γ線放射

 アガリプトンは悔しさから顔を歪め、目の前の少女を見る。穏やかな顔をしているが、内面には悪鬼羅刹を飼っているかの様におぞましい雰囲気を漂わせている。


「く、くそ……我輩の魔力では…如何に……疲弊した……魔力切れを起こす直前の勇者でも……勝てないのか…」

「疲弊?まあ、少し息を切らしたけど別に疲れてないよ。魔力切れ……ああ、そうか」


 少女はポンと手を叩く。


「ここに来た時に息を切らしてたのは、単に走ってきたから。ま、途中でしんどくなって歩いていたけど」

「は……走って?……それだけ?……ならば、貴様は魔力が……残っていたのか?」


 アガリプトンは呆気に取られる。あの息切れした少女の姿は、まさかのブラフだったのだ。合点がいったのか、アガリプトンは自嘲気味に笑い出す。


「く……くくく…ならば、納得できる。貴様は最初から我輩たちを欺いていたのか。魔力切れを起こしていると見せ掛け、裏ではシッカリと魔法防御マジックバリアを仕掛けていたのか……」

魔法防御マジックバリア?ああ、それ、私使えない。私、あんまり魔法得意じゃないんだよね。使えるのも二つ程度だよ」

「………え?」


 アガリプトンは少女の言った意味が理解できなかった。魔法防御マジックバリアが使えない?ならば、どうやって妨害魔法を防いだのだ。


「どう……いう……ことだ……」

「それはね、この子のスキル”異常耐性“を私が借りたのさ。このスキルがあれば、アンタの妨害魔法なんて効きやしないよ」

「い……異常耐性?その様な高位のスキルがあるのに……沈黙サイレンスが何故効いたのだ?」


 アガリプトンは消え去りそうな声で尋ねる。


「いやぁ、最初から連発されてたら危なかったかもね。でもね、リンが気を利かせて途中でスキルをコピーしてくれたのさ。本来ならば、あの子が恐慌状態なら使えないんだけどね。私自身にコピーしてくれたならば、私が恐慌状態じゃ無い限り効果は続くってことさ」


 あの子……?リン……?他に仲間がいたのか?いや、それ以前にスキルをコピー?そんなことができるのか?


 魔力切れを起こし、かつ謎の力で死に行くアガリプトンは納得がいかなかった。


この少女は謎が多すぎる。せめて、その謎の一端だけでも解き明かしてから死にたかった。


 アガリプトンの意志を察したのかどうか分からない。次に少女が紡いだ言葉は、彼女の攻撃内容を表していた。


「それよりも、アンタ。もうおしまいだわ。アンタはそんな軽装で私の前にいるんだから、あと少しで血反吐吐いて死ぬんじゃ無いかな?」

「軽装で……何故良く無いのだ?」

「ああ。さっきの鎧の連中は鎧がγ線を防いでくれてたみたいで、少しは大丈夫だったけどね。ま、そんなのも時間の問題だったけど」


 聴きなれない言葉にアガリプトンが朦朧として尋ねる。


「ガ…γ線……?なんだそれは?」


 アガリプトンの尋ねに少女は口の端を上げて答える。


「私は”光“の勇者……光の特性を操れるのよ。光とは一体何かしらね?」

「ひ……光?」


 光……とは、光だろう。天から降り注ぐ陽光、暗闇を松明が灯す明かり、希望を指し示す比喩表現……それ以外、何がある?


「光の中にはねぇ。目に見える可視光以外にX線やγ線といった目には見えない高エネルギーの光もあるの」

「目には見えない……光?」

「私のスキル”γ線放射“は大体数Svから数十Svのγ線を私の前面に放出する能力なの」


 ───γ線───

 イギリスの物理学者であるラザフォードが発見した原子核が放つ余剰エネルギーのこととである。原子核は余分なエネルギーがあると、安定した状態を保てない。そのため、安定した状態に移行するため、エネルギーを放射する。これがγ線として知られている。


 γ線を放射する物質はコバルト60など一部の放射性同位体に限られており、少女が何を持って放出したのかは知る由もない。


 γ線は高い透過力を持ち、防ぐためには厚さ十数センチ以上の鉛が必要となる。

 ──────────

 γ線放射?スキル?そんなスキルがあるのか?いや、それはスキルなのか?化け物地味た得体の知れないナニカではないのか?

