冒険者への道
シャナンたちが最初に向かったのは城から遙か南東にあるオカバコの街である。
オカバコは交通の要所として栄え、数々の旅人が集まる商業の盛んな街として有名であった。商人たちが持ち込む様々な物資が流通し、この街で手に入らない物は無いとも言われている。
だが、この街にはもう一つの側面もある。
それは冒険者になる者が“最初に訪れる街”という側面である。理由は、街のすぐ近くにある“フォレストダンジョン”と呼ばれる天然の迷宮にある。
フォレストダンジョンは冒険者の中では初心者向けのダンジョンとして有名であった。魔物の強さも程々でダンジョンの割には地形も単純──この特徴から自然、初心者が冒険のイロハを覚える場所として名を馳せていた。
このオカバコの街に向かう案を出したのは四人の供回りの中でリーダー格の“トーマス”であった。その目的は“レベルアップ”にある。
──レベルアップ
この世界では、倒した相手の魂をその身に宿すことで心身の力が急激に強化される現象がある。それが“レベルアップ”である。
レベルアップは世界の理からの祝福である。祝福されし者は訓練で体を鍛え、本で知識を得る以上に心身の能力が大幅に向上する。その上、能力値の向上だけでなく、“スキル”と呼ばれる特殊な技能や魔法を習得することもできる──
シャナンはカインやアベル、それにマーカスから一年間訓練を受けており、それなりの強さはあった。しかし、訓練により戦闘”技術“は身に着けたが、身体的な能力は戦闘経験がある者と比べてそこまで向上していない。精々同年代の子供より少しだけ上な程度である。
そのような少女が始めから魔王と戦うには能力が足りなさ過ぎる。年齢と共にそれなりの能力は身につくだろう。だが、少女の成長を待つ訳にはいかない。
だが、“レベルアップ”を経れば能力は遁増する。
勇者を強化し、魔王と戦わせるためにはレベルアップをしなくてはならない──
トーマスが第一義として考えたことが“レベルアップによる勇者の強化”であった。
─
──
───
オカバコの街に着いた一行は、まずは宿屋に向かった。シャナンは疲れた体を押して馬を繋留し、やっとの事で休めると思っていたが、トーマスはある所に向かうと言う。自分は早く休みたがったが、“勇者であるなら頑張らなくてはいけない”と、気を引き締めることにした。
だが、“ある所”とはどこだろう?シャナンは気になり、トーマスに話し掛ける。
「ねえ、トーマス。どこに向かっているの?」
「シャナン、私たちは冒険者組合に向かってます」
「組合?…?って何?冒険者って?」
「冒険者とはこの世界の謎を解き明かそうと未知の秘境や遺跡を探索する者達のことです。彼らは、危険を顧みず、自分たちの力を
少女は家族と一緒にTVで見た映画の主人公を思い出した。その映画では、主人公が知恵を絞り、ギリギリのところで危険を回避しつつ様々な謎を解き明かす冒険譚であった。
その主人公の活躍ぶりに自身を重ね、疲れが吹き飛んだのかシャナンが目をキラキラ輝かせて声を上げる
「冒険ってワクワクするの?私もやってみたい!」
「そうよ、シャナン。元冒険者の私が保証するわ。危険な目にも逢うけど、冒険で得られる体験は普段では味合えないものよ」
弓を背中に担いだセシルがシャナンの肩をポンと叩く。彼女は供回りの中では唯一の元冒険者で、紆余曲折があって兵士になったと言う。
「冒険者組合ってのはね、冒険者達が協力するための集まりのことよ。冒険者は世界中を旅するの。そこで、各国で冒険者がうまく冒険できるように、冒険者同士が仲良くしましょう!ということで冒険者組合が出来たのよ」
「うーん、と。冒険者が友達になるための場所ってこと?」
「そうね。大体あってるわ!」
友達……元の世界ではシャナンは幾人かの友達がいた。彼女は友達と他愛のない会話や子供らしい遊びをして日々を過ごしていたことを思い出す……あの日までは。
シャナンは在りし日の懐かしい思い出が頭に浮かび、期待に胸を躍らせた。
