ジャミング
生命の賢人は今にも死にそうだった。体は左右に揺れ、足も千鳥足で覚束ない。
シャナンを握る手も徐々に温度を失ってきている。シャナンが心配から上を見上げると生命の賢人がブツブツと意味不明なことを呟いている。
この状況はまずいのではないか……?
このままでは生命の賢人は死んでしまうかもしれない。シャナンは焦燥感に駆られる。だからと言って、自分には回復の手段がない。
「ケ、ケンちゃん……このままだと危ないよ。ルディに回復してもらわないと!」
「アー、ちょっと……まずい……かな」
と、呟いたと同時にその場にばたりと倒れ込んだ。
シャナンは軽い悲鳴を上げた。それと同時に本格的に危険な状況だと悟る。
シャナンは助けを呼ぶべく大声で叫ぶ。
「ルディ!ルディ!!助けて!お願い!」
返事がない。
仕方がないので、この場から離れてルディを呼びに行こうと廊下を駆け出す。このままでは生命の賢人が死んでしまう。
その時、偶然にも廊下の角からルディとトーマスが姿を現した。歩きながら談笑していた二人は廊下を曲がった先の光景にギョッとした。
「シャナン!どうしました!?何があったのですか!?」
「ル、ルディ!トーマス!……ケンちゃんが……大変なの!!」
「げ……なんだよ、ケンちゃん!その怪我!」
「まさか……敵か!」
トーマスとルディが咄嗟に警戒する。
「ち、違うの!これは事故で……とにかく助けて!」
「あ、ああ。ちょっと見せてみろよ……うわっ、結構深いな……」
ルディがドン引きになる。それ程までに生命の賢人の怪我はひどかったのだ。
ルディは咄嗟に回復魔法に取り掛かった。
「世界の理に掛けて……」
「か、回復魔法……か……」
「彼の者の傷を癒さん……回復(ヒール)!!」
ルディの生命の賢人の頭部に手をかざす。ルディの手が淡い光を放ち、体の傷を癒す……はずだった。
何も起きない。
本来ならば、頭部の怪我が収まり、回復するはずであった。
「な、何でだ?くそ!もう一度だ!彼の者の……」
「そ、それよりも僕が……いつも持っている……カバンを……持ってきてくれ……」
「カ、カバン……?」
シャナンが尋ねる。こんな時にカバンなど何に使おうというのだ。
「頼むよ……カバンはみんなが……いる……場所に……」
「わ、分かったわ!」
シャナンが駆け出す。廊下の角を転びそうになりながら走り抜け、皆がいる部屋に慌てて入る。
勢いよく扉を開け中に飛び込むと、セシルとカタリナは驚き、シャナンに視線を向ける。
「シャ、シャナン!?どうしたの?そんなに慌てて」
シャナンのただならぬ雰囲気にセシルが問い掛ける。
だが、シャナンは答えず部屋の中をキョロキョロ見渡す。すると、部屋の片隅に生命の賢人がいつも持っている肩掛けのカバンを見つけた。
「あった!」
勢いよくカバンを掴み、シャナンはそのまま部屋から駆け出していった。その光景にセシルとカタリナは唖然として見送るしかできなかった。
「な、何かあったのでしょうか……?」
「そ、そうね……」
───
──
─
「ケンちゃん!持ってきたわ」
「あ……ありがとう」
シャナンは生命の賢人にカバンを渡す。
傍らには少し疲れた顔を見せるルディが回復魔法を掛け続けている。その顔には疲労以外に自身の魔法が効かないことへの疑問の表情も浮かんでいた。
「た、確か…この辺りに…」
生命の賢人は覚束ない手取りでカバンの中をゴソゴソと探す。
「あ……あった」
生命の賢人はカバンから小さな棒状のガラス瓶を取り出した。ガラス瓶には青々とした液体が入っており、シャナンは何かの薬なのだろうかと思った。
「……よし……エイッ!」
生命の賢人はガラス瓶の端を勢いよく自身の首に突き刺す。すると、ガラス瓶の中の液体がドンドン生命の賢人の体に入っていき、数秒で空っぽになった。そして、しばらくすると、生命の賢人が何事も無かったかのようにムクリと立ち上がった。
「ふぅ。助かったよ。くそ……アチャンポンめ。覚えてろよ」
憎々しげに生命の賢人が呟く。どうやら、あのガラス瓶の中に入っている液体は何かの薬だったようだ。元気になった生命の賢人を見て、シャナンはホッと胸を撫で下ろす。
「“ケンちゃん”殿、一体何があったのですか?」
「ああ。あの怪我はここの塾生に石を投げられたせいさ。まったく、僕が何をしたって言うんだ」
アチャンポンのお尻を触ったからだろうとシャナンは思ったが、生命の賢人の名誉のために黙っておいた。
「しかし、俺の回復魔法でも治らなかったのに、あの道具を使ったらあっと言う間に治ったよなぁ。あれ、何なんだ?」
生命の賢人が聞かれたくないことを聞かれたかの様に、バツの悪い顔をする。
「あ、ああ。あれは……回復……いや、
「
トーマスが感心する。だが、当人の生命の賢人はこの話を打ち切りたいのか、さっさと別の話に移る。
「それよりもシャナン。キミが魔法を使えない原因を少し調べたいんだ。ちょっと心当たりがあってね」
「え?本当?」