 もはや思考も覚束ないアガリプトンは膝を折り、勇者を見上げている。


「γ線を防ぐには、数十センチくらいの鉛が無いと無理よ。アンタの様に軽装のヤツには防ぐ術はないわ」


 少女の声を聞きつつ、アガリプトンは地面に倒れ込む。様々な疑問が残るが、死に行く彼が理解できる”たった一つ“のことがあった。


 ──戦うんじゃなかった──


 ─

 ──

 ───

「ぬぅう。なんだこの状況は!」


 陣地に戻った義氏は憤怒の色に駆られる。先に戻ったはずの騎兵部隊は尽くが地に伏し、死にかかっている。少しばかり元気な者もいるが、高重量のポジトロンランチャーの準備に戸惑っている。


「何をしておる!勇者が来るぞ。早く準備せんか!」


 義氏の怒声が飛ぶ。しかし、応える者はいない。いや、応えるほどの気力が無いのだ。


 ポジトロンランチャーを押し出す兵士の一人がその場に倒れ込む。すると、力を失ったポジトロンランチャーは歩みを止める。


「くぅ、仕方がない。皆のもの!押し出せぇ!」


 倒れた兵士に代わり、義氏が兵器を押し出す。額に汗が滲む。この汗は兵器を押し出す肉体が出したものだろうか。それとも、迫りくる脅威への冷や汗だろうか。


 義氏は後悔していた。あの少女は武人どころか勇者ともいえる代物ではない。あの様な者の強さに一時でも敬意を払っていた自分が情けない。


 あの者は……悪魔だ。いやいや、もっと邪悪な何かだ。


 魔族の者共をあれ程大量に殺害してもケロっとしている。皆も復讐どころではない。怖いのだ。あの得体の知れない勇者殺人鬼が怖いのだ。

 早くしなければ、あいつが……仲間を大量に殺した殺人鬼が陣地にやってくる。


 魔族たちは兵器を台座に固定し、向きを勇者がいる方角に向ける。充填を開始し、勇者を迎え撃つ準備を整える。


「副長……アイツが…アイツが来ました……早く…早く撃ってください!ああ、あ、悪魔が……殺人鬼が……勇者が来る!」


 ひとしきり恐怖の声音を奏でた兵士はその場に倒れ込み、そして動かなくなった。倒れた兵士の指す指先には可愛らしい少女が満面の笑みを浮かべて歩いてくる。


 悪魔は嬉しそうに語り掛ける。まるで契約に則して魂を刈り取りに来たかの様に。


「いやーやっと帰れるよ。お前たち、面倒な抵抗ばかりして手間ばかり取らせて……じゃ、死ねよ」


 少女は笑みを止めない。歩みを続ける。


 まだだ。もう少し引き付ける。的は小さい。万一外したら、後は無い。義氏は冷静に状況を見据える。


 「おや?お前たち、それって……ふうん。そいつを私にぶつけようって訳ね」


 相手が気づいた。義氏は焦りを覚える。今すぐ発射すべきか。いや、この武器は存外に命中精度は低い。しかも次装填までに動ける兵士は全くいない。必中必殺で臨むべしだ。

 しかし、相手が体を躱すとどうなるか。その後は容易に想像できる。


 義氏は迷う。いつもならば、アガリプトンか六郎座が意見をくれる。しかし、今はあてにはできない。六郎座は傍らで生死の境を彷徨っている。目の前に勇者悪魔がいるということは、アガリプトンは恐らく死亡したのだろう。


 今放つべきか。それとも引きつけるべきか。迷う。どうすべきか。


 しかし、義氏の迷いを無視して、少女は歩みを続ける。しかも何やらブツブツと呟いている。


 ……世界の……代わり……勇者が……


 まずい。魔法を唱えている。勇者が唱える魔法は凶悪に違いない。義氏は意を決する。


 丁度、少女がポジトロンランチャーの100メートル付近に近づいた時、義氏は高く右手を上げる。


「放てぇぇ!」

「ランチャー!!」


 ポジトロンランチャーの発射光から眩い光が迸る。轟音が耳をつんざく。空気を切り裂く。

 高圧縮された陽電子の塊が少女目掛けて走り出した。


「うぉ、危ない」


 少女が咄嗟に身構える。その姿はとてもじゃないが、目映い光の束に対抗する素振りではなかった。背中を向け、目を隠して眩しさを抑えている。


 だが……


 少女が指を高く天に上げる。すると、バシュッとした音と共に高密度のエネルギー体は上空に向けあらぬ方向に飛んでいく。空高く舞い上がる光球はいつしか視界から消え去り、日の光が眩しく視界に入った。


「…………」


 魔族たちは言葉を失う。今一体、何が起きた?

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