超越魔法の謎

 朝食を食べながら、シャナンは“生命の賢人”に尋ねる。


「ねぇ、“生命の賢人”さん。昨日のことだけど……」

「ああ。痛かったよ。君たち、ひどいなぁ」


“生命の賢人”が腫れ上がった頬をさすっている。ルディはバツが悪そうに話しだす。


「悪かったよ。ちょっとやり過ぎた」

「まあ、気にしてないけどね。それに先にスキルを使ったのは僕の方だし」

「そう言っていただけると助かるぜ。すまなかったな」


 一応、これで昨日のわだかまりが消えたのだろうか。シャナンは本当に話したかったことを“生命の賢人”に聞こうとする。


「あの、それよりも……」

「おう。そうだ。アンタの言ってた“超越魔法”って何だよ?“諦観(オールノウン)”って何なんだ?」


 ルディがシャナンの話に被せてくる。聞きたい内容は超越魔法についてではなかった。しかし、シャナンとしても“超越魔法”は気になる内容ではあった。仕方無しに“生命の賢人”の言葉に耳を傾ける。


「“超越魔法”って言うのはねぇ〜、世界の理を使わずに行使できる魔法のことさ。使える者は“勇者”か……他に世界の理に選ばれた限られた人にしか使えない魔法さ」

「何だそりゃ?そんなすごい魔法があるのかよ!?」


 ルディが驚きで目を丸くする。それも当然である。魔法を使うときに世界の理の力を使うことが当たり前だと思っていたからだ。しかし、超越魔法は世界の理を使わないと言っている。自身の常識から外れた存在があるなど想像だにしていなかった。


 超越魔法の話を聞いて、シャナンは自分の手にできた痣をふと思い出す。夢の中でヤスミンが一度だけ使える魔法の証としてつけられたものである。確か、超越魔法“生への帰還(モルグ)”とか言っていたな、とシャナンは思い出す。


「ね、ねぇ。“生命の賢人”さん」

「ケンちゃんでいいよ〜」

「やけに軽いな。何だよケンちゃんって」

「“生命の『賢』人“だからね。ケンちゃんって訳さ」

「え、と。生……ケンちゃん。超越魔法の生への帰還モルグって知ってる?」


 生命の賢人のスプーンを持つ手がピクリと止まる。


「ああ。知ってるよ。また面白い魔法を知っているね」

「おいおい、シャナン。何でお前も超越魔法を知ってるんだよ」


 ルディが驚きを隠せず、シャナンに尋ねた。


「実は……」


 シャナンは夢であった話を二人にする。

 キョウコと呼ばれる女の子が夢に出てきたこと、ヤスミンと呼ばれる女の子が自分に超越魔法を“一回だけ”使えるようにしてくれたことを話した。


「ふぅん……ただの夢……って訳じゃなさそうだな。超越魔法なんて言葉が出てくるなんてな」

「そうなの。それに生……ケンちゃん、昨日も私に“キョウコ”のことを言っていたよね?私のこと、何か知ってるの?」

「……いや。それは僕の超越魔法“諦観(オールノウン)“の能力さ。この魔法を使うと世界の理から直接情報を得ることができるのさ」

「世界の理から直接?そりゃすごいな。何でも分かるんじゃないのか?」

「ま、完全に分かる訳じゃないけどね」


 世界の理にアクセスすることで情報を得る?


 シャナンには”生命の賢人“の言っている話と意味が噛み合わない。何故に世界の理にアクセスすることで情報を得ることができるのだ?ルディにとっては別段不思議な事ではないらしく、”生命の賢人“の話を感心して聞いている。


「ねぇ。世界の理が何で私のこと知ってるの?」

「あん?そりゃ”世界の理“だからだよ」

「??」


 ルディは分かっているようだが、シャナンにとっては理解できない。”世界の理“とは何なのだろうか。


「ま、勇者召喚されたキミには世界の理についてあまり理解できないかもね」

「おい、あんまり大きな声で“勇者”って言うなよ。誰が聞いてるかワカらねぇんだからよ」

「そうだね。それはそれとして……」

「おい。スルーするな」


 ルディの忠告を無視して“生命の賢人”が話を続ける。


生への帰還モルグね。うーんと…………ごめん、世界の理にも名前しか無いや。具体的には分かんないね」


 強引に話を元に戻した”生命の賢人“にシャナンの疑問は断ち切られる。”世界の理“は気になるが、また後で聞けば良いだろうとシャナンは考えた。


「それよりもカトンゴの約束を守らなくちゃね。魔法の訓練だっけ?僕ができる限りを教えてあげるよ」

「え?本当?」


 思い掛けない返答にシャナンは喜色を浮かべる。指導者としての実力の程は定かでない。しかし、“生命の賢人”はシャナンが疑問に思っている様々なことを知っている。もしかすると、カトンゴも知らないことを教えてくれるかもしれないと期待した。


