。ドラッグストアのポイントカードや、なんだか分からないメンバーズカードの束の底に、小さなチャック袋に入った煙草にしては短くて細い二本の手巻き煙草みたいなものがあった。開けてみるとミントのような香りがする。脱法ハーブ?

「あいつ、こんなの吸ってるのか・・・・・・」

試しに火を点けて口に咥える、以外に普通だ。

メンバーズカードを見ていくと黒地に金文字のホストの名刺が数枚あった。

おそらくハーブはホストクラブで遊び半分にもらったのだろう。

以前、ホスト好きの友達に付き合わされて行ったと聞いたが、この葉っぱを見ると最近のような気がする。

 その友達って女は、お堅い会社で昼職してるにも関わらず、ホストに貢ぎ、金が入り用になった。撮影会でヌードモデルを手始めにやがて昼職を辞めてデリヘル専業に堕ちていった。

顔バレが怖いらしくてAVには出せなかった。彩音はそもそも金がなさすぎるからホストに嵌るとは思えないが、悪い虫がつくのは歓迎しない。

 他に財布の中には千円札が二枚とじゃり銭、100均のツケマがあった。

財布をバッグに戻すと、手が震えている気がした。急に眩暈がして頭が重力に逆らい難く重くなり、おれは床に突っ伏した。ハーブを何とか空缶に放り込む。効いてきたのだ。胸の真ん中に暴れ馬が宿ったように心臓が跳舞する。

ブースのドアノブを捻り、床を這いつくばり廊下に這い出た。自分のうめき声が呪文さながらに鼓膜を揺らす。

漫喫スタッフが駆け寄ってきて、おれに声を掛けている。

「大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか?」

「両目、ぴくぴくしてる」

「ヤバいんじゃない・・・・・・救急車呼んだ方がいいよ!」

数秒ーーーーーーだと思う、意識が切れたが何とか自分って奴が今どうなっているのかを理解した。

「平気だから・・・・・・少し休めば大丈夫」

そう言ったおれの弛緩した股ぐらからは小便が溢れていて、廊下に大きな世界地図を作っていた。

しばらくして、身体がようやく言う事を利くようになり、トイレで中指を喉に突っ込み吐いてみたが、苦しいだけでまったく気分が優れる気配を見せない。

ブースに戻り横になった。彩音に電話してみたが、聞こえてくるのは味気ない無機質なアナウンスだった。

          

