狼ちゃんいるじゃん!?

 狼ちゃんいるじゃん!?


 俺は刺激しないようにそっと扉を閉め、小声で


「よつば!! 外に角生えた狼ちゃん!! こっちを見てらっしゃる!! 刺激しないように音を立てるな!! 」


「!? は、はい!! どうしましぃ!? 」


 慌てふためき青ざめるよつばはまともに会話になってない。

 外の様子を窓から覘くと、角狼は一匹、どうやらこちらの様子を伺っているようだ。

 角狼は興奮しているのか牙を時折り剥き出しにしており恐怖に足が震える。


 てか!! 窓に飛び掛かられたら簡単に入り込まれそうじゃないか!?


 とりあえず尖らせた木材、木の槍を窓に向けて構えておく。



「よつばも木の槍だけ窓に向けて構えておけ!! 突っ込んできたらまずい! 」


「うううう!! 」



 泣きそうになりながらも言われた通りに窓に木の槍をむけるよつば。

 どうする!? 静かにしていればこのままやり過ごせるか? 

 そもそもこんなちんけでゴミみたいな槍で倒せるものなの!? 

 あ!! 棒の先に短剣を縛り付けたほうがいいか!?



 どうする!? 



 動き回る角狼に槍を当てることできるのか!?

 どうやったら当たる!?

 片腕を噛ませてる間に短剣を突き刺す!?

 自己犠牲でもってよつばの好感度上げてそこのベッドでワンチャン!?


 噛まれた経験も刺す経験も女性経験もない俺に……できるのか?


 なんとなくよつばの胸元に目がいく。

 よつばは隣で震えながらも気丈に槍を構えており俺に胸元を覘かれていることに気付いていない。

 ほどほどのお胸も見る分には十分。

 ありがとうございます。


 良く見える位置に角度を変えようとすると、角狼が目の端に見えとたんにテンションが下がる。


 あいつをどうにかしないとだめか……


 このまま角狼が動かない場合でも水も食料もない俺たちはピンチだ。

 早めに探索をしたいのにこの状況はまずい。このままでは生き残れない。


 しょうがない。

 よつばにはっきり言おう。


「よつば」


「……はい」


「実はさ…… 」


「な、なんですか? なにか思い浮かんだんですか? 」


「あのさ…… 俺」


「はい」


「童貞なんだ!! だから死ぬ前にワンチャン!! ワンチャンだめですか!? 」


「はあああ!? 」


「狼なんかに襲われる前に!! 」


「バカアホ!! こんな時に何いって」



バギャッ!!



 扉を破られたか!? 木材がへし折れたかのような音がせまい小屋に響き渡る。

 角狼が今の騒ぎに興奮して混ざりたくなったのか扉に突撃をかましたようだ。

 俺は一人で楽しむ派だ! 邪魔をするな!! くそ狼め!!


 角の当たった部分だろうか? 扉に穴が開いてしまっており突進の威力が怖いほどわかる。


「先輩のせいですよ!? どうしてくれるんですか!? 」


「お前がでかい声だすからだろ!? 」


「あんなこと言われたら大きな声も出しますよ!! この童貞!! 」



窓から角狼を見ると、今にももう1度突撃してきそうな雰囲気を感じる。



「待て待て待て待て! まずはあの角狼どうにかしてから!! それからじっくり!! 」


「じっくり!? 」



 もう一度大きな声をあげそうになるよつばだが、角狼の存在を思い出したのかとたんに不安げな表情になる。

 角狼、このまま扉に突撃してくるならそこを突き刺してみるか?

 俺が動いたのを察したのか、こちらをジッと睨みつけており動く気配がない。

 賢いやつだな角狼。頭の中はお花畑ではないらしい。


 これは長期戦になりそうだ…… これではこちらの体力が尽きるのが先だろう。


 どうしたものか……


 しばらく角狼との睨み合いを続けているが、諦めて去る気配は感じられない。

 この緊張感でよつばもだいぶ疲れてきているようだ。

 考えあぐねていると



「先輩。私おとりになります」



 意を決した表情のよつばはとんでもないことを言い出した。



「なんで!? 何いってんの!? 」


「このままここにいても私たちまずくないですか? それならイチかバチか、あの角狼を撃退するしかないと思うんです」


「なんでお前がおとりなんだよ! 」


「いいから! 抵抗はしてみますから、私が襲われてる間に角狼をその棒と短剣でどうにかしてください! 」



 よつばの顔に、その表情に、戸惑いはない。

 

 なんてバカなことを言い出すんだこいつは!!


