魔族討伐に向けて
魔族討伐まであと三日
シャナンたちはオカバコの街で装備を整えるべく武器屋を訪れていた。
武器屋と言っても様々な種類がある。各工房や各地方から卸で集めた武器を売る商社タイプ、自分たちの工房で作成した武器をそのまま販売する直営店タイプがある。
ひとつめは武器を安価かつ大量に取り揃えている点が大きな強みであり、主に大人数の装備が必要な傭兵団や農兵用の武器を調達する貴族が好んで用いる。
反面、鋳型で作った急造品の武器が多いため、威力が劣る上に壊れやすい。逸品に拘る冒険者には不人気である。
ふたつめは工房主が一品一品丁寧に鍛造した武器を主力商品とした高威力で壊れにくい逸品物が売りである。
だが、取り扱う武器は少数、下手すると特定の武器しか扱っていない場合もある。それに高い。それなりの冒険者や貴族自身が持つ武器を選ぶ場合によく使われる。
しかし、その両方の特性を持つ複合タイプもある。様々な商品を取り揃えつつ、自分の工房で武器も作る。
いいとこ取りの店舗だが、大きな問題点は出店先が大きな街に限られるという点である。多くの販売員や職人、それに営業を抱えるためには需要の大きな街にしか存在し得ない。一部、出張所があるが、屋号だけで本質は先に述べた二つのタイプのいずれかである。
オカバコの街は多くの商人が行き交う商業都市である。必然的に複合タイプの武器屋が存在する。シャナンたちはその一つに訪れていた。
「ボルボックス鍛治商店にいらっしゃいませ。本日のご用件は何でしょうか?」
綺麗な顔した女性店員がシャナンたちに話し掛ける。戦場で使う物騒な武器が陳列されている武器屋にしては華があり過ぎて一行は少したじろいでしまう。
「あ、いや。我々は三日後の魔族討伐隊に参加する予定だ。そのために装備を整えにきた。一通りの武器を見せて欲しい」
トーマスの一言に店内が騒つく。魔族討伐は国を挙げての作戦である。王国が冒険者組合にその補助を依頼していたのは知っていたが、誰でもなれる者ではないことはその場にいる全員が理解していた。
相手は魔族である。一端の冒険者でなければ歯牙にも掛からない。
それだけに冒険者組合は参加者を厳選する。そこに選ばれる者はオカバコの街でも其れ相応の実力者だ。
しかし、傍目には若造と幼い少女の一行が作戦に選ばれる?
ハッタリではないかと部屋中にいる冒険者や傭兵がシャナンたちを見つめる。
「あ、あの〜本当ですか?」
「ああ。騎士隊長殿からも個別に要請を受けている。我々は三日後に魔族討伐のためフォレストダンジョンに向かう」
トーマスの毅然とした態度に半信半疑ながら店員が頷く。それもそのはず、ただの新人にしか見えない一行が魔族討伐隊に参加すると信じる方がおかしいのだ。
だが、トーマスの声を店の奥で耳ざとく捉えた男がいた。彼はその言葉に反応して大きな声を発した。
「なんだと!魔族討伐だと!?」
その男は皮の衣紋掛けをした小太りの男である。彼は声の主であるトーマスを見やると、ドスドスと勢いよく駆けて来た。
勢いよく歩んでくるその男を見知っているシャナンが男に声を掛けた。
「あ、モルボックスおじちゃん」
「おう!シャナンじゃないか。お前ら、魔族討伐隊に選ばれたのか?」
この男は武器商店を営む“ボルボックス“一族の一人、工房長のボルボックス=モルボックスである。一行がオカバコの街に初めて訪れた時、ジェガンが紹介してくれた工房の主人である。
鍛治師の常なのか左目は炉の熱加減を見続けたことで光を失い、右腕は槌を振り続けたために筋肉が隆起していた。
モルボックスは全員の顔を見渡すと、ニヤリと笑って話を続けた。
「ジェガンから聞いたぜ!お前らあの古砦で脳吸いと戦ったんだってな!挙句に勝っちまうなんてとんでもないな!」
「い、いや。別に我々が倒した訳では……」
「何言ってやがんだ!同行者のサラは自分がやったんじゃないって言ってんだから、お前たちしかいねぇだろうが!」
「え?トーマスたちがアレをやっつけてくれたの?ありがとう!助かったわ」
