延長戦 第04戦:牡丹と紅葉~乙女心と卵焼き(後編)

「くそう、アイツ等。いらないって言ったのに」



 どうするんだよと、半ば苛立たしげに。牡丹は机の上に置かれているカップケーキを無理矢理鞄へと詰め込ませる。しかし、上手く入り切らず。その内のいくつかは、ぴょこんと頭を覗かせている。


 それでもどうにかバランスを保ち、収まったそれらに漸く安堵の息を漏らし。



「ったく、こんなに食べ切れるかよ。しかも、カップケーキだけ」


「だったら、捨てちゃえばいいだろう」


「それは、なんていうか。捨てるのは罪悪感があるし……」


「でもさー、牡丹の兄さん達だって、そういうの相当もらっていただろう? バレンタインだって、みんなして大荷物だったしさ。あれって、どうしているんだ?」


「ウチでは全部ちゃんと食べているよ。道松兄さんは絶対に手を付けないけど、その代わり菖蒲と芒が食べるだろう。梅吉兄さんは、『たとえ腹を壊すと分かっていても、女の子からもらった物は何が何でも絶対に食べるのが男としての義務だ』って信条の持ち主だし、桜文兄さんも大食いだから、あっという間に食べちゃうし。

 とにかく藤助兄さんがうるさいんだよ、食べ物を粗末にするなって」


「ああ」



 その様子をありありと想像することができ、竹郎は納得顔で頷いて見せる。


 鞄から飛び出しているカップケーキに、もう一度、湿った息を吐き出させている牡丹を横目に。



「なあ、牡丹」


「なんだよ」


「甲斐さんのこと、本当の所、どう思っているんだよ?」


「え……。なっ、なんだよ、急に……!」



 牡丹は素っ頓狂な音を上げさせ。



「どうしたんだよ、お前まで。アイツ等といい、どうして周りから、ごちゃごちゃ言われないとならないんだよ。関係ないだろう」


「仕方ないだろう。お前と甲斐さんの二人だけが生きている訳じゃないんだから。お前にとってはたとえ関係なくても、周りはそうは思わないんだよ」


「そんなこと。

 ……言われなくても、分かっているよ」


「本当か? 男はいいよ、そんなに被害ないから。こういう時、大抵は女の方に向くからな」


「え……? それってどういう……」



 意味なんだと、最後まで言い切る前に。先手とばかり、竹郎は牡丹の言葉を遮り。



「甲斐さん、色々言われているみたいだぞ。あることないこと関係なくな」


「あることないことって……」


「そうだなあ。例えば、今ではすっかり恒例になっている、お前と甲斐さんの昼休みデート。あれだって甲斐さんが泣き落としてお前が断り切れなかったから、無理して付き合ってやっているって、でたらめな噂が流れているぞ」


「でっ、デートって……。だから、あれはデートなんかじゃない! ただ一緒に弁当を食べているだけだろう」


「だから、お前にとってはそうかもしれないけど、周りはそんな風には思っていないんだって。お前と甲斐さんはクラス所か学年も違うのに、わざわざ落ち合って食べているだろう。その上、甲斐さんの手作り弁当だってあるしさ」


「あれは、最近、弁当一つだと食べ足りないって話をしたら、紅葉が俺の分まで作って来てくれるようになっただけだし」



 ああ言えばこう返す牡丹に対し、竹郎は呆れ顔を浮かばせ。



「甲斐さんの為にも、いい加減、ちゃんと答え出してやれよ」



(そんなこと、言われたって……。)



 呆然と、吸い込まれそうなほど青々とした空を見上げ。またしても牡丹の口先からは、湿った息ばかりが漏れる。


 ゆらりと、青一色に染まっている瞳を揺らし。



(紅葉のこと嫌いじゃないし、素直で可愛いと思う。でも、そういう好きかと訊かれれば、やっぱりまだよく分からなくて。それに、あの日から大分日が経っちゃって、なんだか今更だしなあ。紅葉も特に何も言って来ないし、今のままが一番心地良いと思うし。

 第一、『好き』なんて。そんな恥ずかしいこと、言える訳が……。)



 瞬間、ぶるりと体中に悪寒が迸り。



「絶対に無理――っ!!」



 考えただけでもぞっとすると、牡丹は思わず叫んでしまう。


 乱れた息を整え、ポケットを漁ってスマホを取り出し時間を確認するが。



「それにしても。紅葉、遅いな。いつもならとっくに来ている時間なのに」



 一寸考えてから、牡丹はベンチから立ち上がり。辺りを適当に歩き回っていると、校舎の片隅に人影を見つける。


 そちらに向かって歩いて行くと、その中にお目当ての姿を見つけるが。尋常ではない雰囲気に嫌な予感を覚え、牡丹は引き続き足早に近付いて行く。


 けれど、そこまで到達する前に。身を縮み込ませていた一人が地面へと崩れ落ち。



「紅葉!?

