第170戦:雲井の秋ぞ なほも恋しき

 部活がある為、学校へと行っていた牡丹だが、しかし。帰って来るなり、ぐったりとした面持ちでそのままソファへと寝転がる。


 そんな彼の不審な様子に、藤助は心配げな瞳を揺らし。



「大丈夫? 大分疲れているみたいだけど、何かあったの?」


「それが、学校に行ったらクラスの奴等が待ち構えていて。菊のことや定光のことを根掘り葉掘り聞かれて、部活所ではなかったんですよ」


「ああ」



 そういうことかと、簡単に納得でき。同じような立場に置かれていた藤助は、薄らとだが同情を寄せる。


 牡丹は、相変わらず気怠そうに声を絞り出し。



「部活よりも、そっちの対応に疲れましたよ。とにかく、みんなしつこくて。菊は本当に結婚するのかとか、式はいつ挙げるんだとか。俺の方が知りたいですよ」


「ははっ、それは災難だったね。

 あっ、そう、そう。萩くんが心配してくれていたよ」


「えー、萩がー? アイツが俺の心配なんてする訳ないじゃないですか」



 胡散臭げな顔をさせる牡丹に、藤助はくすりと笑みを漏らし。



「揃いも揃って、素直じゃないんだから」


「そんなこと。ていうか、兄さんはどこで萩と会ったんですか?」


「どこって、バイト先だよ」


「バイト先? ああ。アイツ、兄さんと同じ喫茶店でバイトをしていたんだっけ。すっかり忘れていたや」


「そう言えば萩くん、病み上がりなのか、随分疲れていたみたいだったな。まだちゃんと風邪が治っていないのかも。時間があれば、様子を見に行ってあげれば?」



 藤助がそう提案するも、牡丹は面倒そうに。



「菊のことだけでも精一杯なのに、アイツの面倒まで見ていられませんよ」



 むすうと口先を尖らせる弟に、本当に仕方がないと。藤助は乾いた息を吐き出させる。


 そんな兄の生温かい目を、牡丹は避けると菖蒲へと視線を向け。



「所で、菖蒲。何か収穫はあったか?」


「そうですね。元々朱雀家は金融業を中心に運営していたようで、定光の父親でもある景梧氏が彼の代だけで没落寸前だった朱雀家を立て直させ。且つ鳳凰家に婿入りしたことによってその地位を絶対的なものへと確立させたと、天羽さんから聞いた通りで。そして、定光も芸能活動をしている傍ら、いくつか子会社の運営も任されていたようです。

