第32話 オレンジスミス


「『オレンジスミス』って、思ってたよりカッコ悪いな〜」

「でも、なんかすごい話を聞いた気がします……」

「そうですね」


 頭の後ろで手を組んで歩くチナツくん。

 その隣で空を見上げるバアルさん。

 私は聞いたお店をキョロキョロと探した。

 クミルチさんに聞いた、その『オレンジスミス』こと、ガンズ氏はこの『TEWO』で『頂の虹』と呼ばれるトッププレイヤーの一人。

 生産系プレイヤーでは不動の人物。

 ……まぁね、ゲームの世界だもの……やはりトッププレイヤーというのは存在するようだ。

 優劣をつけたがるのが人間だし、それがゲームなら尚更だろう。

 ただ、クミルチさんは困った顔で「でも、あの人たちそう呼ばれて天狗になって、このゲームの趣旨を完全に忘れてるっぽいんですよねぇ」と言っていた。

 このゲームの趣旨……それは、勇気をつけて現実世界に帰る事だ。

 ゲームの中で一生を終えるつもりなのか。

 今の地位や称賛の数々を捨てるのは確かに勇気がいる事だろう。

 でも、このゲームには『FOEO』という『TEWO』のモデルとなっているゲームがある。

 こちらで育てたアバターを『FOEO』にコンバートすれば、こちらにしかないアイテム以外とお金以外は持ち込んで続きを遊ぶ事だって出来るという。

 ビクトールさんのようなエージェントプレイヤーが『頂の虹』にそう言って説得しているが、誰一人現実に帰ろうとしない。

 それは──本当にトッププレイヤーと呼べるのだろうか。

 ……まあ、クミルチさんいわく「でも『緑の聖槍』さんだけは本当にまだ精神状態が安定してないみたいで……難しいところですよねぇ」らしい。

 うん、確かにそう言われると難しい……。


「…………」


 そして……その『頂の虹』は今七人ではなく六人。

 一年前、『黒の賢者』が現実に帰還した。

『黒の賢者』はこの国、エレメアンを所用で訪れた時、その日来たばかりのプレイヤーが困っていたのでそれを助けたそうだ。

 そして、そのプレイヤーと……恋に落ちた。

 クミルチさんがくねくね動きながら頰を染めつつ語ってくれた、なんとも現実離れした恋物語。

 しかしそれが一年前に実際この国であった実話。

 まあ、ねぇ……確かに、素敵なお話だとは思うけどねぇ。

 問題はその『黒の賢者』に心当たりがある事だ。

 いや、別にある意味問題とかではないんだけど……し、心情的に?


「あ、ここかな?」

「ここか! お邪魔しまーす!」

「お、おい!」


 バアルさんが止めるのも聞かず、チナツくんは勢いよく扉を開き、中へと入る。

 表の看板はオレンジの文字で『スミス・ガンズの店』とあった。

 店名にこだわりなどなく、とてもシンプル。

 中身で勝負する、という感じ。


「仕方ないな……行こう、シアさん」

「はい、そうです……」

「たっけえええええええええぇ!」

「「…………」」


 でしょうねぇ。

 バアルさんと顔を見合わせ、肩を一度落としてから中へと入る。

 そこには不思議な『店員』がいた。

 木の人形である。


【ウッドゴーレム(小)】

 店舗従業員。

 作成者:ガンズ


 鑑定してみると、そのような表示が現れた。

 お、おぉ〜……自分で作ったゴーレムに店番を任せてるんだ?

 そんな事も出来るんだ!?

 そういえばキャリーも『管理出来るのならお店は何店舗持っても大丈夫』って言ってた。

 そうか、店番の事を言ってたのか!

 それもそうだよね、お店を無人で開放してたら盗み放題。

 あと、ゴーレムを作るって一体どんなスキルなんだろう!?

 これが『頂の虹』……トッププレイヤーの実力!


