愚かな訳をきかないで、おれってば「ひとを愛する心」なんてとうの昔に忘れたはずなのに、、
みつか
第1話
青白い暗闇
スモークマシーンが吐き出すフォグリキッドの淫靡な香りが漂う。
ヴォーカルのデスボイスが地鳴りをあげると壊れかけたネオンサインみたいに会場が明滅した。夥しい数の粉塵が光の中で交錯する。
群衆が一心不乱にヘドバンを繰り返し、バンギャルたちは髪を振り乱す。
身体がぶつかり合い揉みくちゃになった。
彩音に付き合わされて来たものの、おれはさっそくけたたましい騒音に嫌気がさし逃げるようにバンドポスターだらけの階段を地上へと上がった。
陽が落ちたばかりの高田馬場は学生たちやサラリーマンで賑わっていた。
煙草をだして火を点ける。メンソールが鼻腔を抜ける。ワイシャツの袖に昼間喰ったラーメンのシミがついていて癪にさわった。
スマホを見ると数日前SNSで引っ掛けた女からメールが入っていた。
『予定空いて今日これからすこし時間あります。どこに行けばいいですか? ギャラは一時間四千円って本当ですか? 交通費もくれますか?』
返信してみるとすぐに返事があった。
金に困っている証拠だ。七時にドンキ前で待ち合わせ、スマホの電話帳をスクロールする。
「只野さん、お世話様です。蘭ちゃんの調子どうですかね?」
「楽しいみたいですよ!」
「これから、一人! お願いしてもいいですかね?]
「はい、どうぞ! それにしてもよくひっかけてきますね」
オタクが儲かるんだからもっと感謝せぇ~と思いつつ口からでた言葉は
「絶好調っす! 蘭ちゃんが撮影会終わるまでにはお邪魔しまぁすっ」
ボタン押し通話をきった。
自己嫌悪の塊が喉からこみ上げて、ため息をつく。
昔とちがって最近はVのギャラもショボい、こまごまと業社と連絡したり腐女子まがいなモデルを扱うのは面倒だが背に腹はかえられない。
只野んとこは羽振りがよさそうだ。水着やヌードの女を客に提供して写真を撮らせる、かこみといって数名が一人のモデルを撮影するケースもあるが、
最近は個撮つまりモデル1客1のマンツーマンが人気だ。
カメラっていうちょいと高尚な趣味をとおして、100%のエロではないアーティストのはしくれなんだって自分を正当化するマスターベーション野郎のあつまりだ。
ファインダー越しにしか女の裸体を直視できない、ちょっと古めかしくいえば、むっつりすけべ。
おれは煙草を咥えて坂道を下ると、駅前のコンビニで缶ビールと酎ハイを買い、隣りにあるパチンコ屋に入った。
客の入りはそこそこだ。台の釘打ちを適当に確認して良さそうな椅子に座った。
見てもよくわからないからどこでもいいのだが、いちをルーチンってやつだ。
ビールを喉に流し込んで、銀色の鋼球が跳ねるのをぼんやり眺める。
ライブに置いてきた彩音のことが気になった。
バツ3だし年齢も世間でいう中年のおれは、たやすく女に溺れる輩じゃあないと自分では思っていた。
愛の泉に満たされるなんて、真っ平ごめんだ。
彩音にも口では「可愛いね」「愛してる」なんてリップサービスを諳んじる。
反面何時いなくなっても構わないようにと、あくまで心は他人なのだ。
それなのに、気になる。
彩音は他の女どもと同じようにネットで引っ掛けた女だ。
ネットの無料掲示板に『グラビアモデル募集・高収入・脱ぎなし・顔ばれなし即金のお仕事多数』って具合のよくありがちな売り文句で掲載するやつだ。
会ってみると素朴な感じの地味な印象を受ける女だったが、色白小柄で化粧っ気のない顔立ちとアンバランスなGカップの巨乳が目をひいた。
家出中で友達の家に寝泊まりしているという事以外しゃべろうとしないので詳しい素性は分からなかったが、肌つやは悪くないしとにかく若い。
とにかく現金がすぐに欲しいってんで、AV勧めると「イヤだ!」
ヌードモデルはって言うと「イヤだ!」
Tback水着モデルはって言ったら「イヤだ!」
我慢強いおれもさすがに向かっ腹が立ってきた。
自分をブラウン管の向こうの人気アイドルかなんかと勘違いしているのか。
話にならないお人形さんだなと見切りをつけて消えようとしたが、なんかバイトありませんか?