 着信音が鳴っていた。半睡半醒のまま手探りでスマホを手に取る。

「おはよっ!」 

彩音の声だ。昨夜のハーブが未だ抜けきらないようだ、頭がやたら重い。

「いま何時なんだ?」

「八時だよ!」

「仕事はどうだった?」

「あんなの出来る訳ないじゃん、フロア見たら女の子おっぱい丸出しだったし」

「はっ? おまえ! まさか?」

「ばっくれちゃった!」

脳みそが口から出そうになった。

「しょうがねぇなぁ・・・・・・・んで今どこだ?」

「お寿司屋さん! 心配しないで奢ってもらってるから」

「そりゃ良かった。じゃなくて誰にだよ?」

「店から出たら、歩いてたオジサンに声掛けられて、カラオケしてお寿司一緒に食べてんだ。迎えに来てよ」

「あのね! 彩音さま?。おっパブの前の漫喫だから自分で帰ってこいよ」

「だって雨降ってるんだもん。澤村さん、私のハンドバック持ってっちゃうから財布もないしさ」

「そういや、おまえ! 財布の中の葉っぱ! すんげぇなぁ!」

「あぁーーー勝手に人のカバンん中見るな!」

「死にそうになったぞ」

「とにかく傘持って迎えに来てね。駅に行く途中にある『すしまみれ』って店だから。着いたら電話頂戴!」

「待てよ! おまえの葉っぱのお陰で、下着とズボン、小便臭いんだよ」

「漏らしたの?」

脳みそが重たくひしゃいだ。

「わかった! いま行くから待ってろ。うすらトンカチ!」

今時の漫喫は用意周到だ。下着セットを買ってシャワーを浴びる。ズボンは仕方なく簡単に水洗いしてドライヤーで乾かした。


 土曜の朝、人影まばらな街並みを、秋雨がコンクリートを濡らしていた。ファミマで傘を買い、駅の方角へ急ぎ足で向かう。

「いっぱしの寿司屋じゃねぇか・・・・・・回転ずしだとばっか思ってた!」

店の軒下に身を寄せ傘を閉じた。ウインドウ越しに店内を窺うとカウンターに彩音がいた。隣りに白いワイシャツ姿の中年男が座っている。彩音に電話を入れる。

「着いたぞ! 店の前にいる」

「は~い! 待ってて」

彩音は中年男に悪びぶれた様子もなく答えた。

 朝の街は冷える。止むことのない雨を見ながら、おれはポケットの煙草を探した。しまった! 傘を買う時に買い損ねた。

「早く出てこいょ」

おれは口を尖らせた。見知らぬ男と二人温かい店で高級な寿司を喰う妻を、おれはただ煙草すら吸えず雨に濡られて待っていると思うと、ひもじく思えてきた。

堂島に詫びの電話をいれなきゃぁならない。彩音のケツを拭かされるのは、これで何回目だろうか。

「おまたせ!」

彩音が隣りにいた。目ん玉のデカい金髪の人形を抱いている。

「可愛いいでしょ! プーリップていうの! 前から欲しかったんだぁ」

「頭にのっけてんの、ケーキ屋のリボンみたいだな」

「失礼ね! ローゼンメイデンやセーラームーンのコラボ人形もあるんだょ!」

彩音に言わせると、ファッションドールって言うらしいが、おれには趣味の悪いダッチワイフにしか見えない。

 店内を見ると中年男がカウンターで手を振っていた。彩音も笑顔で手を振りかえす。おれは無言で傘を広げた。

「あいつ、なんなんだ?」

「悪い人じゃないよ。奢ってくれたし」

「電話番号教えたのか?」

「教えないょ」

「そっか・・・・・・おれの分も、おみやしてくれたらなぁ」

「えぇ? だって澤村さん生もの食べないじゃん」

「寿司は別。特に回転ずしじゃないのは・・・・・・」

高くつくので刺身が嫌いという事にしていたのを忘れていた。

「じゃぁまた今度ね!」

「あの葉っぱ、おまえホストから貰ったんだろう? 名刺の枚数も増えたんじゃねぇか?」

「要らないって言ったのに、くれたんだょ」

「そっかぁ?」

おれ達は、水溜りを避けながら歩いて行く。

「そうとう飲んだだろ。酒くせぇ!」

「澤村さんは小便臭いよ!」

「あれは! ヤバい! おまえ吸うんじゃねぇぞ。本当に死ぬょ」

「吸う訳ないじゃん。あ~眠いなぁ・・・・・・お酒飲みすぎちゃった」

「お気楽な奴だな!」

 さすがに元の漫喫に帰る気にはならず、煙草を買うとラブホテルで休憩する事にした。

部屋に入ると彩音は上着を投げ捨ててベットに大の字に寝転んだ。おれはズボンの小便のシミが気になって風呂場でもう一度洗い直す。

「何してんのぉ?」

「清潔一番、お洗濯だょ」

「新しいの買ったら?」

「そんな金ないだろ・・・・・・」

「稼いでくれば? ほら! 前みたいに白蟻退治」

「そうだな」

これでも、おれは潔癖症に近い。前妻との暮らしでは、洗濯掃除はおれ担当だった。

バレンタインにティファニーのイヤリングを2セット買い、ひとつは妻、もうひとつを愛人に渡そうと潜ませていたのが妻にばれて、おれの銀行の通帳を掻っ攫われて離婚した。

もう少し金を分散しておけば良かった。よく絞りズボンをハンガーに掛けて洗面に吊るした。

ベットに戻ると、プーリップを手にして、ぐったりとアホずら晒した彩音が寝入っていた。

どうも静かだと思っていたがこういう訳だ。ピンク色に火照った白い肌が妖し気におれを誘う。

おれは彩音のヘンテコな服のボタンを外した、ブラジャーから乳房を揉み出すと桃色の乳首にしゃぶりつく。

黒いガータベルトに隠されたパンティーを横にずらし、おれのいち物を挿入する。腰の動きに合わせて彩音の首のレザーチョーカーにぶら下がる十字架を咥えた髑髏が転がった。

          

 ぐぅぅ! 腹の虫が騒ぐ。久し振りに大きなベッドで寝たせいで爆睡した。

コンセントで充電していたスマホを取ろうとして、隣りに彩音がいない事に気付いた。かわりに白いベッドのシーツがそこらじゅう赤黒く汚れている。

「またかょ・・・・・・」

彩音にはリスカ癖がある。二の腕から手首、腿に複数の切り傷があり、せっかく直ってきたと思うと同じ切り傷をナイフで裂き開げるのだ。

そしてリスカと家出が親子どんぶりみたいに重なる。まあ家出といっても可愛いもので、翌日にはふらりと帰ってきたり電話が入る。

 以前にも何度か家出して、ひょっこりと帰ってきたのだが。何処にいたのか問い詰めると、ラブホテルの受付で働いているちゃらい男と知り合い、空き部屋に女友達と一緒に泊めてもらったとか。

W大学の真面目な男の子の家に泊めてもらったけど、何も疚しい事はしていないと言い張ったりした。実際に、その真面目くんにはおれも会った事がある。パシリで数回使ったが、おれが言うのも変だが好青年の見本だった。おれが白蟻駆除のバイトで地方に数日出掛ける時には、彩音の世話を頼んだ事もある。本当の話だ。

 彩音は一人でエレベーターに乘れないし、閉所恐怖症なのか台所にも一人で立てない、寝る事すら一人ぼっちだとままならないのだ。そのくせ風呂にはスマホを持ち込みユーチューブを見ながら、下手すると半日浸かっている事もある。

 ハンドバックは、しっかり持っていったようだ。ふと嫌な予感がして、おれは飛び起きるとハンガーに吊るした上着の内ポケットに手を突っ込んだ。

やられた! 蘭ちゃんのギャラをそっくり彩音が持っていっちまった。おれの財布には、諭吉が一枚と脱法ハーブが入っていた。

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