「おお。気前がいいな。てっきりあんな事したから、もうダメかと思ったぜ」

「別に気にして無いよ。それに悪いのは僕もだからね。それに、キミたちに興味を持ったからさ、ちょっとばかり協力しようと思ったのさ」


 ”生命の賢人“がパンを千切り、口に放り込む。そのまま水で勢いよく流し込み、体に取り込んだ。


「じゃ、僕は先に私塾に戻っているよ。他の三人が起きたら私塾に来てね」


 そう言うと、ガタリと立ち上がり二人の元を去った。生命の賢人が宿屋の扉を開ける姿を見送った後、トーマスがボソリと呟いた。


「そう言えば、超越魔法って”勇者“と世界の理に選ばれた限られた奴しか使えないって言ってたな……そんな魔法を使えるアイツって、何なんだろうな?」

「……もしかして……あの人も”勇者“なのかなぁ?」


 二人は頭の中で”生命の賢人“が勇者である光景を想像する。


「……いや、そりゃ無いだろ。あんな奴が勇者だったら世も末だぜ」

「うーん?……そうだね。少しイメージできないや」


 あの適当そうな男が勇者……あまりにも大きなギャップにシャナンとルディは苦笑し、即座に否定した。


 しばらくすると、カタリナとトーマスそれにセシルが食堂にやってきた。セシルはまだ酒が残っているのか非常に気怠そうにしている。


「なんだ、ルディ。もう朝食済ましたのか?」

「ああ。お前らが寝入っている内にな。酒は程々にしておけよ」

「いやですね、ルディさん。大して呑んでませんよぉ。ね、セシルさん」


 セシルがゲンナリした顔でカタリナを見る。


「あ、あれが……“大して”……!?……ごめん、トイレ……」


 セシルが青い顔をして駆け出していく。


「なんだ。だらしがない。あれくらい平気だろう。なあ、カタリナ」

「ええ。そうですね。そう言えば、カトンゴさんが部屋にいましたが、送ってあげないと行けませんね」

「うむ。そうだな。結局、カトンゴ殿は“生命の賢人”以外はあり得ないと言っていたがな。また“酒場”に送って行かなくてはな!」


 トーマスとカタリナは目を合わせてうなづく。もし“生命の賢人”が講師を受けてくれなかったら、カトンゴは今日も地獄の様な目にあっていたかもしれない。

 シャナンはこのままではカトンゴの命が危ういと思い、急いで話し始めた。


「あ、あのね。実は……」


 ─────

 ───

 ──

「ようこそ!ケンちゃんの教室へ!」


 昨日とは違い、やけにフレンドリーな生命の賢人に全員が面食らう。


「せ、”生命の賢人“殿……やけに機嫌が良さそうですね」

「うん。そうさ。勇者が相手なら俄然やる気になっちゃうよ!それに、キミたちも中々に面白そうだからね。僕の知識の限りを教えてあげるよ!」


 全員が顔を見合わせる。昨日の気怠さが嘘のようだ。セッセと準備をし始める”生命の賢人“を見て取り敢えず前に進んだことを喜ぶべきだろうと考え直した。


「ケ……ケンちゃん。あ、後は……任せた……。ワシは……もう、ダメだ……」


 トーマスの肩に担がれたカトンゴがうめきながら“生命の賢人”に声を掛ける。その姿を見たカトンゴの弟子たちが慌てて駆け寄ってきた。


 弟子たちに担がれて奥に消えてゆくカトンゴを見送り、“生命の賢人”が張り切って声を掛ける。


「じゃ、今日は座学だよ。まずは魔法を覚えるための心構えから教えちゃうよ!」


 カトンゴはさて置き、魔法習得に向けての訓練がやっと始まる。シャナンは期待に胸を膨らませると同時に、少し気になるところがあった。


 生への帰還モルグについて訪ねた時、“生命の賢人”は世界の理には名前しか無いと言っていた。


 だが、彼は最初にこう言っていた。


 ──ああ。知ってるよ。また面白い魔法を知っているね──


 この人は何か隠している。それが良いことなのか、悪いことなのか判断はつかなかった。だが、”生命の賢人“の嬉しそうな顔を見て、悪意はないのだろうな、と感じていた。

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