決死隊
「な、なんだ……Meの…髪が……一体なぜ?」
六郎座は自身の身に起きた異常に驚きを隠せない。何故に髪が抜け落ちるのだ?
あの
いや、魔法は沈黙(サイレンス)で封じてある。しばらくは魔法どころか話も禄に出来ない。
ならばスキルか?しかし、今の六郎座の身に起きた症状を鑑みるにスキルとは思えない。
スキルは主に内発的な能力である。技術補強や魔法能力向上に始まり、状態異常耐性、自己修復など自己完結する能力が大半だ。
稀に他者に影響を及ぼすスキルもあるにはある。
しかし、影響といっても他者に直接的なダメージを与えるスキルなど聞いたことがない。他者への影響を与えるスキルの場合、精神面の強化から肉体面に影響を及ぼす間接的な効果になる。
「く、もしや……
六郎座は今一歩だったか、と革の籠手を強く噛む。すると、今度は自分の歯が抜けて革の籠手に残った。
「あ……」
言葉を失う。
一体全体何がどうなったのだ?六郎座の混乱が加速する。定まらない思考で軍勢に視線を向けると、多くの兵士たちが、冬の枯れ枝かの様に倒れ始めていた。
ある者は嘔吐し、ある者は喀血し、そしてある者は地面に伏し、既に動きを止めている。
精鋭で名高い六郎座の軍勢は、見るも無惨な状況に見舞われている。今や流行病が蔓延したかの様に兵士たちは呻き声を上げ、次々と息を引き取っていく。
「閣下……閣下!一体、一体これは何のですか?生命剥奪(ライフドレイン)などでは断じてありませんぞ!」
義氏が大声で六郎座に問い掛ける。体がダルい。視界がボヤつく。六郎座は異常な程の疲れを感じていた。この体調で義氏の大声は非常に堪えた。
「Y、YOSHIUJI……少し、小さな声で頼む…」
「閣下!?顔色が優れない様ですが……」
「Y、Youは平気なのか?」
「ム……少し違和感は感じます。ですが、閣下ほどには」
「アガリプトンくん、君は?」
「わ、私も先ほどから胸がムカムカと……目眩が……一体何が?」
どう言うことだ?人によって症状に違いがある。六郎座は倒れている兵士たちに目をやる。すると、大半が騎兵部隊であり、重装歩兵の部隊は僅かであった。
この違いは武装の差か?
騎兵部隊は革鎧や胸当て程度で比較的軽装だ。馬上での動き易さを計算に入れている。
対して、重装歩兵は重厚なプレートメイルとタワーシールドで武装しており、騎馬兵の突撃すら通さない重厚さがある。
もしや、あの
六郎座は自身の洞察力の無さを呪い、また革の籠手を噛む。今度は奥歯が籠手に残った。
六郎座は蒼ざめる。あの少女の言っていた5分とは、現在、部隊で起きているこの状況を指していたのか。
体が怠く、吐きそうな気分を抑え、六郎座は全軍に指示を出す。
「…はぁ、はぁ…騎、騎馬隊は…退却を急げ!急ぎ陣地に戻りポジトロンランチャーを準備せよ!ゥグッ…!……重装歩兵は勇者を食い止めろ!」
そう言うと、六郎座はその場に倒れ込んだ。義氏とアガリプトンが彼を呼ぶ声がしたが、六郎座は答える気力も無くしていた。
─
──
───
騎馬隊は這々の体で陣地に逃げて行く。重装歩兵たちは勇者の追撃を防ぐため、状況の異様さに怯えを隠しつつ、勇者に相対する。
「……!……!」
少女は何かを喋ろうとしている。しかし、
手に汗が滲む。スタスタ歩いてくるこの子供は、表面の可愛らしさとは裏腹に凶悪なナニカを隠し持っている。兵士たちの間に緊張が走る。
少女が間合いに入った。だが、少女は歩みを止めない。目の前に重厚な兵士が壁を作っているが、止まる気配はない。それどころか、意味不明なジェスチャーを交えて歩き続けてくる。
「ぅ……ぅうわぁああ!」
大声で恐怖を晴らすべく、兵士の一人がタワーシールドを少女に打つける。通常ならば、小さき体など吹き飛ばされて地面に転がるはずであった。
しかし、少女は盾をすり抜け、兵士の間合いに入ってきた。そして、尚も必死にジェスチャーをし続ける。
「く、くそ!この化物が!」
兵士の振るうメイスが空を切る。ダメだ。この相手には武器は通用しない。魔法か。兵士は咄嗟に判断を切り替える。しかし、重装歩兵である自分には身体強化の魔法程度しか使えない。それに、目の前の化物には自然科学系の魔法ですら通用するか怪しい。
「く、来るな!」
少女が兵士に抱きついた。側から見ると、大人に甘える子供の様だ。兵士は振り解こうと必死に抗う。しかし、岩に貼り付いたフジツボの様に離れる様子がなかった。
「グホォ……」
しばらくして、兵士が大量に吐血してその場に倒れた。そして、少女はゴソゴソと兵士の腰に着けた雑嚢を漁り始めた。
……何をしている?
