【The Devils Legion】〜『総戦力値:1』から始める魔王軍最強育成計画〜

第一章 戦慄の大迷宮編

episode1 廃下水道での目覚め

「ここ……は……?」


 目を覚ますと、暗闇と、腐臭と、獣の臭いが入り混じる巨大な通路に彼女は横たわっていた。目の前の蛇の亡骸には蛆が沸き、死肉を求める小鼠が群がっている。


「きも……」


 彼女は顔を顰め、不快さを露わにした一瞥をくれると、すぐさま体を起こして辺りを見回した。

 明かりが無く、異常なほど縦に長い。道の中央には水路が通っている。よく見れば壁の劣化も激しい。彼女はここが『巨大な廃下水溝』だと見当を付けた。


「そういや私、何してたっけ」


 彼女は、取り敢えず壁を背に寄りかかると、ポケットに入っていた皺くちゃにヨレたタバコを咥えた。ライターを近付け、ゆっくりと繊細に吸い込みながら、着火。ぷはりと煙を吐き出すと、不可解且つ危機的なこの状況には本来存在し得ない、ゆとりというものを感じる事が出来た。


「ふぅ……」


 一口、二口。

 緩慢とした動きだが、彼女は頭の中でさながら空き巣犯の如く海馬から大脳皮質に至るまでを荒らし、引っ掻き回していた。

 だが、満足のいく成果は得られず。彼女は、このような薄汚い場所には似付かわしくない、小綺麗に切り揃えられたセピア色の髪を掻き乱しながら言ったのだった。


「――やめだやめ。とまれかくまれ、こっから出んのが最優先だな」


 彼女は水路に吸い殻を放り投げ、ゆっくりと立ち上がった。途中、蛇の死骸を踏み抜いた事も意に介さず、ふらついた足取りで出口を求めたのだった。



 暫く歩くと、自然と彼女はこの廃下水溝に棲みつく生物たちに興味を抱き始めた。

 主たるものは虫や爬虫類が多く、時折害獣たる齧歯類の代表格、鼠などが散見される。それだけならば、下水溝、特に廃墟と化しているものであれば下水の間借人など居て然るべきものである。

 しかし彼らは、彼女の知る『それ』らとは大きく異なる点が一つ存在した。


「でっけぇ」


 歩く足を止めた先に、さながら武蔵坊のように立ちはだかるは、頭部から足先まで1mはあろうかという巨大なケラのような虫だった。

 どことなく海老に似た頭部を持ち、暗闇に紛れるためだろうか、どす黒い体色をしている。


「珍しいもん見た。突然変異ってやつかな、それとも全くの別種?」


 彼女は顎に手を当て、その場からぴくりとも動くことのない怪虫をじっくりと観察しはじめた。

 正常な成人女性、いや、男性であったとしても、1m近い巨大な虫の出現など、裸足で逃げ出すような案件である。しかし彼女は逃げる事もなく、あまつさえ興味すら抱いている。蛇の死骸を最初に目撃した際のにべもない反応は、彼女自身の持つ神経の図太さが成せる業であったのだ。


「なんて種類の虫なんだろうな、こいつ」


 不用心にも近付き、手を伸ばそうとしたその時。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇

【ケイブ・ホッパー Lv.2】

闘力:2 魔力:0 戦力:1


体力:F 筋力:F 俊敏:E

気力:– 術力:− 知力:–


『跳躍:☆☆☆』『暗視:★☆☆』

『遊泳:☆☆☆』


解説:洞窟内での環境に適応したバッタの魔物。

 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


「なっ……!?」


 彼女の頭の中に、突としてある情報が流入してきた。

 眼球を通して見たものを記憶として頭の中に残す――そんな当たり前のこととは一線を画した妙な感覚だった。まるで、誰かに記憶を頭の中へ無理やりに捻じ込まれているような、そんな気持ちの悪さだった。


「あー……びっくりした」


 少し経つと、彼女は冷静に状況を分析し始める。

 どうやら、このケラ――ではなく、ケイブ・ホッパーは、この下水道内での環境に適応した結果生まれたバッタの――魔物? であるらしい。


 魔物、という単語にはイマイチ要領を得ないが、なるほど遊泳に暗視の能力を持っているという事は、確かに暗い水路での活動に適しているな、と彼女は推察する。


「にしても跳躍、ね。こんだけ狭いと持ち腐れそうだな」


 頭の中の情報――仮にステータスとするが、それらを一つ一つ紐解いていくうちに彼女はある項目に目が止まった。


「――魔力」


 その言葉から連想させられることは、やはり魔法の存在だ。残念ながらケイブ・ホッパーには魔力がないようだが、今後もしかしたら魔物という生物の中の魔力を持つ者が現れるかもしれない。

 まるでファンタジーの世界かのように思える言葉だった。


「このクソでかいバッタ然り、頭の中のステータス然り、訳分からん場所に記憶も無く投げ出されてること然り、なんなんだマジで。その上魔力とか、意味わからんわ」


 ため息と悪態を吐きながら、彼女はケイブ・ホッパーの横を通り過ぎ、再び歩き出した。


「このステータス出すやつ、バッタ以外にも効くかな。次なんか居たらやってみ――……!?」


 後方から、物音。

 何かが激しく弾けるような、破裂音にも似た音。

 彼女は即座に音の方向へ振り返った。


 ――ビィィー!


