誤解

「あの……私の仲間の人たちは、みんな大人で……よかったら、これからも仲良くしてほしいなぁ……なんて。ダメかな?」


 シャナンがおずおずと二人に問いかける。その答えに二人は笑みを浮かべて応えた。


「もちろん、友達なら歓迎だぜ。むしろ俺たちからもお願いするぜ」

「そうね。シャナンちゃん、これからよろしくね」


 二人の返事にシャナンが笑みを浮かべる。シャナンは嬉しい気持ちになり、先ほどまでの悲しさなど何処かへ吹き飛んでしまった。


 しかし、その気分を台無しにするかのように、三人の背後から不穏な影が近づいてくる。


「おーい、シャナーン。どこだーい?」

「げ……アイツだ!アイツが来たよ!」

「シャ、シャナンちゃん!ど、どうしよう…アイツ、シャナンちゃんを探してるみたい…」


 生命の賢人である。


 ンゲマとアチャンポンはとんでもない奴が来たと騒ぎ始める。二人はシャナンを生命の賢人から守ろうと前に出て庇う。しかし、別に彼がシャナンに何かした訳ではない。何よりも、この嫌われ様は幾ら何でもひどすぎる。そんなにも生命の賢人は普段の素行が悪いのだろうか、とシャナンは想像してしまう。


「あ、いた。シャナン……あれ?アチャンポンとンゲマじゃないか?」


 生命の賢人がヌゥと中庭を覗き込むかの様に壁越しに顔を出した。


「……二人はどうしてシャナンを庇ってるんだい?」

「く、来るな!」

「そうよ!シャナンちゃんに何するつもりよ!この変態!」

「いや、何するって魔法を教えようと……」

「嘘つけ!」


 嘘ではない。かれこれ十日の間、生命の賢人からシャナンは魔法を教わっている。だが、先ほどのシャナンの姿を見て生命の賢人に何かされたのだと勘違いしている。


 特に生命の賢人からセクハラを受けたアチャンポンは歯を剥き出しにして威嚇している。


「いや〜参ったなぁ。僕はシャナンに何もしないよ。僕が好きなのはもうちょっと肉付きの良い妖艶な女性だからね。子供には興味ないよ」

「嘘よ!私のお尻を触ったくせに!このロリコン野郎!」

「いや、アチャンポンは子供だけど肉付き良いから、大人になったら凄いだろうなぁって思って、つい……」


“ゴス”


 アチャンポンの投げた石が生命の賢人に命中する。投げた石は小石というレベルでなく、下手をすると人を殺せるくらいの大きさがあった。


「シャナン!今だ!逃げるぞ」

「ザマアミロ!このど変態!」


 二人はシャナンの手を引っ張り、その場から逃げ出す。シャナンも逃げる必要は無かったが、仕方無しにその場から駆け出した。


「ア、アチャンポン……こ、殺す気か……」


 生命の賢人が呟き、バタリと倒れ込んだ。


 ───

 ──

 ─

「こ、ここまで来れば大丈夫だろう」


 三人は荒い呼吸を整えるため、足を止める。三人が逃げた場所は中庭から遠く外れた私塾内の道場であった。

 カトンゴの私塾は魔法の実習を行うため、大きな道場がある。広い道場には魔法の的となるトルソーが何体か立て掛けてあった。


 ンゲマはその一体にもたれ掛かり大きく深呼吸した。深呼吸のおかげかンゲマがシャナンとアチャンポンに話し始める。


「シャナン。これからもし“アイツ”が何かしたら俺たちに言えよ。さっきみたいにやり返してやるからな」


 やっとのことで呼吸を整えたシャナンが言葉を返す。


「ありがとう、ンゲマ。でも、私はケンちゃんから何もされてないよ……さっきも逃げる必要は無かったのに……」


 その言葉にアチャンポンが激しく反応する。


「騙されないで!シャナンちゃんは可愛いから、絶対にあのアホは狙ってるわよ!さっきだって魔法を教えるとか上手いこと言ってイヤラシイことをしようとしたに違いないわ!」

「そ、そうかなぁ……?」


 シャナンは腕組みして考える。


 その時、私塾の中央から“ガンガン”と鐘を鳴らす音が聞こえてきた。


「げ……やばいよ。アチャンポン。休憩時間終わっちゃった。次はボカサ先生の“魔法論”だよ。遅れるとマズイよ……」

「大変!急ぎましょう!……あ!シャナンちゃんも来る?」

「で、でも私はこの塾の本当の生徒じゃないし……」


 シャナンが指をクルクル回して躊躇する。


「大丈夫よ!生徒なんて沢山いるんだから!分かりはしないわ。それにあのゴミクズが冒険者に魔法を教えているのってカトンゴ塾長の命令なんでしょ?じゃあ、何か言われたらカトンゴ塾長の名前を出せば良いのよ!」