「おー、ここだな?冒険者組合ってのは?」
供回りの一人であるルディが看板を指差す。そこには“剣と盾”を
建物は重厚な樫の扉で、惰弱な者を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。
ルディは、組合の扉を体重を乗せて押し開ける。
中に入ると、部屋の中は紫煙で
強烈な臭いと視線の中、眼帯を掛けたスキンヘッドの男がシャナンたちに声を掛けてきた。
「おう、また命知らずな奴らが来たか」
「……友達…」
男の相貌を見て、シャナンは悲しそうにボソリと呟いた。
「命知らずかどうかはわからないが、我々は冒険者組合に登録したい。どうすればいい?」
トーマスが毅然とした態度でスキンヘッドの男に尋ねる。
「へ、冒険者組合にようこそ、バカヤロウども。手続きは簡単だ。まずはこの契約書にサインしな」
男がぶっきら棒に契約書を寄越した。魔法使いのカタリナが契約書を読み、問題ないと皆に告げる。
カタリナは魔法以外に、この様な事務処理が得意であった。
彼女は元々、文官として王宮に仕えていたところ、アスランが彼女の魔法の才に気づき、魔道士として騎士団入りをさせた経歴を持つ。文官時代に多くの書類をテキパキと処理していた彼女からすると、この程度の書類は朝飯前であった。
皆が契約書にサインし、スキンヘッドの男に渡す。
「へ、あんたらもバカだねぇ。冒険者みたいな根無し草になるなんざ。ま、自信があるからだろうがな…ってオイオイ、その娘も冒険者になるのか?まだガキじゃねぇか」
“ガキ”と言われて、シャナンはムッとした。
「ガキじゃないもん。私はゆ…ムグ!」
供回りの四人が慌ててシャナンの口を押さえる。
「シャナン…ダメですよ。勇者であることは隠してください。魔王の一味に知れたら大ごとです!」
「え?なんでダメなの?」
「勇者の命を狙う刺客が各地で暗躍していると噂があります。もしシャナンが勇者と分かれば、その刺客に襲われる可能性があるんですよ」
「刺客…って何」
「シャナンを殺そうとする悪いやつってことだぜ。勇者は魔王を倒すために旅しているからな。自分の身を守るために勇者を殺そうとするのは当然のことさ」
シャナンはゴクリと唾を呑む。忘れかけていた死の恐怖が蘇ったからだ。恐怖がシャナンを包む……心が粟立つ感情を覚える…シャナンは胸に掛けたタリスマンをギュッと握ると少し心が落ち着いてきた。
「勇者って、私以外にもいるの?」
シャナンが四人に尋ねた。アスランから過去にも召喚でこの世界に来た者がいると聞いていた。しかし、同時代に他の勇者がいる可能性をシャナンは考えたのだ。
「そうですね。確かではありませんが、私たちの王国以外に南のザンビエル王国、東のボツリアヌ諸侯連合でも勇者召喚が成功したと噂が流れています」
「それに、ムカつくマムゴル帝国もな…」
カタリナとルディが答える。シャナンは他にも勇者がいると聞き、もしかすると同じ日本人がいるかもしれない、と考えた。日本人ならば、彼女のエクストラスキルの文字も読めるかもしれない、それに万が一ながら自分の知り合いかもしれないと淡い希望を持った。
「オイ、何遊んでるんだ。次はこのステータスカードを使ってステータスを見せてくれ。ほらよ」
「ほれ、額につけて自分のことを考えてみろ。そのステータスに応じてあんたらに振れる仕事が決まるんだからな」
シャナン達はスキンヘッドの男に言われるまま、ステータスカードを額に当てた。
「あれ?前に見たときと少し違うみたい」
シャナンがプレートを見て訝しんだ。どうやら少し表示されたステータスが少ない様に見える。
「おう、早く渡せよ。そこの嬢ちゃんもだ」
面々が男にプレートを渡す。
「ほう…あんたら、結構やるな」
男がプレートの能力値を見てニヤリと笑った。
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