「やめろ!! 」


 俺が言い終わる前によつばは槍を不格好に構えながら外に飛び出す

 慌てて手を伸ばすが間に合わずよつばは飛び出してしまう


 追いかける俺が見た光景は




 鮮血が舞う中で座り込むよつばの背中と






 でかい斧を角狼に振り下ろした大柄な男と赤毛の女だった。


「よつば!? 大丈夫か!? 」 


 放心状態のよつばに駆け寄るとどうやら怪我はないようだ。

 少し赤く染まっているもののどうやら角狼の返り血だろう。


「せんぱぁい……」


 よほど怖かったのか安心したのか、涙を浮かべてすがりついてくる。

 血がつくから!! 汚い!! なんて言える雰囲気じゃない。

 仕方ないのでそのままにさせてやりワンチャン乳でも揉んでやろうかと企んでいると


「あんた達、何してんの? 」


 赤毛の女のほうが声を掛けてきた。


 空気読めや!! 内心舌打ちしながらも冷静になる。


 赤毛の女の着ているものは何かの皮素材だろうか。 

 硬い皮で作られているであろう、濃い茶色の胸当てにいろいろなものが刺さっている皮ベルト、短い皮スカートにブーツ。

 キュートなおへそは丸出しでペロペロしていいのか聞きたくなる。

 真っ赤な赤毛は短く切られており動きやすそうだ。

 年齢は10代後半だろうか? 俺達より年齢は下だろう。

 少しつり目がちな目が勝気に見えるが全体的に人懐っこい印象を受ける。

 瞳の色が赤いな。

 それにしても胸当ての上からでもわかる。この子はそれなりに巨乳だ。

 よつばよりは確実にある。


 動きやすさを重視した格好はゲームで言うところのまさにシーフ、といった感じではあるが、お胸は少し邪魔そうだ。

 よつばに分けてあげて。


 もう一人、でかい斧を振り下ろした大柄な男は角狼の角を短剣で切り落としていた。


 身長が2メートルはありそうなこの男は、頑丈そうな鉄製に見える鎧を身に着けているが、肩は丸出しだ。

 肩が動きやすいように? かとも思うが単純にサイズの問題ではないだろうか。とにかくでかい。

 下半身も鉄製の防具をそれぞれパーツ別に太もも、ブーツと身に着けている。

 短く刈り込まれている髪の色は茶色だ。

 年齢は俺よりも上に見えるな、30代に見える。


「いや…… ここは…… どこですか? 」


「……… は?」


 沈黙の時間が流れる。


 赤毛の女は沈黙に耐え切れなかったのか


「ここはエアロの街から南の森。そんな恰好で…… ここで何やってるの? 」


 近くに街があるのかな? 本当によかった。

 というか、エアロの街ってどこの国だ?

 日本にはないよな?

 よつばも同じことを考えたのだろう。

 俺と目が合う。



「でさ。 お兄さん達話聞いてるー? 」



「あ! すいません!! 実はどうやってここに来たかもわからなくて困ってたんですよ 」


「は? どういうこと? 」


 赤毛の女の子は疑いの目全開でこちらを見ている。


「トイレでおしっこしてたらこの小屋にいて・・・」


 これまでの経緯を話すがいまいち信じてもらえてない。

 俺だって信じられない。

 酒飲んで座りションしてたら何も持たずにここにいたよ、なんて話信じるほうが異常だ。

 そもそもここが外国ならなぜ言葉が通じるのかもわからない。

 日本語で話してるんだが……


「まぁ信じられないけど困っているのはわかったよ。私たちも今から街に戻るところだけど一緒にいく? 」


「「ぜひ!!! 」」 


 よつばと一緒に食い気味に飛びつく。


「貸しにしておくからね。後で何か返してよ? 」


「よつばにできることなら……」


「なんで私を売るんですか!? 先輩払ってくださいよ!! 」


 よつばは怒っている。やっぱり女の子の日か?