 そう言ってアチャンポンは強引にシャナンを連れ出した。


 ───

 ──

 ─

「魔法とは…どの様な原理で動いているのか……この話は毎回講義で言ってますね……では、そこのキミ、答えなさい」


 教壇の前で神経質そうな男が塾生の一人を指差す。塾生は心臓を貫かれたかの様に勢いよく立ち上がり、答えを述べる。


「は、はい!ま、魔法とは世界にあまねく“世界の理”の意思であるマナが引き起こす大いなる力です」


 塾生の答えに男の返事はない。数秒が数時間かの様に長く感じられる。冷や汗を流し始める塾生の目を見据え、男はボソリと言葉を出す。


「……正解だ。まぁ、キミたちみたいに出来の悪い者でも何度も教えていれば覚えるのも当然か。……座って良い」


 着席を命じられた塾生は安堵の息を吐き、席に座る。だが、男は塾生の態度が気に食わなかったのか、イヤラシイ笑みを浮かべて塾生に言葉を投げ掛ける。


「キミィ……何かね、その態度は?私の問いが気に食わなかったのかね?」

「い、いえ……そう言う訳では……」

「では、何故座る時にため息をしたのかね?私の質問が取るに足らない愚問だと思ったのだろう?」


 ネチネチと塾生をいじめる男を見て、シャナンは眉を顰める。


「ねぇねぇ、アチャンポン。なんであの先生は怒ってるの?」

「いつものことよ。アイツは自分がこの塾で一番だと勘違いしているのよ。だから、塾生なんて虫ケラみたいにバカにしているのよ。本当に嫌なやつ!」

「でもよ、先生の中では一番分かりやすいぜ。ハラタツことも多いけど、流石だよなぁ」


 ンゲマの言葉にアチャンポンがキッと強い視線を向ける。


「だからと言って、あんな先生は大嫌いよ。カトンゴ塾長も言っているわ。魔法使いには品性も求められるって!ボカサなんて見栄っ張りで中身がないスカスカな奴よ!」

「お、おいおい、アチャンポン。声が大きいよ……」


 アチャンポンが感情に任せて次第に大きな声になることを抑えきれなかった。彼女の声に塾生の一部が反応する。


「あ、アチャンポン。ちょっと不味くない?」


 シャナンが周りの視線が集まっていることに気づき、アチャンポンをなだめるかの様に話し掛ける。アチャンポンはシャナンに言われ、少しばかり冷静になったのか声のトーンを落とし始めた。


 だが、時すでに遅し。ボカサは教室の後方で騒いでいる三人組を見逃さなかった。


「そこ!何をコソコソ話してる!立ちなさい!」


 苛烈な声に三人は前を向く。そこには憤怒の表情で赤ら顔のボカサが立っていた。


「早く立ちなさい!」


 再三の命令に仕方なく三人が立ち上がる。その表情には不満顔がありありと見て取れた。


「キミたち……若くしてこの私塾に来たからと言って調子に乗ってるんじゃないのかね?才能に胡座をかいて良い気になってるんじゃないのか?」


 下を向くンゲマに対して、アチャンポンは強い瞳で睨み返す。


「何だね、その目は……確かキミは……アチャンポンと言ったね?その横にいるのはンゲマか。……ん?キミは誰だね?」


“キミ”……その言葉にシャナンが反応する。どう見てもこの場で起立している者はアチャンポンとンゲマとシャナンである。ボカサはアチャンポンとンゲマを言葉に出したが、もう一人の謎の学生については指摘をしていない。


 言い換えれば、ボカサの一言はシャナンのことを闖入者だと思わせる一言である。


「あ、あの……私は……生命の賢人さんの元で……魔法を覚えようとしている……シャナンと言います」


“生命の賢人”……その言葉を聞き、ボカサはいきり立った。


「生命の賢人〜〜!?あの穀潰しが何やら冒険者どもに魔法を教えているとか聞いていましたが、キミがそうなのかね?」

「……は、はい……」


 シャナンはおずおずと答える。上目遣いでボカサを見ると怒りに満ち満ちtが表情をしている。


「キミ……ずいぶん若いね。その歳で冒険者ならば、魔法の才に恵まれたのだろうね?キミが使える魔法は何だい?」


 シャナンはその一言で顔を真っ赤にする。自分は魔法を使えない。その一言を言えば、目の前の男は鬼の首を取ったかのように自分を罵倒するだろう。


 言いたくない……けど、どうして良いか分からない。シャナンは俯きうっすらと涙を浮かべ始めた。


 その時…………背後から声がした。


「ボッさん。僕の教え子をいじめるのはやめて欲しいな」


 ハッと振り返ると頭から血を流し、フラフラと足取りが覚束ない生命の賢人が立っていた。


「生命の賢人……殿。ボッさんと呼ぶのは止めて欲しいと先日申し上げたばかりでしたが……?」

「そうだね。でも僕はOKなんて言ってないよ。ボッさんはボッさんだよ」


 生命の賢人は頭から血をダクダクと流しながら、あっちへフラフラ、こっちへフラフラとフラついている。一言話す度に壁にぶつかって言葉を発するため、塾生の大半は“早くその怪我を直せ”と思っていた。だが、ボカサの激情に駆られた表情を見て、言いたくても言い出せなかった。


「け、賢人殿……キミがブージュルク家の七賢人を真似て“生命の賢人”と名乗ることに私は気にしていない。だが、私塾の講師の中でカトンゴ塾長の一番弟子である私への敬意を払わない態度は同じ塾に所属するものとしては無礼としか言えないな……どうかね!生命の賢人!」

「ふーん……そうなんだ」


 生命の賢人が興味無さげにボカサの言葉を受け流す。その態度にボカサの顔は真紅に染まる。


「キ、キミ!私の話が……」

「忙しいからこれで失礼するよ、ボッさん。じゃ、シャナン。行こうか」


 生命の賢人が強引にシャナンの手を取り部屋から出て行く。その後ろ姿を憎々しげにボカサは睨みつける。塾生たちも生命の賢人がボカサを手玉に取った光景を目の当たりにして溜飲を下げていた。


 その内の一人であるアポンチャンは無意識に声を漏らしていた。


「やるじゃん……あいつ……ただのクズじゃ無かったんだ」

「でもよ、シャナン連れてっちゃったぜ。大丈夫かよ」

「あ……」


 アチャンポンが事態に気づいた時、既に二人の姿は無かった。

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