武器強奪
豆菓子のお陰でシャナンは僅かに力の戻りを感じる。だが、本調子には程遠い。シャナンは男が構える剣を見る。剣は刀身の根元近くからへし折れ、刃は無い。だが、刃の代わりに青白い光が煌々と放出されている。
“吸命剣”、その名を文字通り捉えるならば、命を吸い取る剣なのだろう。原理はよく分からないが、青白い光に何かしら秘密がありそうだとシャナンは考えた。
シャナンが再度、
「俺の剣は確かに後の先だが……好機を逃す程、自分のスタイルに拘る訳ではない。行くぞ、勇者シャナンよ!」
「え?え?ま、待って」
シャナンが慌ててハンマーを手に取る。しかし、一瞬ながらシルバの剣が早かった。青白い光はシャナンの右手に当たる。シャナンは若干熱さを感じたが、火傷にはなっていない。むしろ、直後に来る強烈な虚脱感からハンマーを取り落としてしまった。
「しまった」
「遅い!」
慌ててハンマーを拾おうとしたところ、シルバが一歩早くハンマーを蹴り飛ばす。そして、続け様に上段から剣を振り下ろした。シャナンはハンマーを拾おうと前屈みになっていたため、躱す動作が取れない。僅かに体をずらしたが、今度は左肩に青白い光を受けてしまった。
「ァッ……グゥう…」
シャナンが迫りくる虚脱感から、呻き声を上げる。もう立ち上がることも辛い。このまま寝ていたい。シャナンは心が折れてしまい、そのまま地面に伏した。
「フン。身体能力は化物地味ているが、所詮はそれだけか。戦い方がなってない」
シルバが詰まらなさそうにボヤいている。シャナンは薄れゆく意識の中、シルバの声を聞いた。
この世界に来て、色々あったけど、こんな所で呆気なく終わるなんて……シャナンは自身の運命の儚さを感じていた。
「……みんな、ゴメンね。もう……」
その時、シャナンの脳の奥から例え様の無い不気味な声が語り掛けてきた。その声は聞く物に不快感と不安を想起させると共に、どこか柔和な感じがする不思議な声だった。
声の主は囁く。
「超越魔法”
「……だ、だれ?……もしかして……十二人の?」
声の持ち主が自身の中に存在する十二人の人格だとシャナンは思い、尋ねてみる。声の主は不愉快な笑い声を乗せてシャナンに返事を返す。
「そう。私はスーハン。“不確定”のスーハンよ。ちょっと、私がアイツをやっつけてあげる。サッサと変わりなさい」
「……だ、ダメ。体は渡さない」
シャナンはスーハンの申し出を断る。今までは訳も分からずに体を明け渡していたシャナンだったが、今度は渡してなるものか、と必死で抗う。
理由は明白だ。シャナンは恐れている。カロイの街付近で起きた魔族の大虐殺を。
故意では無かったにせよ、シャナンはカロイの街を守るため、千近い魔族を虐殺した。記憶が無かったとは言え、シャナンは自身が招いた出来事に戦慄した。
シャナンは思う。十二人の人格は凶悪だ。比較的まともな人格のエリカやリンだって、敵相手には容赦せず殺してしまうだろう。それが、得体の知れないスーハンと名乗る人格なら何をしでかすか分かった物では無い。
下手すると、シルバどころかアジトにいる全員を殺してしまいかねない。そんな事態は絶対に避けたかった。
「あ、アナタには……任せない。私が……」
「そんな調子で敵うものかな。手遅れになる前にサッサと変わりなさい」
「ッ…イヤ!」
思わず大きな声で叫び声を上げる。その言葉に反応してシルバが振り向いた。
「ほう。まだ生きていたか。俺の吸命剣も腕が落ちたか。いや、勇者だからこそ、か」
シルバがツカツカとシャナンに向けて歩いて来る。足音が一歩、また一歩と大きくなる。シャナンは耳でシルバの距離を感じながら、覚悟を決める。