「あなたはよつばさんって言うのね。私は【アンドラ】。こっちのでかいのは【ラッシュ】。こいつはぜんぜんしゃべらないけどそういうやつなんだ。気にしないで」


 ラッシュさんは軽く手をあげて応えてくれる。


 この赤毛はアンドラちゃんで、大男はラッシュさんか。


「私は花岡陽介です。 こいつは」


 自分で名乗れ! との意味を込めて目で合図を送る


「よつばです! 小春よつばっていいます! 」


 街にいけることが嬉しいのかよつばのテンションは上がりまくりだ。

 


「ん? はなおか? こはる? ファミリーネーム持ち? 貴族だったの? 」 


「え?」


 どうやら話を聞いてみると、この場所では名前以外に姓を持つことは少ないらしい。

 持っているのは貴族とか王族、身分の高いものが姓を名乗ることがあるとの事。

 

「街まではどれくらいかかるんですか?」


「ここから一時間半くらいかな?」


 徒歩で1時間も歩くとだいた五キロ~六キロくらいって聞いたことがある。

 すると八キロくらい先にあるのか。

 これは案内がないとたどり着けそうにないな。

 この二人に会えたのはとても幸運だった。


 そんな話をしているうちにラッシュさんが解体を終えたようだ。

 アンドラもそれに気づいたのか、全員に目配せをすると


「よし、それじゃあ目指すはエアロ! 人手が増えたし、途中で薬草摘みながら戻るよ! 」


 アンドラの掛け声と共に俺達は歩きだした。


 街までの道中、所々【薬草】といわれる草を積むことができた。

 この薬草はとても不思議な物で、そのまますり潰して飲むだけで軽度の痛み止め、解毒作用、傷口に塗れば止血もできるとても有用なものらしい。

 アンドラはとても目ざとく薬草を見つけることができる。

 その辺の草との違いは確かにあるのだが、よく見なければわからないほどの違いだ。


「陽介、ほらそこ、あそこも! 」 


 アンドラに出される指示に素直にしたがって薬草を集めていく。


 しかし………


 もうスーツのポケットは薬草でパンパンのパンだ。

 染みになってんじゃないのこれ……

 クリーニングだなこれは。

 よつばもすでにポケットはいっぱいなのか、両手に薬草を鷲掴みしている。


「けっこう取れたね、街についたら売れるから、そっから貸しを返してね! 」


 そういうことか……


 まったく金を持っていない俺達に配慮してくれているんだろう。

 どれくらいの金を要求されるかはわからないが、まさか全部は取らないだろう。

 全部よこせ! とか言い出したらせめて乳を揉ませてもらう交渉をしよう。


 まぁなかなか優しいところあるじゃないか。

 乳だけの女じゃない。


「いろいろと聞きたいことがあるんだけど…… 」


「ん? なんだい? 」


 俺は気になっていたことを色々質問した。

 それにしても質問をする度に貸し一、貸し二、とどんどん借りが増えてしまったが情報はどうしても必要だ。

 もはや借りは二十くらいになっているし、アンドラもどうせ忘れてるだろ。

 もし忘れてなかったら身体で返そう。


 アンドラの話をまとめると


 あの小屋は休憩スポットらしい。

 昔は使う人も多かったようだが最近では森の生態系が変わりあまり使う人はいなくなったらしい。

 今回はあの角狼の角を集めにラッシュさんと一緒に来たようだ。


 日本のことを聞いてみるも、日本と呼ばれる国は聞いたことがない。


 携帯電話、車、飛行機、バイク、といったような日本社会では普通にあるものが名前すら聞いたことがない。


 どうやらここは俺達の住んでいた地球、日本ではなさそうだ。


 そして極めつけが。



【魔力】という力があるらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る