「あの、シャナン。誤解を与える様な言葉を……」
トーマスがシャナンの誤解を解くべく説明しようとしたところ、金属音をいくつも叩いた大きな音が部屋の端から響いた。
ふと見ると大柄な男が壁に掛かった武器を取り落としていた。男は何か慌てふためいて傍にいるもう一人の男に話しかけていたが、脇腹を小突かれ倒れこんだ。
「ビックリしました。どうしたのでしょうか?」
「全く、落ち着きがないものね。何やってるのかしら?」
セシルとカタリナが口々に二人の男への感想を述べる。大きな音で気勢を削がれたのか、モルボックスが落ち着きを取り戻して話し始めた。
「へッ。ウチの商品はあんな程度じゃ壊れねぇよ。それに荒っぽい奴らがいるからな。あれくらい日常茶飯事よ。それよかお前ら、武器が欲しいってのか?いい物あるぜ。俺が案内してやるからよ」
モルボックスが親指を立ててポーズを決める。
だが、店の奥でモルボックスに対して“工房長〜”と呼びかける悲嘆にくれた声が聞こえる。その男はモルボックスと同様の衣紋掛けをしており、腰に手を当てて呆れた顔をしていた。
また、応対してくれた女性店員も引きつった笑みを浮かべ、モルボックスに話し掛ける。
「あ、あの工房長。今は工房から商品を届けに来ただけなのでは?」
「おう!たまには工房以外にも顔出しておかないとな。俺の武器を使う奴らの顔を見るのも俺の楽しみだ!」
「そうですか……」
店員は引きつった笑みを止めず賛同を呟く。しかし、“ですが……”と次に続く言葉を投げ掛ける。
「ご案内は私がいたします。今回は工房にお戻りになった方がよろしいかと……」
「アァン!?工房なんて俺がいなくても大丈夫だ!せっかくだから俺がコイツらの案内をしてやるぜ」
「いえ……そういう訳には……それに、私がバルボックス販売長に叱られてしまいます」
モルボックスはウッと言葉を詰まらせる。その姿を見て、女性が追撃を仕掛ける。
「この前もバルボックス販売長からモルボックス工房長の仕事振りを見張る様に言われております。申し訳ありませんが、お戻りください」
「わかったよ!俺のせいでお前が仕事をクビになったらタマラねぇからな。クソ、バルボックスの奴め!じゃぁな!シャナン。また暇な時に来いよ!」
モルボックスが渋々工房に引き上げる。代わりに女性店員が笑顔で案内を申し受ける。
「こちらの防具は如何でしょうか?」
「うーん、全身甲冑か。胸甲鎧がいいんだよなぁ」
「では、こちらは?あ、お客様、その服は如何でしょうか?」
「ちょっと……これ露出が多すぎない?」
「いえ、こちらは魔法使い用でして。肌が見える程、世界の理を感じられるとのことで……」
「え!?私?む、無理です!こんなのただの下着じゃないですか!?」
「店員さん、この盾なのだが……」
「ハイ。これはですね……」
皆が武器や防具について騒がしく店員に尋ねる。店員は自身の商品知識をふんだんに使って、慌ただしく一行の世話をする。
しかし、シャナンだけは手持ち無沙汰でその様子を眺めていた。
少女の持つ武器や防具は王国の鍛治師や治癒術師が拵えた最高級品の逸品である。この武器屋にあるどれよりも優れており、シャナンにとって特に新しい武器や防具は必要でなかった。
モルボックスが案内してくれていれば、幾分かは楽しかったのだろう。女性店員は自分の職分に手一杯でシャナンの相手まで手が回らない。
ふと視界を横に向けると、ショーウィンドウに飾られている指輪や首飾りなどのアクセサリーが飛び込んできた。そのきらびやかな装飾にシャナンの視線が奪われる。
「わぁ〜綺麗だなぁ。欲しいなぁ〜」
指輪を見て少女は夢想する。憧れのアスランが自身の薬指に指輪を嵌めてくれる光景を。少女らしい夢ではあるが、夢を見ることは誰にも邪魔はできない。たとえそれが儚い夢だとしても。
そんなシャナンの希望をぶち壊すかの様に背後から野太い声が話しかけてきた。
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