 あっ。おい、お前等……!」



 女生徒達は近寄っていた牡丹に気が付くと、慌ててその場から逃げ出して行く。


 そんな彼女達の後を追い掛けようか迷ったものの、牡丹は一人置き去りにされた方へと駆け寄り。



「おい、紅葉。大丈夫か?」


「はい、私は……」



 紅葉は顔を上げさせるが、刹那、その瞳は一際大きく見開いていき。



「あ……、お弁当……」



 近くの地面に、ぽつんとピンク色を基調としたお弁当袋が転がっており。紅葉は、そっと拾い上げるも。



「これでは食べられませんね」



 へらりと弱々しい笑みを浮かばせる紅葉に、

「これくらい平気だよ」



 そう言って牡丹は彼女の手から袋を取り上げ、弁当箱を取り出して蓋を開けるが、瞬間、彼の目は点になる。


 中は、想像していた以上にぐちゃぐちゃで。しっちゃかめっちゃか、どのおかずも本来の場所から飛び出している。思わず引き攣ってしまった頬の端を、牡丹はどうにか解しながらも箸を伸ばし。


 ぱくんと、摘み上げた卵焼きを口に含み。



「あの、無理しないで下さい」


「ううん、大丈夫。ちょっと味が混ざっちゃっているけど、いつも通り美味しいし」



 不安げな瞳を揺らし続ける紅葉を他所に、牡丹は引き続き他のおかずも食べていくが、急にぴたりと箸を止め。



「なあ、紅葉。さっきのことだけど……。

 アイツ等に何か言われたのか? 紅葉、突き飛ばされていただろう」


「えっと、はい……。付き合ってもいないのに、牡丹さんの彼女面するなって。そう言われちゃいました」



 紅葉は一瞬跋の悪そうな表情を浮かばせるが、けれど、直ぐにもへらりと弱々しい笑みを取り繕う。


 そんな彼女の様子に、反対に牡丹は顔を曇らせ。



「今度会ったら、俺からアイツ等に言っておくから。あんなこと、もうするなって」


「そんな、いいですよ。私も。私も、あの子達の気持が分かりますから……」


「え? えっと、分かるって……」


「私も、もし私みたいな子が他にいたら。嫌だなって、そう思うから。だから、あの子達の気持が分かるんです」



「女の子って、怖いですよね」と。紅葉は変わらず、薄らと笑みを浮かべさせる。


 牡丹はそれを、ちらりと横目で眺め。



「でも、紅葉はしないじゃん」


「え……」


「たとえそう思っていても、紅葉はそういうこと絶対にしないじゃん。するのとしないのとでは大違いだよ」


「そう、ですか……?」


「うん、そうだよ」



 そう返すと、牡丹はひょいと卵焼きを摘み。よく噛んでから、ごくんと喉を鳴らして呑み込ませる。


 再び、箸を止めさせて。



「あのさ、紅葉。その……、俺、えっと、だから、さ……、」



「だから」ともう一度、牡丹は言い直すも。結局は、ぐるぐると反復させるばかりで。


 自身が一番じれったく思うも、その先にはなかなか進めず。何度同じフレーズを繰り返したことか。ちらりと紅葉の顔色を窺うと、彼女はきょとんと目を丸くさせており。


 けれど、瞳同士がぴたりと重なると、紅葉はふわりと柔らかく微笑んで見せ。花咲くようなその表情を前に、牡丹は自然と頬に集まる熱を処理することも忘れ。ゆっくりと、口角を上げさせていき。



「卵焼き……」


「え?」


「紅葉の作った卵焼き。今まで食べた中で、一番美味しいと思うから。だから。

 紅葉さえよければ、これからも、その……」



 最後の方は尻窄みで、はっきりとは聞き取れなかったものの。紅葉の瞳は、燦爛と瞬いており。


 その光を辺りに散りばめながら、彼女は身を乗り出させ。「はい!」と一言、力強く答えた。

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