 あの緊急会見以降、続報はまだ発表されてはおらず。残念ながら、これといった目新しい情報は……」



 淡々と、菖蒲から報告を受けるも。一番知りたいことは、結局分からずじまいで。


 その上。



「定光の奴、芸能活動だけじゃなく、会社の運営までやっていたなんて」



 なんだかすごい相手を敵に回してしまったと、牡丹は今更ながら実感が湧き始め。


 本当にどうにかできるのだろうかと、不安ばかりが募っていった。






✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






 それから、数日が経過するものの。特に発展は見られず――……。


 けれど、ホテル生活にも大分慣れ。夕食後、部屋で寛いでいた牡丹等だが、藤助がふと時計を眺め。



「あれ、牡丹。見たい番組があるんじゃなかったっけ?」


「あっ、そうでした。『必殺遊び人・年忘れスペシャル』があるんだった」



 もう少しで見逃してしまう所だったと、兄に感謝する傍ら彼はテレビの電源を付け。チャンネルを合わせると、丁度オープニングが始まったばかりであり。


 そわそわと己の意思とは無関係に自然と肩を小刻みに揺らしていた牡丹だが、彼の目の前でいきなりぱっと画面が切り替わってしまい。



「へ……? あれ、なにこれ。えっと、緊急特番って……」



 あまりの脈絡のなさに呆然とすることしかできない牡丹の後ろから、ひょいと藤助達も画面を覗き込む。覗き込むなり、彼等は揃って目を瞠らせ。



「定光が、動き出した――……」



 画面のテロップと映し出された人物に、彼等は口を堅く結ばせ。ただ流れ続ける映像に見入る。


 ある程度状況が呑み込めると、漸く牡丹が口を開かせ。



「やっぱりアイツ、自分の誕生日に入籍する気なんだ」


「挙式の後に入籍だと? 随分と悠長に構えているな。俺達も随分と舐められたもんだ」


「明日なんて、いくらなんでも急過ぎるよ! しかも、式に俺達を招待してくれないなんて」


「端から期待はしていませんでしたが」



 引き続きテレビの画面を見続けるが、それ以上の情報を得ることはできず。その場には、鬱蒼とした空気が流れ出す。


 けれど、それを引き裂くよう、突如間の抜けた声が響き渡り。



「たっだいまー! いやあ、さすがに疲れたなあ。これ、東京土産だぞー……って、おい、おい。なんだよ、この辛気臭い雰囲気は」


「梅吉――!?」



 部屋に入って来るなり能天気にもソファへと座り込む梅吉に、藤助は食い付き。



「こんな大事な時に、今までどこに行っていたんだよ!」


「どこって、情報収集だよ、情報収集」


「情報収集だって?」


「ああ」



 ほれと、梅吉がA4サイズほどの封筒をテーブルの上に投げ置くと、藤助は早速中身を取り出し。



「これってもしかして、菊と定光の挙式会場のパンフレット……!? それに、会場の見取り図まで。こんな情報、一体どうやって……」


「残念ながら、それは教えられないねえ。企業秘密だからな。

 いやあ、身体を張った甲斐があったよ」



 梅吉は、けらけらと得意気に笑い出し。その面を残したまま、彼はゆっくりと口を開かせていき。



「時間がないんだ。早速作戦会議といこうぜ」






 暗転。






「あのう、作戦会議が無事に終わったからいいとして。だけど……」



 キンキンと直接鼓膜を震わせる突き抜けた声に、牡丹はむすりと顔を歪ませ。それから、薄らと眉間に皺を寄せていき。



「どうしていきなりカラオケなんか始めるんですか?」



 丁度曲を歌い終え、遣り切った様子の次男に。牡丹のみならず、他の兄弟達も呆れ顔を浮かばせており。



「いいだろう、テンション上がるんだから。なんせ明日は決戦だからな。今から気合いを入れておかないとだろう。

 それにしても、カラオケ機材をレンタルできるなんて。さすが豊島家様様だなあ。せっかくなんだ。藤助も歌えよ」


「えー。俺はいいよ」


「なんだよ、揃いも揃ってノリが悪いなあ。さっきから俺しか歌っていないじゃないか。明日は何が起こるか分からないんだ、今の内にストレス発散しておけよ」



 梅吉に、ぐいとマイクを押し付けられ。



「それじゃあ、一曲だけ……」



 渋々ながら、藤助はマイクを受け取ると握り締める。


 が。



「部屋と●シャツとわたしー、愛するあなたのためー、毎日、磨いてーいたいからー」


「おい、おい。なんだよ、この選曲は……」


「藤助兄さん、こういう曲を歌うんですね」



 なんだかどよどよとした空気が流れてしまっている中、彼は突然歌うのを止め。



「天羽さんの……、天羽さんの、ばかーっ!! ばか、ばか、ばか! 最後の最後であんなことを言うなんて、そんなの狡いっ……!」



 そう叫ぶや歌の途中であるにも関わらず、藤助はマイクを放り投げ。声を上げてテーブルの上へと突っ伏す。


 そんな弟の様子に、道松は一つ乾いた息を吐き出し。



「おい、梅吉。泣かせてどうする?」


「なんで俺の所為になるんだよ。どう考えても、じいさんの所為だろうが。

 それに、失恋ソングと言えば、『木綿のハンカ●ーフ』だろう!

 俺が男パートを歌うから、牡丹は女パート担当な」


「えっ!? その曲、知らないんですけど」


「はあ? なんで知らないんだよ。昭和のヒットソングだぞ」


「昭和って、俺、まだ生まれていませんよ。兄さんだってそうじゃないですか。どうして知っているんですか?」


「あのな、牡丹。名曲っていうのは、いつの時代でも通用するから名曲なんだよ。

 デュエット曲なのに、一人で歌うのもなあ」



 ぶつぶつと愚痴を溢し、口を尖らせる梅吉に。横からひょいと菖蒲が手を挙げ。



「兄さん。僕でよければ、お相手しましょうか?」


「えっ。菖蒲が歌うの? ていうか、菖蒲は知っているのか?」


「はい。勿論知っていますよ」



 さらりと返す彼に意表を突かれる牡丹だが、しかし。曲が流れ出すと、その口はますます大きく開かれていく。


 歌が終わり、ぱちぱちと拍手の音が鳴り響く傍ら。



「バッチリだったぜ、菖蒲!」



 梅吉が褒めると、菖蒲は、

「恐縮です」

と、軽く頭を下げた。



「さてと。お次はどうするかなー」


「おい、夜も遅いんだ。いい加減、お開きにして寝ろ。明日は朝も早いんだぞ」


「なんだよ、せっかく盛り上がって来た所なのに。仕方がねえなあ。

 そんじゃあ、最後に一曲だけ。可愛い妹の為と言ったら、やっぱりこれだろう」



 梅吉は、ゆっくりと息を吸い込むと吐き出させ。それからにたりと、隙間から白い歯を覗かせていき。



「想い出がいっぱい――!」

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