「ま、何となくだけどね。まずはカタリナとセシルたちがいる部屋まで行こう」
シャナンが嬉しそうな顔を見せる。対して、事の成り行きがつかめない二人はお互いの顔を見合わせることしかできなかった。
───
──
─
「シャナン。一体何があったの?……ケ、ケンちゃん。服が血でべったりよ」
血まみれの服を着た生命の賢人を見てセシルが驚きの声を上げる。
「ああ。塾生に石を打つけられたせいでね。でも大丈夫。もう怪我も治ったから」
「石を打つけられるなんて穏やかじゃないわね……」
セシルが呆れた顔を見せる。
「それよりもシャナンが魔法を使えない原因が分かったかもしれないんだ」
「え?本当ですか、”ケンちゃん“さん」
カタリナが奇妙な呼び名で生命の賢人に問う。毎度のことながら、皆が“なんでそんな呼び名になるんだ”と心の中で呟く。
「ああ。本当さ。じゃあ、シャナン。服を脱いで」
「……え?」
シャナンは咄嗟に身を守る。アチャンポンが言っていた通り、生命の賢人はロリコンなのだろうかと疑いの目を向ける。
「……いや。その魔法のマントとチュニックが僕のアイテムを妨害するから脱いで欲しいだけなんだけど……」
「あ……なぁんだ。良かった」
「シャナン……アチャンポンの言うことを真に受けないでよ。僕はどちらかと言うと……」
チラとカタリナの方を見る。今度はカタリナが咄嗟に身を守る。
「ちょっと!ケンちゃん。何見てるのよ!」
セシルがカタリナを庇い、生命の賢人に怒鳴る。
「あ、ああ。何でもない。ま、チュニックまで脱いだら肌着だけになっちゃうか。じゃあ、普通の服に着替えておいで。話はそれからしよう」
───
──
─
「着替えてきたわ。それで、今から何するの?ケンちゃん?」
「うん。今からこのアイテムでシャナンの潜在能力を調べるんだ。はい、持って」
小さな透明な球体を渡される。見たところガラス玉の様にも見えるが、触った感触では少し異なって感じられた。
「プラスチックみたい……」
「まあ、そんなモンだよ。はい、終わり。返してもらってもいい?」
「あ、はい」
シャナンは玉を生命の賢人に返す。すると今度は生命の賢人が玉を握りしめて考え込む。
「……やはりな。本体にジャミングが仕掛けられている。これじゃあ魔法は無理だな」
ボソリと生命の賢人が呟く。その言葉にシャナンは反応する。
「ジャミング……?本体?どう言うこと?」
「……ああ。シャナン。おそらくだが、キミが召喚された際、何者かがキミに細工をしたのさ。その細工とは魔法行使の妨害機構さ。キミが魔法を使えなかった理由は内部の魔法機構に妨害機構を組み込まれてしまっていたからさ」
「な、何だか怪しいこと言ってんなぁ……妨害機構とか魔法機構だか何だとか聞いたことねぇぞ」
「そうですね。一説には魔法はマナを使って世界の理に働きかける現象なのでは?体の内部にその様な物があるとは聞いたことがありません」
ルディとカタリナが生命の賢人に問い掛ける。
「ああ。マナ理論ね。ま、そう言う解釈でも魔法は使えるからいいと思うよ。どちらにしても、シャナン、まずは妨害機構を破壊しなくてはいけない。そのために、今日は寝る時にある物を被って寝て欲しい。あとで宿屋に届けるからさ」
「う、うん。何となくだけど分かったわ」
シャナンは取り敢えず頷く。生命の賢人が言っていることは先ほどボカサが言っていたマナを使って魔法を使うという概念とは違って聞こえる。
聞こうか聞くまいか考えていると、トーマスが口火を切った。
「うーむ、“ケンちゃん”殿。どうもあなたが知っている魔法理論は世間の理論とは違う様ですね。今までは実践主体でしたが、理論的なことを我々にも教えていただけないのでしょうか?」
「ま、そのうちね。そのうち。それよりも、みんなには悪いけど、今日はこれでお開きにしたいな。ちょっと血を流し過ぎて疲れているからね」
「確かにあの怪我ならば仕方在りますまい。では、また後日にでも」
言葉通り、生命の賢人は怪我が治ったばかりで少し調子が悪そうだ。今でもユラユラと揺れている。本人が言った通り、色々質問するのは明日以降でも良いだろうと考えた。
───
──
─
「転送時にあんなことするなんて、アイツらくらいしか考えられないな」
自室に戻った生命の賢人が先ほど使ったアイテムを転がしながら呟いている。
「セクト主義と官僚主義と減点評価が極限までいくと、他人の足を引っ張りたがるモンなのかねぇ……」
アイテムを掴み、上に放り投げる。アイテムは放物線を描き、部屋の隅にあるカバンにスッポリと収まった。
「しかし、プラスチックって……うっかり答えちゃったけど、気付いてない様だったな。まあ、いいか」
しかし、少女もバカではない。シャナンは生命の賢人の言葉をしっかりと脳裏に刻みつけていた。それと同時に、生命の賢人への疑いを更に深めていたのである。
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