第095戦:置ける秋萩 見えつつもとな

 そんなこんなで、いつの間にか天正家には次々と人が集まり。


 未だ停電中の為、懐中電灯を真ん中に囲むようソファに座り込んでいた彼等だが。不意に萩が腹を擦りながら。



「それにしても、腹が減ったな。何か食べる物はないのか?」


「お前はさっきから図々しいな。一応、あるにはあるけど……」



 歯切れ悪くそう告げると、牡丹はどんとテーブルの上に何やら――カップ麺を一個置く。



「なんだよ。もしかして、これしかないのか?」


「仕方ないだろう。藤助兄さん、買い物に出掛けて、そのまま帰れなくなっちゃったんだから」


「だからって、カップラーメンが一個だけなんて……」



 ひょいと貴重な食料を手に持ち。くるくると眺め回す萩に、牡丹はむすりと眉間に皺を寄せさせ。



「レトルト食品は値が張るからって、藤助兄さん、あまり買って来ないんだよ。そういうお前の家には何かないのかよ?」


「……丁度切らした所だったんだよ」


「なんだよ。お前だって人のこと言えないじゃないか」



 くすりと口元を緩ませる牡丹に、今度は萩が顔を顰めさせるが、その間に竹郎が割り入り。



「まあ、まあ。ないものは仕方ないだろう。これをみんなで分けるとしよう」


「分けるって、カップ麺一個を五等分って……」



 彼等は同時に問題のカップ麺を見つめると息を揃え、ずんと暗い影を落とす。


 誰もが意気消沈している中、ガチャリと外側から扉が開き。



「あの、お風呂ありがとうございました」



 すっかり身体も温まったのか、頬をほんのりと紅潮させた紅葉が姿を見せる。


 彼女は少し照れ臭そうに、そのまま菊の隣に座り。



「みなさん、どうかしたんですか? なんだか浮かない顔をして」


「それが、食べ物がこれしかなくてさ」


「これしかって……」



 牡丹に促されるよう、たった一つのカップ麺を眺め。へらりと苦笑いを浮かべさせる紅葉を見るや否や、萩はさっとそれを彼女の前へと差し出し。



「紅葉さん、どうぞ」


「えっ。でも……」


「なに、俺達なら大丈夫ですから。気にしないで下さい」



 萩は紅葉の手に、半ば無理矢理カップ麺を握らせようとするも。



「いえ。やっぱりみんなで分けましょう」



 そう提案する紅葉に、彼はぱあっと頬を赤らめさせる。



(さすが紅葉さん、なんて天使みたいな人なんだ。可憐なだけでなく、こんなにも優しいなんて。

 それに比べて……。)



 萩は、ちらりと菊の方を眺め。



「いいのよ、紅葉。コイツ等のことなんて気にしなくても。くれるって言うんだし、二人で分けよう」


「でも……」


「先輩達は、いらないんですよね?」



 菊の有無を言わせないとばかりの瞳に見つめ……、いや、睨み付けられ。そんな彼女に、誰一人として一言たりとも言い返せる訳がなく。


 三人は、彼女達の食事をしている様子を羨ましげに見つめながら。



「おい、萩。どうしてくれるんだよ。お前の所為で、菊に全部取られちゃったじゃないか」


「うるせえな。お前の妹が欲張りなのがいけないんだろうが」


「なんだよ。元はと言えば、お前が紅葉に全部やるとか言い出すからだろう」



 痛い所を指摘され、萩はそのまま口籠るしか他にはなく。


 そんな中、箸が置かれる音が鳴り。



「ごちそうさまでした。あの、本当に大丈夫ですか? みなさん、お腹は……」


「大丈夫ですよ。紅葉さんが気に病む必要などありません」


「本当ですか?」


「紅葉ってば。先輩の言う通り、いつまで気にしているのよ。それより、食べ終わったんだから早く私の部屋に行こう」


「えっ。でも……」


「私の部屋、鍵が掛けられるから。こんな暗い中、コイツ等と一緒にいると危ないわよ」



 菊は牡丹等を睨み付けながらそう告げると、懐中電灯を手に取り。紅葉を連れてリビングを出て行く。


 残された三人は、そんな二人の背中を見送るも。



(くそうっ、せっかく紅葉さんと一緒にいられると思ったのに……!)



