盗賊どもの襲撃

「なに?敵襲?相手は何者だ!」


 敵……?シリック・ドヴァー要塞が陥ちたとは言え、この地は王国の支配下である。そこまで危険ではないと、シャナンは思っていた。


 しかし、事情はどうも切迫しているようだ。荷馬車の外からは矢が風を切る音、剣戟の音がし始めた。


「ええ……?一体何が…」


 シャナンが怯えつつも声を発した時、オリアンヌが慌ただしく駆けて来た。


「シャナン様!身をお隠しください。盗賊どもの襲撃です!」

「盗賊?」

「はい!ダーグル山脈を根城にするリフィア一家の手の者です。私たちが討伐するまで、隠れていて下さい」


 そう言って、オリアンヌは荷馬車を離れる。荷馬車の外からは盗賊たちと争う兵士たちの怒号と硬い金属がぶつかり合う音が聞こえる。


 シャナンは不安を感じ、荷馬車の幌の隙間から様子を伺う。


「野郎ども!まず先に馬を殺せ!足がなきゃ逃げられねぇ!」

「貴様ら!りにって、この馬車を襲うとはいい度胸だ!」

「知るか!お前たちはこの場で全員死んでもらう。荷物は俺たちの総取りだ!」


 盗賊の首領らしき者が重厚な剣を片手に兵士に斬りかかる。兵士は腰に下げた細身剣を抜き、応戦する。しかし、武器の差なのか兵士は盗賊に押されている様に見える。


「そんなお上品な剣じゃぁ、俺には勝てねぇぜ!喰らえ!」

「ッグア!」


 首領が放つ剣が兵士の肩を強く切り裂く。兵士は呻きを上げてその場に倒れ込んだ。王国の訓練された兵士が負けるなんて、シャナンの衝撃は非常に強かった。


「オラオラ!死にてぇ奴から掛かって来い!」


 首領が兵士たちを挑発する。まるで、自分こそが最強とばかりに。


「クッ、こいつ強いぞ。みんな、一斉に掛かるぞ!」

「おう!」


 4、5人の兵士たちが首領を取り囲む。この人数に攻撃されたら、一溜りもないだろう。しかし、首領は意にも介さず挑発を続ける。


「数で押せば勝てると思ってるのか?リフィア一家の斬り込み隊長、“剛剣のゴメス”様には通じねぇぞ」

「ほざけ!皆、懸かれ!」


 兵士たちが四方から一斉にゴメスを取り囲む。如何に強者だろうと一度に大勢の相手はできない。また、兵士たちはゴメスの死角からも攻撃を仕掛けている。見えない攻撃を避けるのは至難の技だ。


「へ、甘いぜ」


 そう呟くとゴメスは兵士の一人に勢い良く突進した。


「なっ!速い!」

「お前が遅いんだよ。喰らえ!」


 ゴメスの剣が兵士を袈裟斬りに斬り付けた。兵士は革鎧で身を守っていたとは言え、鋭い剣の前には薄皮の様な物だった。全身から血を流して倒れ込む。


「おっと、寝るのはここじゃねぇ。お仲間に相手してもらいな」


 そう言うと、ゴメスは倒れ込む兵士を強引に引き上げ、迫り来る兵士たちに投げ飛ばした。兵士たちは傷ついた仲間を受け止め、心配の声を上げる。


「お、おい!大丈夫か!?」

「おっと、よそ見は良くないぜ」


 投げつけられた仲間を気遣う隙をゴメスが見逃さなかった。ゴメスの剣がヒュウと風を切って兵士たちに襲い掛かる。ドスリドスリと鈍い音がして、兵士たちは声も立てずに倒れ込んだ。


「へ、他愛もねぇぜ。仲間庇って自分の守りがお留守じゃ救えねぇぞ」

「ぐ…卑怯な…」


 兵士が倒れたまま憎々しげな顔をゴメスに見せる。対して、ゴメスは不敵な笑みを浮かべて不愉快な言葉を吐き棄てる。


「おっと、まだ息があったか。死ね!」


 ゴメスが剣を高々と上げ、兵士に振り下ろそうとする。その時、凛とした女性の声が辺りに響いた。


「待ちなさい!この汚らわしい盗賊ども」

「おぉん?なんだぁ……こりゃベッピンさんがいるじゃねぇか」


 オリアンヌがゴメスと対峙する。オリアンヌは片手に剣を突き出して、半身で構えて相対する。ゴメスはその構えを見て、苦笑する。


「おお、おお。構えだけは立派だな。だが、そんな細腕で俺を斬れるかな?」

「試してやろうか?」


 オリアンヌがゴメスの挑発に乗る形で刺突を繰り出す。その動きは目にも止まらぬ速さで二撃・三撃と繰り返す。


「おぉ?や、やるじゃねぇか!」

「フン、威勢がいいのは口だけか?私のスキル”刺突連撃“を味わうがいい!」

「しゃらくせぇ!!」


 ゴメスがオリアンヌの刺突を幅広の刀身で受け止める。そのまま強引にオリアンヌの細身剣を薙ぎ払った。


「キャッ……」

「だから言ったろ?そんな細腕じゃ斬れねぇって。へへ、可愛い声を出すじゃねぇか。この後が楽しみだぜ」

「く……ゲスが…!」


 ゴメスの舌舐めずりを見て、オリアンヌが吐き棄てる。しかし、膂力の差からこの勝負はゴメスに有利であることは誰の目からも明らかだった。


「へへ、お前が大人しく捕まってくれれば、他の連中は助けてやるぜ」

「ふん。そんな嘘に騙されると思ったか?……」

「へへへ、そりゃそうか。……ん?おい、お前、何している?」


 オリアンヌの口が僅かに動いていることにゴメスが違和感を感じる。しかし、ゴメスがオリアンヌの所作を意味を理解するより早く、結果が襲いかかって来た。


「世界の理に掛けて……“豪炎風ファイアストーム”!」


 オリアンヌが腰の雑嚢ウェストポーチから魔法触媒を引き抜き、ゴメスに投げつける。オリアンヌが唱えた魔法は上級の火炎魔法である。魔法触媒の質によっては、辺り一面を焼け野原にするには十分な威力を持つ。


 当然ながら、オリアンヌの使った魔法触媒も高度な性質を持っている。ゴメス含めた盗賊たちを一網打尽にするには十分な威力を持っている。


 ……はずだった。


「な、なに!?なぜ魔法が発動しない」


 驚愕の表情を浮かべるオリアンヌ、対して満面の笑みを浮かべるゴメス含めた盗賊の面々たち。一体なにが起きたのだろうか。


「へへへ、お嬢ちゃあん。残念だったな。俺の持つ古代の遺跡からの遺物“呪術封スペルシール”は相手の魔法が発動できない効果があるんだよ。残念だったな」

「そ、そんな……!?」


 オリアンヌの顔に絶望の色が浮ぶ。最早なす術もない。オリアンヌが立ちはだかる盗賊たちに細身剣唯一つで立ち向かった。


「へへ、甘いってんだ!おら!」

「ゴフ……」


 ゴメスが剣の鎬でオリアンヌを激しく撃ちつけた。強烈な打撃を受けたオリアンヌは身体を二転三転させ、動かなくなってしまった。


「へへ、俺はコイツをアジトに連れ帰ってお楽しみさせてもらうぜ。お前ら、生きてる奴らは皆殺しにしろ。荷物は全部奪って火を放っておけよ」

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