異世界でも誘拐

 目的はあのガキだ。


 少女ならば大人に比べて抵抗は少ないだろう。もし魔法を使われても自分ならばねじ伏せることができる。


 十三は自身の力を信じ、シャナン目掛けて駆ける。少し後れてサディも付いていく。


 周りの冒険者は状況を知らされていないのか、先程からの兵士たちとの戦闘に加勢する様子はない。むしろ困惑してどう対処すれば良いか図りかねている様であった。


「十三ちゃん!!」

「ウッ……」


 目の前には自分たちに散々酒を呑ませた極悪コンビがいた。酒席の恨みを晴らそうかと十三は魔法を唱えようと身構える。しかし、二人の顔を見ると二日酔いの苦しみが想起され、吐き気を催した。


「サ、サディ……あいつらは無視だ」

「う、うん……俺も関わりたくないよ」


 身構える極悪コンビを他所に颯爽と駆け抜けるサディと十三……しかし、無視された二人は、何故無視されたか分からないのか呆然と十三たちを見送っていた。


 苦手な相手をやり過ごし、十三とサディは森の中を一陣の風となって走り抜く。その先にいる少女を目指して……


 ─

 ──

 ───

「おいおい、ヤベェんじゃねえの?あれ?」


 人間の“ルディ”が遠巻きに騒ぎを眺める。なにが起きたのかここからでは判断できない。だが、少なくとも戦闘が始まったことは明白だった。


「フォレストダンジョンにいる魔物が襲い掛かってきたんじゃないの?」

「だとしてもよ、シャナン。兵士があんなに大勢集まるほどか?確か騎士団の兵士たちってレベルが20位じゃなかったか?」

「正確には15から20程度が最低条件よ。赫騎兵(かくきへい)に選ばれた人たちはレベル40はあるそうよ」

「私たちって今どれくらいのレベルなの?」

「そうねぇ。カタリナが言うには大体14から10程度とか言っていたわ。砦の戦いが良かったみたいね。短時間では上出来よ」


 そう言えば、寝込んでからキチンとステータスのことを聞いてなかったなぁ、とシャナンは思った。砦のことはあまり覚えておらず、そこで大きくレベルアップしたと言われても、シャナンは自身の強さを全く実感できないでいた。


 そもそも、本当に強くなったのだろうか?──レベルアップ──本当に魂を取り込んで強くなるのだろうか?幼い少女は変わらない自身の姿に少しの疑問を覚えていた。


 その時、物思いに耽る少女を邪魔するかの様にルディが声を上げる。


「な、なんだ?あれ?」


 ハッと現実に引き戻された少女が見た先には──人が吹き飛び、電撃が周りに飛び交う地獄の光景であった。


「ル、ルディ……どうなっているのかしら?」

「お、俺が知るかよ。そ、そうだセシル。看破ペネトレーションの魔法で何かわからないか?」

「そ、そうね。やってみるわ。世界の理に掛けて……看破ペネトレーション!……え?」


 セシルが一瞬困惑した表情を見せる。シャナンとルディが不安そうにその顔を覗き見る。


「あ、あそこにいるのは……魔族よ!」

「え?だってあそこにいるのは……」

「ジュウザともう一人のルディだろ?あいつらが魔族と戦ってんのか?」


“ジュウザ”とルディと同名の“ルディ”は相当の使い手であることはステータスで確認済みだ。その二人が魔族と戦っているならば、納得できる。だが、人間のルディの思惑は見事に外れる。


「違うわ!あの二人が魔族みたいなのよ!」


 ルディとシャナンはポカンとして状況が呑み込めないでいた。シャナンが連れてきた二人組みが“魔族”?──そんなバカなとルディは鼻で笑った。だが、セシルの目は本気だ。


「マジ?」

「大マジ!私の看破ペネトレーションはレベルが低いけど、あんなにあからさまな状況を見落とすわけないわ」


 セシルが指差す方向には山羊の頭をした大男が武器を振り回し暴れていた。その面影には、あのもう一人の”ルディ“の姿が見て取れた。


 冒険者組合では隠し通していた素性を、戦闘時には隠す必要が無くなったのだろう。だからこそセシルの看破ペネトレーションでも判明できたと言える。

 

 対して、シャナンは膝を付いて崩れ落ちた。


「そんな……私のせい?」


 シャナンが暗い声で自分を責めた。あの二人は自分の声掛けがあったからこそ、この隊に参画したのだ。

 シャナンは思う。自らの意見が隊にとっての災厄を引き入れてしまったのだろうか、と。


 愕然とするシャナンの肩に手を掛け、セシルが優しく語り掛ける。


「シャナン、違うわ。シャナンのせいではないわ。みんな、あの二人が魔族だなんて分からなかったのよ。シャナンはたまたま二人に声を掛けただけ。そう。それだけよ」

「で、でも……私が声を掛けなければ……あんなことには……」


 シャナンが指差す先は殺戮の現場になっている。自身が良かれと思ったことが仇となり、たくさんの犠牲が出ている状況に少女は強い罪悪感を抱いていた。


「シャナン……」


 セシルはその顔を見て二の句を継げなかった。時に慰めは掛けられた相手に罪の意識を強くさせる言葉になる。これ以上、シャナンに言葉を掛けても寧ろ藪蛇になるだろうと理解したセシルは黙って少女の顔を見つめていた。