少女の異常な行動と先ほどの兵士の末路を見て、周りの者たちは動けず、呆然と成り行きを見ていた。しばらくすると、兵士の雑嚢から水筒を取り出し、少女は一気に喉へ流し込んだ。
「アー……アー…まだ、ズゴジ……いゔぁかんが……」
水……で喉を潤した?
「水をグレッで言っでるのに……身振りでゔぁからないがなぁ?」
分かる訳が無い。それに、水を飲めば
少女の行動を遠方から見ていたアガリプトンも呆れて嘆息していた。
「あの者……まさか喉を潤せば魔法が解けると……?」
「ぬぅ?そうなのか?アガリプトン!」
義氏が疑問に思い尋ねる。しかし、アガリプトンは即座に首を振る。
「そんな訳ありません。
「なので?」
「単に時間切れなのかと思量致します」
アガリプトンが下を向く。その面持ちは何処か自身への力の無さを恥じている様だった。しかし、義氏がすかさず言葉を掛ける。
「ならば、アガリプトン。また掛ければ良かろう」
「た……確かに…」
アガリプトンが顔を上げる。
「それにあの者、物理攻撃は全く効かぬ様だが、妨害魔法は効く様だ。
「お、おっしゃる通りです」
「フン。軍一番の知恵者であるお主のこと。ワシが何か言う前に本当は気付いておったのだろう?」
アガリプトンが顔を上気させて前を向く。そうなのだ。自分はこの軍の参謀で頭脳である。自分が思考を止めれば、軍は歩みを止めてしまう。考えろ。そして、最善の手段を取るのだ。
アガリプトンは自身の役目を教えてくれた義氏に感謝の意を述べる。
「義氏殿、感謝いたします」
「感謝?それよりも頼むぞ。ワシは閣下を陣地まで運ぶ。辛い役目だが、勇者の足止めは、魔法が得意なお前にしか出来ん。では、また会おうぞ」
義氏は六郎座を担ぎ上げ、走って陣地まで駆けて行った。
アガリプトンは義氏の背中を見送り、振り返って勇者に向けて妨害魔法を数発お見舞いした。
「世界の理に掛けて……
少女の周りに魔法の渦が出来る。その渦が少女を包み込み、魔法が発動する……かに見えた。しかし、今度は何も起こらない。
「な、何!?クッ、ならばもう一度だ。
またしても魔法が発動しない。何故だ。先ほどは効果があったのに。アガリプトンは臍を噛む。
いや、先ほどの
「やるな、勇者よ……だが、このまま何もしない訳にはいかない。貴様の
アガリプトンは魔法を掛け続ける。勇者は到着時に息も絶え絶えで疲弊していた。
アガリプトンは魔力の限り、魔法を放つ。勇者はアガリプトンの魔法を無視して重装歩兵たちを虐殺し始める。兵士の数がドンドン減っていき、そして最後の一人が倒される。
次なるターゲットをアガリプトンに定めた勇者はトボトボと歩いてくる。アガリプトンは尚も魔法を放つ。放つ。放ち続ける……しかし……
「はい。お疲れさん。残念だったね」
魔力切れを起こしたアガリプトンの目の前に
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