「見て見て! めちゃくちゃ高えぇ! こんなの買えねーよ!」

「……うわ、なんだこの金額……支度金より高い……!」

「…………」


 男子二人が陳列された武器や防具を眺めて驚いているけれど、私はあまり驚かない。

 鑑定してみれば分かる。

【攻撃力プラス1500】の剣。

【HPプラス1000】【耐麻痺、耐毒】の鎧。

【俊敏プラス100】【回避プラス100】のブーツ。

【運プラス80】の腕輪。

 全部一万円以上の価格がついているが、この付与価値では無理もない。

 デザインも豪華なものからシンプルなものまで……しかしどれもプラス数値が半端ない。

 これが職人……生産系プレイヤーの実力。


「誰が買うんだよこんな高い装備〜。もっと安くすりゃいいのにー!」

「いやいや……当たり前だよ、だってこれ全部『魔法付与』がついてるもん」

「まほーふよ?」


 あ、そこからか。

 そうか、この人たちまともにこのゲーム始めたの昨日今日だもんね。

 仕方ないなー。


「えっとね、装備品……剣や槍や防具とかに、こんなふうにステータスを底上げする効果をつける事を『魔法付与』っていうの。戦闘の時自分のステータスにバフをかける事は『魔法付加』。先頭が終わると解けちゃうけど、スライムとか物理攻撃が効かないモンスターには『魔法付加』が必須なんだって」

「!」

「え、スライムって雑魚モンスターじゃないのか?」

「ビギナー用の『スライムの森』っていうダンジョンのスライムは物理攻撃が通用するよ。でも、その森以外のスライムは基本『魔法付加』でバフかけしないと攻撃が効かないんだって」

「え、マジ?」


 だから『魔法付与』の装備はとても高い。

 こんなに高い装備、序盤で買える人いないんじゃないかな?

 支度金全部突っ込んでも買えない値段ばっかりなんだけど?


「本当なら王都では買えない装備品ばかりだよ。……どういう事なんだろう? 確か、前にキャリーたちが『上位プレイヤーは王都に店を出さない』って言ってたけど……」


 理由はお金にならないからだ。

 こんな破格の装備、ビギナーが買えるわけない。

 でもお金を貯めて買えたとしたら、序盤から無双状態だろうなぁ。

 自分の所持金を見てみる。

 ……5250円……くっ、全然足りない!

 これでも結構溜まってきた方なのに!


「その通りだぜ! ここには店を出したばかりだ!」

「「「!?」」」


 バッ、と振り返る。

 チナツくんよりも派手なオレンジ色の髪の、ものすごい大柄なつなぎの男の人が立っていた。

 手にはハンマー。

 自信満々といった様子。

 ……店を出したばかりだ、って、え?


「あ、貴方がこの店の……?」

「そうだ! 本店は『グランドスラム』にあるがな」

「え? じゃあ──っ!」

「おっさん鍛冶屋なのか?」


 違う!

 チナツくん! そこは『頂の虹』の一人、『オレンジスミス』なんですか! だよ!

 ……あれ?

 けど、『オレンジスミス』はギャグだから本人に会っても言わない方がいいとか言われたような……?


「おっさん……!?」


 ……それ以前にチナツくんが普通に失礼な事を言ったっぽい。


「お、俺はまだ二十五だぞ!」

「え、アバターだろ? それ」

「実年齢二十五だ! アバターだってイケメンの若い兄ちゃん風だろうが!」

「うわ、自分でイケメン風とか言うか、アバターを。戦えりゃなんでも良いけどね、おれ」

「くおおおぉ!」

「チ、チナツくん!」


 なんか面倒くさい事になりそうだ!

 あと、話が進まない!


「すみません、この人ちょっと色々なところが特殊で!」

「なぁなぁ、おっさん鍛冶屋なら刀作れない? 刀!」

「人の話聞く気ゼロ!?」

「はあ!? この俺様にオーダーメイドだとぉ!? 見るからに金も持ってなさそうなビギナーがずいぶんな口叩くじゃねぇか!」

「ああああぁ……」


 頭を抱えた。

 バアルさんは顔が完全にドン引き!

 だよね、バアルさんは無理だよね。


「つーか刀ならここにあるぞ。てめーみてーなビギナーのガキに買える値段じゃねーがな!」

「太刀じゃん。長すぎておれの丈に合わねーよ」

「! ……ほう?」

「?」


 店長と思われるプレイヤーが親指で指さしたのは、壁に飾ってある刀。

 見ると「なるほど、無理」って値段。

 でもものすごいステータス値だ。

【攻撃力プラス1500】【俊敏プラス580】……値段もヒェってなる、15,000円。

 た、高ぁ……。

 でも、チナツくんは値段じゃないところを気にしてる? 丈?