「お、おいおい。ま、魔族がこっちに来るぞ!ヤバい!トーマスにカタリナが!」


 ルディの声にシャナンとセシルは顔を上げて戦闘が起こっている現場を見る。その場から魔族が勢いよく飛び出しシャナンたちに向かっていることが視認できた。そして、その先にはトーマスとカタリナが臨戦態勢を取っている光景も──


「無理だ!あの二人であんな化け物を!……を?」


 トーマスとカタリナを無視して魔族たちは一目散に自分たちに向かってくる。呆気に取られたのも束の間、ルディはセシルに背中を叩かれ、意識を取り戻す。


「ルディ!なんだか分からないけど、アイツらはこっちに向かってくるわ。私たちに勝ち目はないわ。逃げましょう!」

「お、おう。そうだな。逃げるぞ!」


 セシルはシャナンの手を引いてダンジョンの奥地まで駆け出した。ルディはダンジョンの出口に逃げることが筋じゃないかと思ったが、経験豊富なセシルについていくことにした。


「な、なんで奥に逃げるんだよ!」

「魔物が逃げるならばダンジョンの出口でしょ!私たちが出口に逃げたら途中で鉢合わせになっちゃうじゃない!」


 なるほど、とルディは思った。流石に経験が違うなと思った矢先にセシルの考えは木っ端微塵に打ち砕かれる。


 魔族たちは逃げる三人目掛けて突進してきているからであった。


「セ、セシル!話が違うぞ!」

「な、なんで来るのよ!あっちに行ってよ!」


 セシルが誰に問うでも無く絶叫する。魔族たちは勢いを増して三人を追いかけ、その背後に迫らんとしていた。


「くそ!くらえ!」


 ルディが雑嚢ウエストポーチから取り出した卵状の物体を投げつける。その中にはオカバコの街で買った唐辛子や石灰が含まれており、目潰しとしての効果があった。だが、大柄な山羊頭の振るう一撃がその粉末ごと風で吹き飛ばす。


 返す刀でルディの体に戦斧が振るわれる。このままでは”両断される“と思ったルディは咄嗟の判断で、敢えて山羊男の前面に躍り出た。


「ッグァ……」


 戦斧の柄がルディの右側面にめり込む。斧の斬撃は回避できたが、硬い柄はルディの籠手ごと骨を砕く。鈍い音がしてルディが二転三転して吹き飛ばされた。


「ルディ!」

「世界の理に掛けて、彼の者に安らかな眠りを与えん……睡夢(スリープ)!」


 セシルの意識が急に暗くなり、その場に倒れ込んだ。その光景を見て、赤目の男は不敵な笑みを浮かべる。


「セシル!起きて!どうしたの!?」


 シャナンがセシルを揺さぶるが意識は回復しない。セシルが食らった魔法は意識を混濁させ眠りにつく精神作用を起こす魔法である。強烈な睡眠は少しの衝撃では覚める訳もなく、セシルは眠り続ける。


 その隙に赤目の男が近づいてくる。シャナンはハッと顔を上げ、男と対峙する。


「おかしいな……お前にも睡夢スリープを仕掛けたはずだが……」

「わ、私はそういった魔法が効かないスキルがあるの!それより、二人とも、私を騙したの!?」


 少女から敵意に近い眼差しを向けられる。その瞳は怯えの色も含んでいた。


「精神魔法が効かない……?そいつはかなりのスキルだな」

「じゅ、十三ちゃん……お、俺、あの子の目が少し怖いんだけど……」


 サディが歯の根を鳴らして話しかけて来た。十三は少女に視線を返すが何も起きない。自身が持つ耐性の効果だろうか、少しの不快感は感じるが、さして気になる程ではなかった。


「お前、耐性スキル以外に妙なスキルも持っているようだな……気に入ったぞ」

「は、話を聞いて!何で私を騙したの!みんなを……どうして王国の人たちに酷いことしたの!?」

「騙す……?何を言うか。勝手に勘違いしただけだろう。それに王国は俺たち魔族と敵対しているんだ。殺されて当然だろう?」


 暴力的で話し合いが通じない。シャナンは自身の経験不足から、その先に言う言葉が見つからない。ただ悔しくて悲しくて瞳には涙が浮かんできた。


 その姿を見て十三は少し心が疼いたが、必死で抑える。だが、心の奥底にある感情は何ともし難い。


 ……待てよ……?


 十三は自身の心を考え直した。


 今はまだ子供だが、あと十数年経てば立派な大人だろう。それまで待てば良いのではないか?それに今ならば人質としても使える。一石二鳥だ。


 十三は少女の腕をぐいっと掴む。


「やめて!放して!」


 少女が抵抗するが、魔族の力は強い。幼い少女では振り解こうにも無理であった。その必死で抗う姿を見て十三は決心した。


「こいつを国に連れ帰って俺の妻とする。それまでは人質として役だってもらおう」

「え?」

「は……?」


 傍にいる魔物と腕を掴まれた少女は驚きで声を失った。

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