惨殺勇者 〜人からは英雄、魔族からは大量殺人鬼として扱われる少女〜

mossan

プロローグ

少女たちの嘆き

「もう…お家に返して……」


 少女は泣き方も忘れ、ただ無自覚に涙を流す。


 悲涙に満ちた瞳は少女の世界を濁らす。薄ぼんやりした視界の先には、不自然な向きに折れ曲がった自分の右手があった。

 片方の耳は鼓膜が破れ、周囲の音をうまく聞き取れない。道を走るバイクの音さえ幻聴に感じる。


 混濁した意識の中、少女はなぜ自分がここにいるのかすら理解できない。


 ここが“ドコ”で──

 今が“いつ”か──

 ”どうして“ここにいるか──

 自分が“どう“なっている──


 ……今の彼女がかろうじて理解できるのは自身の絶望のみである。


 いや、ひとつだけ分かることがあった。


 ──“”……私を……“”て……いるのか──


“ガチャリ”


 扉を開く音がする。片耳の鼓膜が破れた少女には、心なしか遠くで響いたように感じる。


 少女が祈る願いはひとつ。


 そう、ただひとつ────と。


 だが、少女の渇望をあざ笑うかのように足音は徐々に近づいている。


“キィ”


 取っ手を押しやり、何者かが部屋に入ってくる。いや、“”ではない。少女はよく知っている。……あの“男”だ。


 男の姿が少女の視界に入ると、少女の心臓が飛び跳ね、激しく鼓動した。少女の反応を見た男は口元を歪める。醜悪な笑みを張り付けたまま、男は無言で手に持った袋を机に置く。


“ゴトリ”


 無造作に置かれた袋の中に入っている物体が机にぶつかり鈍い音を出す。その音に少女は強い不安と恐怖を覚える。


 男は少女に目もくれず、無言で袋をゴソゴソと弄る。視界の先で行われる出来事に何も考えられず、少女が諦観と絶望で男の姿を見つめている。


 男が袋から“ある物”を取り出す。瞬間、少女の目が大きく見開かれた。


 ドリルであった。


 男はゆっくりと少女のそばに近づき、問い掛けた。


「ねぇ……これ……ねぇ、これが何か分かる?ねぇ分かる?」


 男の歪んだ笑みとチラつく電灯の中で、少女は気を失った。


 ─

 ──

 ────

「今、犯人の男が出て参りました!」


 レポータの仕事然とした声が日本中のTVから聞こえる。


 西暦二千三十五年五月二十日、日本史上で最狂かつ最恐で最悪な連続誘拐殺人犯が逮捕された。殺された者は年端もいかない少女ばかりで総数十二名、犠牲者の年齢は10歳から18歳とバラツキがあったが、みな共通の特徴があった。


 それは、少女……という特徴である。


 逮捕された男は翌年の十月十二日に死刑が確定し、同年十二月二十七日に刑が執行された。日本史上稀に見るスピード判決と死刑執行である。


 それだけ日本中は怒っていた。


 それは、未来ある若者の命を奪った相手への強い憤りに根差した人々のという感情によるものであった。


 しかし、その正義の裏には、別の感情も含まれている。それは、この男に傷つけられた日本人の誇りへの怒りでもあった。


 激憤に駆られた世情は無責任な有識者により偽善に彩られた言葉に塗り替えられていく。

 しかし、嘘と虚飾で塗れた世界は、いつしか新しい話題に飛びつき、程なくこの事件が人の口に上ることもなくなってしまった。


 だが、言葉にならずとも犠牲となった十二人の少女の記憶は、人々の心から未来永劫消えることはないだろう。


 そして、その魂も……

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