「実戦刀がほしいんだよねー。72センチくらい。反りもこんくらいで、刃先がこれくらい。速度重視だから薄めで、あんまり重くない感じ」

「…………。他のゲームで刀使ってたのか?」

「そうそう。『舞剣乱闘オンライン』って知ってる? 対人戦専用オンラインVRゲームなんだけどさー」

「あれか! へえ、そこまでこだわるって事はそれなりに上行ったやつか? 名前は?」

「チナツ!」

「チナツ……知らねーなぁ……」

「まあ、俺が始めたの二年前くらいからだから」

「んじゃあ知らねーな」

「でも一応舞剣大会で優勝したよ、去年」

「マジか!? じゃあ世界大会行くのか!?」

「うん、来年の一月」

「マジかぁぁぁあっ!?」

「「…………?」」


 私とバアルさんは顔を見合わせる。

『舞剣乱闘オンライン』は聞いた事あるけどやった事ない。

 だって対人戦専用のオンラインVRゲームなんだもん……私、対人戦は苦手。

 でもなんかチナツくんとオーナーさん、盛り上がってる。

 チナツくんって対人戦のゲームやってたんだ。

 じゃあPSプレイヤースキル高そうだな〜。


「ほ、ほほう。それじゃあ一振りオーダーメイドに応えてやるのもやぶさかじゃあねぇな……もう少し詳しくほしい刀の希望を言え」

「マジ!? ありがとう! あのな、柄の素材なんだけど──」


 と、なんかオーダーメイド受けてくれる事になってるぅ!?

 えええ、この人『オレンジスミス』……『頂きの虹』の人かもしれないのに、いいのぉ!?


「なんだかすごい事になってる?」

「っぽいですね……」


 どうしよう、手持ち無沙汰になってる。

 とはいえ、チナツくんを放置してもいい事ない気がするんだよねぇ……。

 二人を眺めていると、バシ、とオーナーさんらしきプレイヤーが膝を叩く。


「良いだろう! 待ってな! 五分で作る」

「五分!」

「そ、そんなに早く作れるんですか!?」

「まあ、ゲームの中だからな。だが『舞剣乱闘』で優勝経験となれば手抜きは出来ねーな。まあ、プレゼントっつー事ですげーのくれてやるぁ」

「マジ? 楽しみ!」


 コミュ力お化けなの?

 チナツくん……何者なのだろう……本当に。

 オーナーらしきプレイヤーがカウンターの裏にはいっていく。

 その間五分。


「出来たぜ!」

「はっやぁ!」


 本当に五分で刀を作ってきたよ!

 ……やっぱり本物の『オレンジスミス』なのかな?

 だとしたら私たち、今すごい人と話してるしチナツくんに至ってはすごい人にオーダーメイドをしたんじゃ……!?


「わあ、色も完璧!」

「しかし黄色い鞘と柄なんて変なやつだなぁ」

「この色の方がやる気出るんだよねー! ありがとう、おっさん!」

「ガンズだ!」


 ……ガンズさ、ん!

 店員のウッドゴーレムの製作者だ。

 ドカン、とカウンター横の椅子に座り、面倒臭そうな顔をする……やっぱりこの人が……。


「シア! ダンジョン行こう!」

「顔に『試し斬りしたい』って書いてあるよ。……まあ、本来の目的が達成出来てよかね。おめでとう。……あの、それはそれとして、もしかしてガンズさんが『頂の虹』の──」

「おう! 『頂きの虹』の一人だ! まあ、スミス……生産職は俺様一人だがな」


 ほわー、やっぱりそうだったんだ!

 これは弟子入りさせてもらうチャンス!


「あの! 私も『魔法付与』を覚えて生産職になりたいと思ってるんです! 自分でデザインした服に『魔法付与』をつけて、防具として売れたらなって思ってて」

「! へえ、この町にいる段階で目標が決まってるのか。珍しいな」

「は、はは……。……あの、なので色々教えてもらえませんか?」

「色々って言われてもな。まず嬢ちゃん、職業はなんだ?」

「テイマーです。えっと、あんこ、だいふく!」


 名前を呼ぶと、影の中からあんことだいふくがピョーン、と出てくる。

 お店の中だけど、紹介だけだから!

 ……動物苦手な人だったらどうしよう?

 と、思いつつ、ちらりと見ると──ガンズさんは固まっている。

 あれ? どうしたの?


「そ、そのモンスターは……フェンリルと九尾の狐の幼体!?」

「は、はい」


 驚いて立ち上がられてしまった。

 そしてカウンターの横から立ち上がり、私の目の前まで来る。

 表情は、なんか、こわい?


「他の十体は!?」

「? ほ、ほ、他の十体?」

「っ! ……あ、そ、そうか……お前見るからにビギナーだもんな。……そ、そうか……だが、じゃあ……くそ、そういう事だったのか……!」


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