 あの女はどこまで邪魔をするんだと、萩は悔しげに。力任せに拳を強く握り締める。


 その横で、竹郎はスマホのライトを提供しながら。



「ははっ、酷い言われようだな。相変わらず天正菊は、言うことがきついな。

 けど、暇だよなあ。いざ電気が使えなくなると、色々と困るもんだな。如何に人間が電気に依存しているか、思い知らされるよ。

 外も一向に天候が良くならないし、本当に困ったもんだ」



 ソファの上で、ごろごろと。電気の早期回復を祈りながらも、時間を無駄に潰すしかなく。けれど、その願いが叶ったのか否か、急に室内が明るくなり出す。



「おっ、電気が回復したみたいだな。

 牡丹、テレビ、テレビ!」


「分かっているって、ほら。うわあ、どこの局も臨時ニュースだ」



 竹郎に急き立てられながら、牡丹は次々とチャンネルを回していくが、画面の映像はほとんど代わり映えしなく。



「なんだよ。せっかくテレビが点いたのに、どこも台風情報なんて」


「こんな事態だし、しょうがないよ。それじゃあ、ゲームでもするか?」



 そう言うや、牡丹は早速ゲーム機を用意しようとするも。



「ストップ! ゲームは禁止だ」


「えっ、なんでだよ?」


「なんでって、お前達二人は、直ぐに喧嘩に勃発するじゃないか。もっと穏便にいこうぜ。

 そうだ、DVDとかないのか?」


「DVDか。梅吉兄さんならたくさん持っているけど、でも、勝手に部屋の中に入るのはなあ」


「そっか。残念だな……って、なんだ。こんな所にあるじゃないか。

 ええと、タイトルは、『純愛戦士 ウエディング・ベリー』って……」



 首を傾げさせる竹郎に。



「ああ、それか。本郷が貸してくれたというか、押し付けられたというか。コスプレをする以上、少しは知っておけって渡されたんだよ」


「ふうん。それで、面白かったのか?」


「いや、それが……」


「『それが』どうしたんだよ? もしかして、見ていないのか?」


「うん……と言うか、開始五分が限界だった」


「あー……」



 ピンク色を基調としたジャケットのパッケージに、竹郎は牡丹の言い分を容易に理解し。



「まあ、いいや。他にないし、これでいいから見ようぜ」


「えー。本当に見るのかよ? 俺は絶対に見ないからな」


「そんなこと言わずに、もう少し頑張って見ろよ。もしかしたら、お前の恋愛嫌い体質も治るかもしれないしさ」



 牡丹の意見は虚しくも流され。竹郎はケースの蓋を開けディスクを取り出すと、勝手にデッキへと挿入する。


 オープニングが流れ、本編が始まるも。隣で渋々顔を浮かべさせたまま画面を見ていた牡丹のそれは、時間の経過と共に次第に歪んでいき……。


 もう限界だと、彼は半ば叫びながら。くるりと背を向けると耳にイヤホンを差し、コードの先のスマホの画面を弄って、大音量で音楽を聴き始めた。



「なんだよ、まだ始まったばかりじゃないか。こんな幼児向けのアニメの恋愛描写でも駄目だなんて……」



 呆れ顔を浮かばせる竹郎に、萩はしれっとした顔で。



「そんなの、今に始まった話じゃないだろうが」


「そうだけど、でも、いちごちゃんが誠司くんのことが好きだって、視聴者に紹介する下りしかやっていないじゃないか」



 渇いた息を吐き出させると、竹郎は視線を画面に戻し。そちらへと意識を傾ける。


 牡丹を除いた二人は、そのままだらだらと視聴を続けるが、不意に心地良さそうな寝息が耳に入り。



「あれ。牡丹の奴、いつの間にか寝ちゃったな。イヤホンを差したままじゃないか。危ないなあ」


「もう十時過ぎだからな。

 所で、今は何話目だ?」


「十二話目。漸く折り返し地点か」


「なあ、いつまで見続けるんだ?」


「俺、こういうドラマとかアニメって、一話見たら最後まで見ないと気が済まないんだよなー。最終話までちゃんとディスクもあるし」


「つまり、最後まで見るってことか」


「そういうお前はどうなんだよ? さっきから付き合ってくれているけど」


「俺もそういう質なんだよ」



 長い夜になりそうだと、二人は自ずと自覚し。テレビの画面を見続けるが、またしても竹郎が真っ直ぐ前を見つめたまま、ゆっくりと口角を上げていき。



「そういやあ、どうだったんだ?」


「どうだったって、何がだよ?」


「だから、天正菊だよ、天正菊。学祭の時、四六時中一緒にいたじゃないか」



 そう問い掛けるが、いつまで経っても返事はなく。


 竹郎は、ちらりと彼の横顔に視線をずらし。



「なあ、訊いているんだけど?」


「……いや、だって。いきなりなんだよ」


「だって。牡丹がいたら、こういう話はできないだろう?」



 まさに正論とばかり、彼の言い分には簡単にも納得できるが。しかし、その質問に萩は一向に答えようとはせず。



「なんだよ、何かあるだろう? 相手はあの、誰もが羨む天正菊だぞ。散々嫌がっていたが、本当はちょっとくらい思う所があるんじゃないか?」


「そんなこと言われても。牡丹の異母妹以上になんだと言うんだ。それに、あの女には好きな男がいるんだ」


「まあ、そうだけど……って、ん……?」


「しまった。いや、今のは違う……って、あれ」



 二人は一拍の間を置いてから、同時に互いの顔を見合わせて。



「なんで足利が知っているんだよ!?」



「お前こそ、知っていたのか!?」

と、またしても二人は息を揃え。ほぼ同じタイミングで、そう問い掛け合う。


 けれど、双方とも口の端を微弱ながらも震えさせたまま。瞳の奥のその先を、まるで腹を探り合うみたいに。暫くの間、一言も口にすることなく。ただただ互いに見つめ続けた。

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