囮部隊

 セシルがゴブリンの弓使いやスリング使いを数体倒したが、戦況は変わらない。むしろ騒ぎを聞きつけ、より多くのゴブリンが集まってきてしまった。


 ゴブリン族からの猛攻は止む様子がなく、五人が身を隠す矢立は度重なる投石や弓矢により破損が目立ち始めたてきた。


「くそ、おもったより数いるじゃねぇか。ディークたち、早くしてくれよ〜」

「ディークおじ……ディークお兄ちゃん、大丈夫かな…?」

「信じるしかないわ。あの人たち、冒険者のくせにいい人そうだし、何とかしてくれるわ」

「ええ、私たちにできることをやりましょう」


 防戦一方で最悪の状況に見えるが、シャナンたちの表情は暗くない。彼らはこのような状況になることを事前に見越していた。むしろこの後の展開を今か今かと待ちわびているのである。


 ─

 ──

 ───


 ──囮を使う──


 冒険者たちとの打ち合わせでジェガンが提案した作戦はこうだ。


 砦に巣食うゴブリン族は数十体も確認されているため、正面突破では多くの犠牲が出る恐れがある。

 その場合、守りの薄い箇所から侵入して攻めれば良いのだが、砦の各所にも相応の数だけ見張りを立てていると事前の調査で分かっていた。


「……そのための囮、ですか」

「ああ、その役目がお前ら五人だ。危険な役目だが、お前らしかいない」


 ゴブリン族は短絡的な思考の持ち主が多い。

 一応、群のリーダー格が指示を出したりするが、概ね守らない。目の前の戦闘に全員が押し寄せ、攻撃を仕掛ける習性がある。


 ジェガンはその習性を逆手に取り、大勢がシャナンたちに向かっている隙に他の冒険者たちが砦に攻め入り内部から崩壊させる作戦を立てたのである。


「なんでよ!囮なんて旨味がないわ!私たちも砦を攻め入りたいのに!」


 セシルが強く反論する。それもそのはずである。ただ引きつけるだけ引きつけて、“いつの間にか戦闘が終わってました”、では冒険者として得るものは少ない。


 セシルが頑なに抗弁する姿を見て、シャナンたちは先程セシル自身が言っていた冒険者の姿を重ね見し、少し呆れていた。


 セシルの強弁を受けて、先ほどの男が苦笑いで応える。


「まったく、ガメツイ嬢ちゃんだな。安心しろ。俺たちゃ砦の中をかき乱すだけだ。ゴブリンの野郎どもが大混乱を起こしたら砦の正門を開けてやる。お前たちもなだれ込んで切り取り放題にしな」

「そうだぞ。そそもそも隠密スニークレベル3程度じゃ警戒したゴブリンに見破られちまう。そうなったら作戦は失敗だ」

「我々のチームには私を含め潜入工作を得意とする斥候スカウトが数名いる。彼らはみな、隠密スニークもレベル7以上だ。それ以外の者もこのような任務を何度も経験している。レベルも経験も乏しい君たちでは失敗しかねない」


 セシルの持つ隠密スニークレベル3は自身と手をつないだ者を隠密状態にする。だが、看破ペネトレーションを持つ相手や警戒状態にある者と視線が合えばすぐに解除されてしまう程度の効果しかない。隠密スニークレベルが7以上になるとよほど警戒した上に看破ペネトレーションレベル5以上を使用しなければ、ほぼ見つからない。


 冒険者たちに反論され、自分の能力の不足を理解したのか、セシルは渋々提案を受け入れた。


「役割は決まったな。よろしく頼むぜ。ああ、挨拶が遅れたな。俺はディーク、剣で戦う剣闘戦士ソードファイターだ。それに斥候スカウトのジュリアンと斧戦士アクスファイターのユミルだ」

「うん、分かったわ。よろしくね、ディークおじちゃん!」

「おじ……シャナン!俺のことはディークお兄ちゃんだ!おじちゃんじゃねぇ!」

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