こいこい一本勝負! 第10戦:萩と竹~ヒロインのすゝめ

 かちりと、壁に掛けられている時計の針が動き。日付が変わるも、外の世界は相変わらず悪天候な中。竹郎は、乾いた息を吐き出させ。



「あーあ。この上には、天正菊がいるというに。どうして男二人で、幼女向けのアニメなんて」



「観ないといけないんだよ」と、天井を見上げながら。文句臭く後を続けさせる。


 そんな不満気な声を、萩はさらりと躱し。



「それはこっちの台詞だ。牡丹の妹が紅葉さんを連れて行きさえしなければ、今頃俺だって彼女と素敵な一夜を過ごせたと言うにっ……!」


「前から思っていたけど、お前って結構な自信家だよな」



 果たして、その自信は一体どこから来るのだろうかと。竹郎は、すっかり妄想に耽っている萩を横目に眺める。


 未だ萩の中で現実とは程遠い空想が繰り広げられているのにも構わず、竹郎はまた口を開き。



「所でさ。足利は甲斐さんのどこがそんなに好きなんだよ?」


「なんだよ、急に。唐突だなあ」


「いや、甲斐さんは可愛いし、素直で良い子だとは思うけど……」


「けど、なんだよ?」


「けど、胸がなあ……」


「はあ?」


「俺としては、もう少しボリュームのある子の方が好みだからさ」



 竹郎がそう述べてから、数秒の間を置き。


 刹那、萩は彼の襟元を、小刻みに震えている手で思いっきり掴み上げ。



「てめえっ! 紅葉さんのことを、紅葉さんのことを、そんないやらしい目で……!」


「おっ、おい。ちょっと待った! いや、だって。やっぱりそこは、重要じゃないか。

 それじゃあ、お前はどうなんだよ? 実はお前だって、できたらもう少し大きければー……なんて思っているんじゃないか?」



 萩は一寸考え込むも、ゆっくりと口を開いていき。



「……小振りの方が可愛いだろう」


「へえ、ほう」


「なっ、なんだよ、その目は」


「いや、別に。足利は貧乳派だったのかと思って」



 納得顏を浮かばせる竹郎に、萩は薄っすらと頬を赤く染めたまま。何故か開き直り。



「なんだよ。大きければいいってもんじゃないだろうが。それに、大きいと品がなさそうというか、着物だって似合わないじゃないか。やはり女は、謙虚さがなければな」


「確かに大きければいいって話ではないけどさ。でも、俺としては、やっぱりそれなりにはあった方がいいと思う訳よ。楽しみも広がるしさ」


「なにを。小さい方が可愛いだろうが」


「いやあ、できれば大きいに越したことは……」



 こうして二人の夜はくだらない肴を摘みに、次第に更けていき――……。






✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






 日は移り、とある日の学校にて。


 牡丹は紙袋を手に携え。



「おい、本郷。これ、借りていたDVD。悪かったな、ずっと借りっ放しで」


「いえいえー、そんな。それで、どうだった?」


「どうだったって?」


「だから、感想よ、感想。ウエディング・ベリー、面白かったでしょう?」



 にっこりと満面の笑みを浮かばせる宮夜に、牡丹は罪悪感を覚え。彼女から、ふいと視線を逸らさせて。



「あー……、うん。実は、その……」


「まさか。……もしかして、観てないの?」



 やはり、予想通り。先程までの明るい声とは裏腹、本郷は酷く声を低め。じとりと目を細めさせる。


 そんな眼に捉えられた牡丹は、喉奥を詰まらせながらも傍にいた竹郎と萩を咄嗟に指差し。



「でも、俺の代わりに竹郎と萩は観たぞ」


「えっ……。そうなの?」


「おい、牡丹。何を言い出すんだよ」


「だって、本当のことだろう? しかも、徹夜して一日で観たって言っていたじゃないか」


「本当!? それで、どうだった、どうだった?」


「どうだったって、訊かれても……。観たと言っても、暇潰しにだし。なあ、足利」


「ああ。ちゃんとは観ていないからな」



 二人は揃って口籠るも、一方の宮夜の態度は変わらず。ぐいぐいと、ますます彼等へと詰め寄っていき。



「またまた、そんなあ。恥ずかしがらなくてもいいのに」


「いや。別にそういう訳ではなくて」


「もう、素直じゃないわねえ。ベリーちゃん、とっても可愛かったでしょう?」



 そう彼女が口にした瞬間、しどろもどろな態度であった二人の動きはぴたりと止まり――。一瞬下を向くが、直ぐにもふっと顔を上げさせ。



「……はあ? 何を言っているんだ。ベリーよりライチちゃんの方が可愛いだろうが」


「おい、足利。だから、一番は敵の幹部のミュールちゃんだってば」



 三つ巴、勃発――。


 思わぬ非難の声に、宮夜は笑みを取り繕いながらも敵である二人へとならい。



「えー。確かにその二人も可愛いけど、でも、ベリーちゃんが一番可愛いわよ。ベリーちゃんこそ、正ヒロインの鑑よ」


「いいや、断然ライチちゃんだろうが。清楚で大和撫子な彼女の方が、可愛いに決まっている。それに、コスチュームの白無垢もポイントが高いな」


「俺はやっぱりミュールちゃん一択だな。あのツンツンとした、素直になれない所が可愛いよなあ。それに、なによりスタイルが一番良いしさ」


「お前等、なんだかんだ言って、しっかり観ているんじゃないか」



 そう横槍を入れる牡丹の声さえ、最早二人の耳には届いておらず。それぞれの押しキャラを援護する声が、次々と上げられていく。


 結局、三人のヒロイン論争は、呆れ顔を浮かばせた牡丹に見守られながら。始業を告げるチャイムの音が鳴るまで、延々と続いたという。

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