討伐隊への参画

「お、いや、私たちがですか?」


 ルディが驚いて声を上げた。第二騎馬隊の精鋭というと赫騎兵(かくきへい)と呼ばれる精鋭中の精鋭だ。彼らは全身を赤の鎧と戦袍で身を包み、一糸乱れぬ集団戦法で相手を翻弄する戦闘部隊である。


 そんな部隊に自分たちのような駆け出しが付いて行っていいのか、不安であった。


「ああ。フォレストダンジョンは馬で乗り込めないからな。機動戦ができない俺たちじゃ魔族を取り逃がす可能性がある。その際に魔族やその仲間たちを足止めする役目を冒険者組合にお願いしている。その一員としてお前たちを推薦する様に組合長には口利き済みだ」

「し、しかしカイン隊長。足止めと言っても相手は魔族です。俺、いや私たちではそれすら困難と考えます」


 ルディが反論を述べる。脳吸いの力を目の当たりにした彼は身の程を把握していた。カインたちが負けるはずはないだろうと全員が思っているが、取り逃がしてしまう可能性はある。その逃した魔族が手負いだとしても、魔族はである。低レベルな一行にとって危険なことには変わりない。


「だろうな。討伐自体は俺と赫騎兵かくきへいが行うが、他の第二騎馬隊の面々はただ遊んでいる訳じゃない。そいつらはフォレストダンジョンの包囲網を形成するのさ」

「第二騎馬隊全員ですか?えっと……」

「総勢千人だ。だが、それでも数が足りない。その包囲網の穴埋めを冒険者にお願いしているって訳だ。別に魔族と戦えって訳じゃない。見つけたら最寄りの騎馬隊の連中に報告してもらえばいい。それに、足止めくらいじゃ魔族から命を付け狙われることもないだろう」


 第二騎馬隊は王国騎馬軍団の一翼を担う武力の中枢である。それが全員フォレストダンジョンに配備される?しかも、それでも人手が足りないという。如何に魔族だからとしても、やりすぎではないかと全員が思った。


 だが、カインにその疑問を投げ掛けるには至らない。国の考えを陰でボヤく分には良いが、直接物言いするほど分別がないわけではない。


 だが……


「そんなに来て大丈夫なの?アスランたちを守らなくて大丈夫?」


 シャナンが純粋さから四人に代わって疑問をぶつけた。勇者であるシャナンならば立場に関係なく質問をしてもおかしくない。皆がよくやったという表情をシャナンに向ける。


 その疑問にカインが渋い顔をして答える。


「アベルが居るから大丈夫、とは言いたいが……今攻められるとマズイだろうな。それに、正直、なんで俺が選ばれたかよくわからん。戦闘には自信があるが、ダンジョンなんざ俺たちの真価を発揮できない最たる場所だ」

「で、では、一体どうして……?」


 トーマスがつい口を挟む。しまった、と思い直し姿勢を正すが、時既に遅し。カインの鋭い視線がトーマスを刺す。だが、それは、非難の目でなく痛い所を突かれたために、つい睨んでしまっただけであった。


「おそらくだが、第一王子派閥の貴族の差し金だろう。シャナンの召喚は第二王子のアスラン殿下が推進した政策だ。そのまま魔王討伐も殿下主導で動いている」

「そ、それとどうしてカイン隊長の出征が関係あるのでしょうか?」


 トーマスがまたも疑問をさしはむ。


「王のご命令で俺とアベル、それにマークス殿が勇者の支援をしている。勇者のことは一部の者しか知らない情報だったはずだったが、やはり漏れちまっていたようだ。第一王子派の貴族は自分の息が掛った連中を勇者の側に置きたいと考えている。俺たちは特にどちらの派閥というわけではないのだが、言うことを聞かない点が気に入らないようだな」

「はぁ」


 トーマスが気の無い返事をする。いや、一介の新人騎士には政治の妙にほんとんど理解がつかないのだろう。第一王子派の貴族の口利きがどうしてカインの出征につながるのか理解できないでいた。