 鳴き声を上げ、物凄い勢いで眼前に迫る、巨大な虫……ケイブ・ホッパーだった。


(……!? 跳躍ってそういう事か!?)


 彼女は原っぱをぴょんぴょんと跳ね回るバッタの様子を想像していたが、こいつはそうではなかったのだ。

 狭い下水道に於いて、効率よく獲物を捉えるために適応した結果――水平方向への跳躍に特化していたのである。


(そうならそうって書けよ!)


 ステータスの表記の不親切さに内心憤りながらも、彼女は迫り来るケイブ・ホッパーに為すすべもなく押し倒されてしまった。


 ――ビィィッ!!


 異常に発達した鋭い牙のような捕食器官が、彼女に首元に向けられる。強烈な跳躍力を支える為の足の力は非常に強靭で、両手を塞がれてしまっている。


「チッ……! Fでこの力ってヤバイだろ……!」


 全力で踠き、のたうつ彼女だったが、虫の筋力の前に動きを封じられ、どうする事もできない。


「く……っそぉぉぉ!!」


 しかし彼女の生への渇望が、一時的にケイブ・ホッパーの剛力を上回る。

 彼女は無理やり身体を捻った。限界を超えた活動に悲鳴をあげる筋肉を無視して。


 ……体制は逆転した。

 今度は逆にマウントを取った彼女は、拳を硬く握りしめ、こめかみ――らしき部位目掛けて、固めた拳を振り抜いた。

 しかし、相手は脳を持たない虫。

 頭部へのダメージは芳しくなく、ビィビィと小煩く鳴くまでであった。


「ったく。ビィビィビィビィってお前、やっぱオケラじゃねーか」


 彼女は馬乗りになったまま、ポケットに手を突っ込んでタバコを取り出した。そして三本程取り出すと、それらを口に咥えて一気に火を付ける。


「虫ってさ……確か煙に弱かったよな?」


 悪い笑みを浮かべながら、彼女は三本分の煙が合わさった濃密な紫煙を顔に吐きつけた。何度か繰り返すと、目に見えて動きが悪くなっていくのが分かった。

 ――やがてフィルターの根元くらいまで吐きつけた頃には、足をピクつかせて裏返ったまま動かなくなってしまった。


「はぁ……はぁ……酸欠になりそ……やっぱタバコは吸っておくもんだな。こうなったらもう辞めらんねーわ」


 彼女は「ありがとう、タバコ様」と独り呟くと、眼下で蠢くバッタに目を向けた。


「放っておいたらまた襲ってきそうだな。トドメ刺しておくか」


 彼女は頭部に足を置き、力を込めて一気に踏み抜いた。体液のようなものが噴出し、脚に付着して顔をしかめる。

 しかしその甲斐あってか、文字通り虫の息のケイブ・ホッパーは絶命したのだった。彼女は唾と共に水路に死骸を蹴落とすと、その場から立ち去る――その瞬間ときだった。


「……あ? なに、これ」


 頭の中に、情報が流入してくる。

 だが、今回はあのオケラもどきの情報ではなかった。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇

LvUP! 1→3


【宇多川 麗華 Lv.3】

闘力:1 魔力:1 戦力:1


体力:F 筋力:F 敏捷:F

気力:F  術力:− 知力:C


『皆殺の型:☆☆☆』『不殺の型:☆☆☆』

『軍団統率:☆☆☆』『調教:☆☆☆』

『モンスター・テイム:☆☆☆☆☆』

『魔王之御使:---』『全世界言語:☆☆☆』


解説:---

 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇


「――こ、これは……!?」


 突如上がったレベル。

 何でかバレてる本名。

 魔王の存在を仄めかす文言。

 身に覚えのない数々の能力。

 自らに宿る魔力の存在。

 低めの知力。


 気になる点は山積みなのだったのだが――。


「虫にすら解説入ってんだから私にも入れてくれよ!!」


 彼女の胸には、オケラもどきに対する敗北感が去来するのみであったのだった。

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