パソコン作業とか掃除とかってしつこい。
そういう仕事ならアルバイトニュースかフロムエー見りゃたくさんあるでしょが!って言うと、それは無理と眼を落とす。
人見知りだから面接で無口になるらしい。
でも今これオジサン面接してて、きみ結構しゃべるよねって?って言うと
「まあそうですけど・・・・・・」
と顔を火照らせる。
とんちんかんな娘だ!
もう少し話していくと、水商売はもちろんアルバイトもした経験がないのだとか。
よほどの金持ちのお嬢ちゃんなのだろうか?
この手のタイプに付き合うと碌な事はないと思ったものの、おれも目先の金に困っていたから、切り口をかえてロケ撮をふってみた。
「沖縄一泊二日飛行機でびゅぅっと行ってギャラ五万、撮影終われば遊んでていいし・・・・・・」
「青い海! 小鳥のさえずりにきっと癒やされるよぅ」
正直食いついてくるとは思わなかった。
ところが母親が沖縄出身で、彩音が幼い頃おばあちゃん家に遊びに行ったいう昔話になり、懐かしさかアイドル気取りかとにかく段取りがとんとん拍子に決まった。
フライト前日、朝寝坊されたり音信不通で飛ばれるのは御免なんで、彩音を漫喫に泊まらせた。
翌朝連れ出すと羽田空港で撮影部隊に引き渡す。それでおれの仕事はお終い。
沖縄についちまえば撮影部隊に説得されて彩音もTバック水着でもなんでも着るだろうと踏んでいた。
が、奴は筋金入りのアホだった。
おれの話と違うから東京に帰る飛行機のチケットを買えと撮影スタッフに言い出しホテルの部屋から出ようとしない。
仕方なくカメラマンがおれに電話をよこしてきて
「澤村ちゃん、ちゃんと撮影のこと話したの?」
「水着着替えないし、洋服でももうイヤだ! 帰るの一点張りでさぁ、どうしようもないんだけど・・・・・・」
電話を彩音に変わってもらい、長々と嘘八百を口から出まかせにしゃべる。
撮影中止になれば、旅費や撮影スタッフすべてのギャラを肩代わりしなきゃならなくなる。
ギャラ百万円で彩音をなんとか説得すると、部屋の鍵を開けて渋々撮影に応じるようになった。
おれはバックレりゃいいと思っていた。
でも急ぐことはない。奴の友達を紹介してもらい金の種にする算段だ。
取りあえず最初の五万をくれてやり、後は稼がないと金がないと彩音に言った。
奴からしたら友達を紹介する事で、おれを逃がさない餌をぶら下げたとでも思ったかもしれないが、まあいいさ! おれにとっては金になる。
そんな成り行きで毎日なんだかんだと連絡しなきゃならなくなった。
金にならないならこんなアホと付き合いたくはない。
が、彩音の若い白い肌と巨乳は垂涎を禁じる事が出来ず。おれはよこしまな気持ちに度々なったりした、というか・・・・・・なった。
彩音も嫌がる仕草は見せなかった。それでガキが産まれた。
あいつに育児など出来る訳なく児相に預けている。
沖縄ロケのイメージDVDが発売になってサンプルパッケージを見た時、思わず苦笑した。
『純白清純処女ーはじめての夏』
おれの種が既に彩音の腹中で蠢いていたというのに、DVDのタイトルなんていい加減なものだ。
あっという間に三千円が飲み込まれた。鳴きはいいんだが寄りが悪い。彩音の財布からくすねた軍資金が底をついてきた。1パチに鞍替えする。
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