無い力を振り絞り、
一瞬だけ力が戻る。シャナンは僅かな回復を感じると、シルバが反応するより早く立ち上がった。
「ッム!」
シャナンの素早い動きに一瞬、シルバの反応が遅れる。シャナンはシルバが剣を構えるより早く地面を蹴り、一瞬で間合いを詰めた。
だが、シルバも慣れたものだった。先ほど見せたシャナンの猪突猛進など既に見切っている。シャナンが向かう動線に先駆けて吸命剣をなぎ払う。
しかし、剣は虚しく空を切った。シャナンの姿が一瞬で消えたのだった。
「なに!?」
シルバが剣を構える。姿が見えないシャナンに対して警戒を強める。一体勇者はどこに消えたのか。
シルバは額に汗を流す。まさか最後の最後に勇者がこの様な奇策を隠しているとは思いもよらなかった。だが、シルバの剣は後の先、受けを中心としたカウンターを得意としている。左右前後、どこから来ても対応はできる。
と、その時、上空で大きな音がした。シルバが一瞬視線を逸らそうとしたが、勇者の罠かも知れないと自制する。音で撹乱するとは勇者もなりふり構っていられないな、とシルバは苦笑する。
しかし、この考えは大きな間違いだった。警戒の構えを取るシルバの背中に突如、強烈な衝撃が走った。
「ヌグゥ!?」
辛うじて体勢を保ったシルバだったが、何かが自分を背後から羽交い締めしようと試みる。一体何なのだ。
「捕まえた!」
「き、貴様ッ、一体どこから…クッ、そういう事か!」
シルバが気づいた時には既に遅かった。シャナンはシルバの前後左右から襲い掛かったのでは無い。上空から襲い掛かったのだった。
先ほど上空でした音はシャナンが天井を蹴飛ばした音である。シャナンは勢いよく飛び上がり、天井を蹴った勢いを活かしてシルバの背中目掛けて飛んできたのだった。
背中に受けた衝撃からシルバは呼吸を乱していた。殺す気でシルバに飛びかかった訳では無いが、天井から勢いよく飛んできたのだ。その衝撃は凄まじいものである。
「グゥ…貴様ッ!は、離れろ」
シルバが背中に張り付くシャナンを剣で引き剥がそうとしたその時、シャナンはシルバの剣の柄に手を伸ばした。
「これ、もらうね」
「ッッッグ……な、なんて…バカ…力…だ!」
シルバとシャナンが剣を取り合う。普通なら子供のシャナンに勝ち目はない。だが、今のシャナンは工場の機械以上の力がある。発生する力は数千ニュートンにも及ぶ。
「エイ!」
シャナンがシルバの手から武器を強奪する。そして、そのまま剣を闇が広がるアジトの奥に放り捨てた。
シャナンの突然の行為にシルバは呆然とする。武器を放り投げることで一体全体何が目的なのか。
「く、く……くくく。わ、訳の分からんことをする。武器を放り捨てて、一体何がしたかったのだ?」
「これでいいの。ねぇ、もう武器は無いよ。喧嘩はやめようよ」
シャナンの一言にシルバが暫し唖然とする。今の今までシルバは死闘を演じていた気になっていた。しかし、目の前の勇者は、今までの戦いはタダの喧嘩だと宣っているのだ。
一瞬、怒りが湧いてきたシルバだったが、直ぐに肩を
この勇者は
曰く、“殺さずの勇者”
この勇者は人を殺すどころか傷つけることすら嫌がる。魔族に敵対する勇者とは思えないお優しい方だという。
カロイの街で散々魔族を殺しておきながら、当てにならん噂だとシルバは一笑に伏していた。しかし、目の前の少女を見る限り、噂は合っているのだろう。
「フ……敵わんな、お前には。いいだろう。俺の負けだ。その女は解放してやる」
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