理知者
──理知者(ワンダラー)とは、魔法を得意とするクラスの中でも最上位に位置するクラスの一つである。
「わぉ!怖いわ。
“脳吸い”ルサッルカが
その理由は
先に述べた通り、
同じ最上位クラスでも大魔導士(ソーサラー)のような自然科学を応用した攻撃魔法は凶悪だ。魔法触媒の種類にもよるが、最大規模で考えると小型の核爆弾クラスの破壊力を発揮する魔法もある。
このような魔法を持つ
言い変えると、魔法系クラスでは絶対的に攻撃力が低い
その意味では、シャナンたち全員を逃し、ただ一人脳吸いに立ち向かうなど悪手に他ならなかった。
だが、サラは”脳吸い“の侮りなどお構い無しに余裕の表情を見せる。”脳吸い“は若干訝しんだが、ただの強がりに過ぎまいとタカをくくっている。
その態度にサラも侮蔑の言葉を投げかける。
「
「…また“虫”って言ったわね?」
ピクリと”脳吸い“が反応する。
“脳吸い”は黒光りした外骨格で覆われ、頭には羽を想起する触覚と宝石に彩られたサークレットを被っていた。その醜い体を隠すためなのか豪奢なローブを身に纏い、昆虫の体を覆い隠していた。しかし、ローブの隙間から見せる見た目は明らかに大きな昆虫と呼んで差し支えない容貌をしていた。
サラは気にも留めず、更に”脳吸い“を煽り始めた。
「だから何よ。ゴミ虫。虫ケラの分際で人様と対等に話してんじゃないわよ」
「また言った!この美しい私の顔を虫なんて!」
ルサッルカは自身の姿を知性のカケラも無い昆虫と同列扱いされることに、我慢がならなかった。自分は高等魔法も使え、あまつさえ下手な魔族より遥かに強力な力を持つ。その自分を虫ケラと同列扱い……?
サラの“虫呼ばわり”は完全にルサッルカの怒りに火をつけた。
「あなた……許せないわ!生きたまま四肢を捥いでミノムシのようにしてやる!身動きできない横で他の仲間が脳みそ吸われるところをたっぷり見せた後、あなたの脳みそを啜ってやるわ!」
憎悪に満ちた言葉でサラを脅す。大概の人間はこの一言で自分の明日を想像して足がすくむ。しかし……
「あっそ」
サラには応えない。
「なによ!その態度!もう少し怯んでくれないと、脅した甲斐がないわよ!」
「御託はいいと言ったはずよ。逃げるならば殺さないであげる。サッサとして」
「ムキー!」
ルサッルカが激昂して地面をドンドンと踏みつける。
「もう許せない!死ぬのはあなたの方よ!くらえ!」
キッとサラを睨みつけてルサッルカが右手に持つ鞭を振るった。風邪を切る音が鞭の先端からほとばしる。
鞭はサラの右手に命中し、衝撃で彼女は苦悶の表情を浮かべる。鞭はそのままサラの右腕を絡めとり、強い力で動きを封じた。
「ホホホホ!どう?私の鞭!痛い?ねぇ?痛いぃぃ?」
痛みで顔を歪めるサラの顔を見て若干溜飲が下がったのか”脳吸い“ルサッルカが歓喜の声を上げる。
サラは額にしわを寄せ、片目を閉じて言葉を発する。だが、苦しそうな表情にはどこか勝利への確信に満ちた笑みも含まれていた。
「痛いわ……でも、これであなたの負けね」
「なんですって?バカなことを」
「
サラが唱えた魔法が鞭を伝ってルサッルカの右手に届いた。瞬間、ルサッルカの右手が“ボン”と言う音と共に爆発して四散した。
「グギャアアアァァー!い、痛い。痛いわぁああぁぁ!なに?なにが起きたの!?」
「
「な、何よ、そんな魔法!聞いたことないわよ!」
「私が作ったから。
ルサッルカが吹き飛んで今は存在しない右腕を残った腕で押さえ、うめき声をあげる。ポタポタと流れ落ちる緑色の血液が吹き出る箇所を押さえ込み、息も絶え絶えでブツブツと魔法を唱え始めた。
「せ、世界の理に掛けて……失われた肉体に再び息吹を……
ルサッルカの右手が音を立てて再生した。使用した魔法は
「く、くそぅ…な、舐めてたわ…栄養を…補給しないと…」
ルサッルカがユミルに近づいていく。脳吸いの言う“栄養”とは何か。それは、この魔物の特徴を考えると自ずとわかってくる。
「させないわ。“世界の理に従い、身体に大いなる加護を”……
サラが自身に身体強化の魔法を掛ける。その効果はただの身体強化の域を遥かに凌駕していた。
サラの全身が急激に怒張し大きな体躯に変貌した。先ほどまでの細身の美しい体は、魔法の効果で重厚な筋肉に覆われ身長も2メートルを越す長駆となっていた。
「な、なにそれ!反則よ!」
あまりの激変ぶりにルサッルカが悲鳴に近いような声を上げる。
「
サラは丸太のように太い足でルサッルカとの距離を一気に詰め、タックルをお見舞いした。
「グッホ…」
勢いに倒れこんだルサッルカにサラが馬乗りして膝で手の動きを抑える。そのまま拳で鉄槌打ちを数打叩き込む。ルサッルカの顔から緑色の体液がほとばしり、サラの顔に掛かるが殴ることはやめない。
「ブ……ハグ…ブホ……や…やめて……グッ……ゴハ…お、お願い…ブフゥ……もうやめて〜!」
ルサッルカが命乞いをしたが、サラの拳は止まらない。何度も何度も殴りつける。異常な程発達した筋肉が振り下ろす拳は如何に硬い外骨格があるとは言え、耐えられるものではなかった。
ルサッルカが動きをやめ、ピクピクと痙攣し始めた。その姿を見て、サラは拳を止める。
「フゥ…バカね、相手を見くびった時点であなたの負けよ」
サラは馬乗りの姿勢から立ち上がり、邪魔物を排除するかのようにルサッルカを蹴り飛ばした。二転三転して暗闇に姿を消すルサッルカを見て、サラは深く息をした。
片は付いたと考え、外していた指輪をつけ始める。彼女の溢れ出る魔力が少しずつ収まっていき、口調も元に戻って行く。
「……シャナンたちを……追いかけないと……」
だが、サラが踵を返して先に進もうとした時、不意に足を掴まれた。
「サラ……助けて…くれ……」
「!ッしまっ……!グガ…!」
ユミルに触られたサラの体が突然動きを止め、その場に倒れこんだ。目だけは強い光をたたえているが、体だけが動かない。
「……サ…サラ……?どうしたんだ…?」
「……………………」
「…………なあ、返事してくれよ……」
「……………………」
サラは何も答えない。いや、答えることができなかった。無言を貫く彼女の代わりに、甲高い男の声が女口調で答えを告げた。
「
「ヒッ…!」
そこには全身がボロボロで息も絶え絶えなルサッルカが立っていた。思わぬ逆転勝利に脳吸いの声は痛々しいながらも少し弾んで聞こえた。
「ちょっと…体力を回復…させないと…栄養が…必要ね…」
「え、栄養…?」
ユミルが自らの疑問の答えに身を持って知るのは、それから数十秒後のことであった。
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