魔法剣とハンマー
「……今、なんと?」
「だから、イヤって言ったのよ。なんで喧嘩しなくちゃいけないの?私はオリアンヌを助けに来ただけよ。お願い、オリアンヌを返して!」
「……喧嘩…ふ……貴様にとっては、俺との闘いは唯の“喧嘩”であって、“死合”では無い、か……」
魔法剣士シルバは口の端に呆れた笑みを浮かべる。しかし、目には云い知れない憎悪が漲っていた。
「闘いたくないお前には、闘う理由が必要だな。いいだろう。その理由を作ってやる」
シルバは人差し指を立てて魔法を唱え始めた。
「世界の理に掛けて、彼の者と我に絶対なる支配を……
「え!?」
シルバはオリアンヌに向けて魔法を唱えた。一体どんな魔法だろうか。シャナンは状況の展開を呑み込めず、混乱する。
「俺が掛けた魔法は隷属の魔法だ。この女は暫くの間、俺の言いなりだ。おい、女」
シルバはオリアンヌの手を縛る縄を剣で裂き、解放した。シャナンは一瞬、シルバがオリアンヌを助けてくれたと思った。しかし、直ぐにそれは考え違いだと悟る。
シルバは持っていた短剣をオリアンヌに投げ渡し、命令を伝える。
「勇者が闘いを拒否したら、その短剣で自害しろ」
「……はい、シルバ様……」
虚な目をしたオリアンヌが応じる。先ほど迄の勝気な色を見せないオリアンヌを見て、シャナンは彼女が魔法によって操られていると分かった。
「魔法でオリアンヌを操ってるの?」
「そうだ。俺の
「ひどいよ!オリアンヌは関係ないわ!」
「……お前が俺との死合を避けるからだ。この女を正気に戻したくば、俺を倒すことだな」
シルバが剣を抜いて身構える。片刃のそれは西洋剣と言うより日本刀の如く煌めく波紋をしていた。シルバは剣を下段に構え、刃をシャナンに向けて構える。力は入らないが、相手の動きに合わせて剣を振るう構えである。下手に近付けば、返り討ちに遭う。
シルバの構えを見て、シャナンは如何にすべきか考える。
今の自分ならば、シルバの剣でも生身で弾けるかも知れない。しかし、刃が放つ鈍い光はシャナンの肉を軽々と断ち切る威力がある様に見える。もし、
シャナンはゴクリと唾を呑む。
「俺の剣は後の先……仕掛けた者の技を見切り、切り返す」
シルバがシャナンに向けて話し始める。“後の先”……意味を追うならば、カウンターだろうか?シャナンは考えを巡らせる。もし、カウンター狙いならば、自分から攻撃しなければ、大丈夫なのではないだろうか。
シャナンがシルバを見据える。シルバもシャナンの動きを見る。時間が凍る。お互い、決め手を欠いて動けない。
シャナンの額から汗が流れる。その汗を拭いながら、小腹が空くのを感じる。シャナンが腰の
「勇者シャナンよ。いつまでそうしているつもりだ?俺はただ待つだけだが、お前はそうは行くまい。先ほどから疲労の色が見えているぞ。早く仕掛けて来なければ、お前の体力が尽きてしまうかも知れんな?」
シルバの言葉にシャナンも同意せざるを得ない。今のシャナンは
シャナンは段々と思考が覚束なくなる。この状況は拙い。もう直ぐガス欠になってしまう。事態を打開するため、一か八か仕掛けてみようかと考える。
シャナンは腰に下げた片手ハンマーを持ち、身構える。
「ほう……?ハンマー、か。細身剣は使わんのか?」
「……使わない。このハンマーでアナタの剣を叩き折るわ」
「……面白い。やってみろ」
シャナンは足に力を入れる。一瞬だ。一瞬で決める。シルバが対応するよりも早くハンマーで剣を叩き、破壊する。武器がなくなれば、シルバとの戦いも終わるに違いない。
シャナンは飛び掛かる隙を探る。数秒の時間が長く感じる。額に薄らと汗が滲んだ時、背後から喧騒が聞こえてきた。
剣と剣がぶつかり合う音、人々の争う男が狭い通路から反響して聞こえてきた。
その瞬間、シルバの眉根が僅かに動いた。常人では気付きもしないコンマ1秒以下の合間である。だが、今のシャナンは全ての感覚が極限まで昂まっている。僅かな隙だろうと、見逃さなかった。
堅い地面を蹴壊す如く、床からシャナンが離れた。床はシャナンの動いた衝撃で比喩でなく実際に破壊される。人の目では追うことも困難な速度でシャナンは疾駆する。後に残るは壊れた床と衝撃音だけであった。
「……ッ…」
シルバがシャナンの動きに反射的に反応する。視界の影に残像として残る少女を斬るべく、剣を斬り上げる。通常の剣士ならば、剣を振るう暇も無い。だが、シルバは己の経験からシャナンの動きを予測し、動線に目掛けて刃を走らせる。
白刃が煌めく刹那、シルバの剣がシャナンを斬り裂く……かに見えた。
しかし、シャナンの動きはシルバの予測を遥かに超えていた。シャナンの放つハンマーがシルバの剣を一瞬で叩き折る。本来の軌道ならば、シャナンは剣で切り裂かれるはずだった。しかし、刀身を失った剣は虚しく宙空を舞ったのであった。
「……なるほど。これが勇者の力、か。まともに対峙すれば、ひとたまりも無いな」
剣を折られ、闘う道具を無くしたシルバが感心したかの様に呟く。その表情には、敗北の色は見られない。
シャナンはシルバの表情が変わらないことに焦りを感じた。剣が無ければ、戦いは終わると思っていただけに、心中は穏やかで無い。
「も、もう剣は無いよ!戦いは終わりでしょ!オリアンヌを離して」
シャナンはシルバに敗北を促す。しかし、シルバは無表情の冷たい目を向けたまま、シャナンを見据える。
シャナンは本当に困ってしまった。この男は戦闘狂だ。戦えない程の大怪我を負わさないと、終わらないのでは無いかと考えた。
しかし、実際には違っていた。シャナンが叩き折った刀身から、青白い光が伸びている。一体なんだろうかと、不思議に思った時、突如、凄まじい疲労がシャナンを襲ってきた。
「お…
「ほう。まだ立つか。俺の魔法剣“吸命剣”を受けて、そこまで生きながらえた者はいない」
吸命剣……シャナンは聞き慣れない言葉を耳にする。一体、それは何だろうか。残された僅かな力で豆菓子を口に運んだシャナンは、ハンマーを支えに体を保った。
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