「そこで王に進言した貴族連中がいてなぁ。曰く、“街の平和のために勇名高き赫騎兵かくきへいとカイン隊長が出向くべきだ”とよ。俺、騎兵だぜ?別に騎馬戦しか出来ない訳じゃねぇけど、森の中なら他に適任者がいて然るべきだろ?」


 鬱憤が溜まっていたのかカインがのべつ幕なしに話し始めた。その勢いに皆が圧倒され、言葉を失う。


「でよ。俺の不在時に誰が騎士団を補っていると思う?あのラインハルトだぜ?いや、確かにアイツは優秀だけど、貴族の陪臣を騎士団に入れるなんて普通じゃねぇ」

「え!?ラインハルトが?」


 セシルが大声を上げる。その口ぶりはラインハルトと呼ばれる男に何かしら因縁があるような感じである。全員がジロリとセシルを見る。


「ああ、セシル。お前んとこの親父さんぜ、黒幕は。まったくとんでもない遣り手だな。いつも足繁く王宮に通い詰めて頭が下がるぜ、まったく。だからこそ王の覚えがいいのかもな。だけど、野心も程々にして欲しいぜ」

「パパパパ、パパのことは私知らないわ!ラインハルトのことも私知らなかったの!」


 ──この“セシル”……実は元々、地方の有力貴族の娘であった。


 彼女は一男三女の末娘として生まれた。父親は貴族の娘として振る舞うようにセシルに言い聞かせていたが、彼女は姉達のように着飾るのでなく、兄のように武術を好んだ。

 そんな娘を苦々しく思った父親は、事あるごとに娘に女性としてのたしなみを教えようとしていた。

 セシルはそれが嫌で家を飛び出し、冒険者となってしまった。


 父親は方々を探して娘を探し出し、家に連れ戻そうとした。だが、セシルは散々渋った。そこで父親は冒険者でなく王国の騎士団入りならば許可すると説得する事で何とかおさまった経緯がある。


 セシルは騎士団入りしたことで家のしがらみは無くなったと思っていただけに、慌てふためいて否定する。だが、カインは分かっていたのかアッサリ言い分を認める。


「いや、別に責めてねぇよ。大体、お前がそこまで政治に関わっていたらシャナンの供回りに参加させねぇよ」


 慌てふためくセシルを見て、ルディが揶揄いの声を掛ける。


「お前の親父、悪そうな顔しているからな。ハハハハハ」

「言っとくが、ルディの父親も第一王子派としてこのはかりごとに参加しているぞ」

「ゲッ!」


 ルディが驚愕の顔をする。因果応報、“我が身を抓って人の痛さを知れ”とはこのことである。


 ──実はこの男、“ルディ”も一地方の有力貴族の息子であった。

 彼は貴族の五男坊として生まれた。家督継承権も兄弟のなかで最下位で家を継げるはずもなく、父親からは、いてもいなくてもよい存在であった。

 そんな境遇からか、彼は父親の目を盗んで近くの村の子供たちとよく遊んでいた。その頃の名残か騎士道とは無縁な喧嘩殺法をよく用いる。

 彼は父や兄たちが自分にあまりにも無関心な環境で育ち、このまま行くと自分は一生芽が出ないのではないかと考えた。

 そこで、15歳の誕生日と同時に、自らの将来を騎士団に託して入隊したのであった。


「話が長くなったな。どちらにしても勇者を政治利用しようとする貴族が何とかして近づこうとしている。その一歩として、俺を遠ざけて自分たちの息の掛った奴を勇者の支援に入れようとしているさ。その第一歩がラインハルトって訳だ」

「で、でも、フォレストダンジョンの魔族を倒せたら元の騎士団に戻るんですよね?」

「……のはずだが、シャナンの支援はどうなるか分からん。王はあまり果断では無いお方だ。時間を掛けて懐柔される可能性がある。アスラン殿下も手を尽くしているが、貴族との力の差があり過ぎて上手くは立ち回れてない。あまり長居は出来ん。それに……」

「それに?」

「もし、俺がしくじりでもしたら此れ幸いに貴族連中は勇者の支援に介入するだろう。それがシャナンにとって良いことになるとは思えんからな」


 セシルの父親が差し向けたラインハルトがどの様な動きをするか分からない。一行は王国の闇を垣間見た気がして気が重くなった。

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