代償

 カプランは幼き日から、目の前の女性が苦手であった。彼女は深慮遠謀、冷静沈着で、周りの大人も一目置く存在であった。子供時代のカプランは、彼女に対抗意識を持って接したが、常にやり込められていた。カプランは幼き時分を思い出し、喉の奥から込み上げる苦みを感じた。


(この女狐め……一体何を考えてる?)


 カプランは苦々しくエレオノールを見つめる。しかし、その目線を彼女はと白々しく無視する。


 そんな二人の過去など露知らないシャナンは、キョトンとした顔付きで二人のやり取りを眺めていた。長々とした会談をせずに済んだのなら、良かったのではないだろうか。ザンビエル王国とは、中々に懐が深いとさえ、思っていたのである。


 だが、ガネフとオリアンヌは当然、シャナンとは意を反していた。

 今回の会談は一日、二日で終わるものではなく、それこそ何十日も掛かる長丁場とさえ思ったいたからである。


 外交とは、表で手を取り合い、裏では殴り合いをするかの如く相対し、お互いの妥協点をせめぎ合う場である。特に今回は王国は魔族にシリック・ドヴァー要塞を落とされ、喉元に短刀を突きつけられている状態の王国は、他国への救援を求める立場であり、外交的にも最初から不利な位置でスタートするはずであった。


 その筈なのに、ザンビエル王国から先手を打って軍事同盟締結に賛成とは? きつい条件の1つや2つを突きつけた上で、時間の無い王国側をタイムアップで無理矢理呑ませる腹と見ていた二人からすると、望外の言葉であった。


 しばしの沈黙が流れる中、声を殺した笑い声がエレオノーラの後ろから聞こえてきた。その声の主は眼光鋭い軍服の痩せた男からであった。


「くくく……エレオノーラ様、お戯れを。いかに旧知の間柄と言えど、そう急いた結論を提示されてはカプラン殿下もお困りでしょう」

「ジルベルト卿、それもそうね」

「くくく……」


 エレオノーラはジルベルトと呼ばれた男の顔を一瞥後、カプランに向き直る。それに対し、ジルベルトは、手を後ろで組み不気味な笑みを浮かべるのみであった。 


「失礼しました、カプラン殿下」

「あ、い、いや。こちらこそ、すまぬ。エレオノーラ殿からもたらされた僥倖に、つい言葉を失ってしまった」

「ふふふ、カプラン殿下。当然、ザンビエル側から同盟締結に向けて何かしらの条件があると思われるでしょう?」

「う、うむ。そうだな。同盟締結に前向きなことは喜ばしいが、条件は定めないとな」

「そうですな。シリック=ドヴァー要塞を奪還するためにも、より良い同盟になるようにしたいものですな」

「う……」


 カプランが言葉に詰まる。エレオノーラはギロリとジルベルトを睨みつけると、彼は慇懃に謝罪の意を示した。


「これは申し訳ありません。戦略上の要所として挙げたのですが、事情を勘案せずに、無礼な一言でした。平にご容赦を」

「い、いや。なに、その……ジルベルト卿のおっしゃることは、当然のことだ。隠しても仕方があるまい」


 カプランは、ゴホンと咳払いし、唾を呑んだ。


「周知の通り、我が王国はシリック=ドヴァーを金剛羅刹に召し取られてしまい、喉元を突きつけられた状況だ。要塞の奪還のためにも、ザンビエル王国の力を貸して欲しい」

「カプラン殿下。魔族は私たちにとっても仇敵に違いありません。ここは国家間の枠を超えて協力する必要があると思料します。私も少し駆け引きが過ぎました。後のことは、席に着いて協議しましょう」

「あ、ああ。これは失礼した」


 カプランは自らが椅子を引き、ザンビエルからの使者に席を供した。その顔には、心無しか安堵の色が見えている。


 しかし、ガネフは苦々しい顔で、それを見ている。そして、ボソリと呟いた。


「場を掴まれたかのぅ」

「場、ですか?」


 オリアンヌがガネフの呟きに尋ねる。しかし、ガネフは答えない。ガネフの態度を見て、オリアンヌが気付く。場を掴まれる、とはザンビエル側に有利な状況にさせられたのだろう、と。


 そのオリアンヌの懸念通り、カプランはエレオノーラ達、ザンビエルの使者の言に誘導され、言わなくてもよいシリック=ドヴァー要塞について言及している。外交とは、たとい明らかの事実だろうと、弱みを見せてはいけない。指摘されようとも鉄面皮で跳ね返し、相手の交渉材料にしてはいけないのだ。


(カプラン殿下は、武勇の方だ。そう気転が効く方ではない。王は人選を間違えた。カプラン殿下の取り巻きの口車に乗せられ、選ぶべきではなかったのだ。有力貴族の信を得た反面、手痛い代償になったな)


 これからの先行きに暗い翳が射すのをガネフは感じた。

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