第75話彼女の犠牲……
橋川に呼び出されて、俺達は今廊下の隅にいる。
「っで? ようやくお前が何をしようとしているのか話す気になったのか?」
今までずっと
だが橋川の様子を見る限り、そうではないようだ……。
橋川は俯いたまま、静かに口を開いた。
「あのさ……。何も聞かずに矢木澤と一緒に体育館でやってる軽音楽部のバンドを見に行ってほしいの……」
「え……?」
俺は橋川の発言に少々戸惑った。
花と一緒にバンドを見に行くことになんの意味があるのか?
俺は思わず『どうして?』と聞きそうになるが、その言葉をぐっと
多分彼女なりに、何か考えがあるのだろう。
彼女が何も聞かずにというのであれば、俺は何も言わずに言われたことをするだけだ……。
「分かった……」
一言そう返事をして、俺は教室に戻る。
そして教室で一人壁際にいる花の元へ行く。
「なあ花、今から時間あるか?」
そう声をかけられた花は、静かに俺の顔を見た。
「あら、ナンパ?」
冗談めいた様子でにやりと笑う花だが、
「悪いんだけど今すぐ俺と一緒に体育館に来てくれないか?」
俺が真剣な感じでそういうと、花は最初少し戸惑っていたが、何も言わずに俺の後をついてきてくれた。
そして俺は、橋川に言われたとおりに花を体育館に連れてきた。
体育館にはたくさんのパイプ椅子が並べられており、俺と花はとりあえず一番後ろの席に座った。
ふぅと一息つくと、花がきょろきょろと周りを見渡していた。
「そろそろ何でこんなところに連れてきたか教えてくれないかしら?」
そうやって聞いてくる花だが、俺は何も知らない。
橋川に言われたから連れて来ただけで、この後何をすればいいのか分からない……。
でも橋川に言われたから連れてきたなんて言ったら花が帰ってしまうかもしれないので、適当に誤魔化した。
「えーとほら、花と一緒にこのバンドを見たかったんだよ!」
とっさに適当なことを言う。
最近こういうことが多いい気がする。
でもそれは俺のせいじゃない。
むしろちゃんと話してくれない橋川のせいだと思う……。
そしてその言葉を聞いた花はやけに不信がっていたが、そのあと何も聞かずに軽音楽部のバンドを見ていた。
体育館は昨日と変わらず……というかむしろ昨日よりも盛り上がっていた。
外部から他の人間が来たことによって、体育館はほぼ満席になっている。
体育館はすさまじく盛り上がっていき、熱気もすごいことになっていく中で、俺と花だけが冷めていた。
「ねぇ、私そろそろ教室に戻りたくなってきたのだけれど……」
「ちょっと、もうちょっとだけ待ってくれ」
俺は帰ろうとする花を無理やり止める。
今帰られたら橋川が立てた作戦が台無しになる。
そもそもここまで来て、俺は橋川が何をしようそしているのかいまだに分からないわけだが、とにかく今花に帰られるのだけはまずい。
何とか花が帰ろうとするのを止めて、俺達は引き続きバンドの演奏を見ていた。
今は四組目のグループが演奏している最中で、後少しで橋川たちのいる五組目になるところだ……。
しかし何故だか、俺たちがバンドを見ているすぐ後ろで誰かが騒いでいたので後ろを振り向くと、阿澄達のグループがいた……。
そろそろ出番なはずなのに、こいつらはここで何をしているのだろう……?
そう疑問に思ってよく見ると、阿澄達のグループには橋川がいなかった。
後で合流するのか?
だがもうそんな時間はない。
後1、2分でバンドは始まろうとしている。
なのにどうなっているんだ?
後ろで騒いでいた阿澄達の様子を見ていた花も同じことを思ったのか、阿澄に声をかけていた。
「そんなに慌ててどうかしたの?」
何の
仮にもこの前喧嘩した相手に声をかける度胸なんて、少なくとも俺にはない……。
阿澄達も花に声をかけられたのに驚いていた。
「何矢木澤さん? 別にあんたに関係ないから首ツッコんでこないでくれる?」
いきなり喧嘩腰で言ってきた阿澄に、近くにいた同じグループの女子が阿澄を止めて。
「ねぇ
っと阿澄に言った。
頼む?
まるで状況が分からない。
それは花も同じようで、阿澄達に説明を求めていた。
「えー
「でも矢木澤さん何でもできそうだし大丈夫じゃない?」
阿澄達が何かを相談した後に、千尋と呼ばれていた生徒が花の方を向いて説明を始めた。
「あのね矢木澤さん。実はうちらのグループのメンバーの子が急に体調が悪くなったとかで急にバンドに出られなくなっちゃったの。それでその子からメールで矢木澤さんなら弾けるって言ってたんだけど、どうかな?」
千尋と呼ばれていた生徒がそう説明して、ようやく俺は今の状況を理解した。
それは花も同じようで、俺の方を向いて『そういうことね……』っと小さくポツリと言った。
「分かったわ、じゃあ私もそのバンドに出るってことでいいのね?」
「うん、矢木澤さんやってもらえるなら安心だよ!」
そう言って他の二人は賛成していた。
だが阿澄だけはまだ納得がいってない様子だった。
「待ってよ! まだ決定したわけじゃないでしょ? こんな一緒にやったことない人とやるなんて私は反対なんだけど」
阿澄がそう言うと、花は阿澄の方に近づいた。
「別に私は出なくてもいいのよ? でもキーボードがいないバンドなんて完成度が低いものになるのは目に見えてる。今まで努力してきたのに、それが全て水の泡になるといっても過言ではない。ここで私に出てもらえなくて一番困るのはあなたでしょ?」
そういわれた阿澄は、時計をちらっと見てもう時間がないことを確認すると……。
「分かったわよ。でも絶対に失敗しないでよ」
っと少し怒った様子で言った。
「誰に物を言っているの? この私が失敗なんてするわけないじゃない。最高のバンドにすることを約束するわ」
そうして花たちは、ステージの方に向かって行った。
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