第4−1話、若き海賊の夢想
<阿良々木仁>
「よし、今日はこの辺にしとくか」
「はい、ありがとうございました」
打ち合わせを終えた仁は、マネージャーと別れ、帰途についていた。中学生になって初応募の作品で賞をとり、そこから勢いに乗って高校入学と同時に小説家としてのデビューを果たした。ペンネームは以前まで使っていた本名から、仁を音読みし、カタカナ表記にした『アララギジン』に変え、そのペンネームで出した初めての作品、『海山道中』は新人賞をとり、一躍有名になった。昔、同級生に読んでもらった原作を、高校生になってリメイクしたこの作品は、ついに単行本出版に至った。
しかし、彼はこの作品に満足はしていなかった。彼の作る本物の物語はこれではないからだ。仲間のテコ入れが必要なら、プロになってもいつまでも誰かに頼りっきりになってしまう。なので、これからは既に出版社に出した後のゲラを、仲間に呼んでもらうようにした。ここまで支えてくれた、せめてもの恩返しとして。
新作の題名は、『若き海賊の夢想』だ。昔にした劇『海賊たちの声』の時の記憶をたどって作り上げた、完全新作だ。これから、編集部にて様々な調整が入るが、自分の作品として書いた、初めての作品だ。幼いころに初めて応募した作品は、若葉と楓と秀人との合作といっても過言ではなかった。もともと作ったストーリーに校正を加えるだけでなく、新たなストーリーを作ったり、新たな登場人物を書いたりして、元の作品とは全く別物になってしまった。それで取った賞は自分の賞じゃない、と自分に何度も言い聞かせて泣きじゃくった夜もあったし、納得できるものが書けるまで不登校になった時期もあった。それを乗り越えての今なら、無駄な時間や苦な時間はなかったと思えた。
今は東京に来ている。故郷とは違った都会の喧騒が、また新しいアイデアを掻き立て、こんな作品が書きたい、というビジョンだけ見えてくる。日々の発見に物語が誕生するのだ。
ポケットに入れたスマートフォンがぶるぶると震えた。電話だ。
「もしもし、仁?」
若葉の声が電話越しに聞こえてきた。
「若葉か。大丈夫や、もう新幹線に乗っとる。大丈夫、明日の朝には着いとるから。こんなに夜遅う起きとると、『お肌が荒れるー』とかまた言わなあかんのとちゃうか」
「大丈夫だって、しっかり電車の中で寝ておいてよね。明日はあの日なんだから」
「分かっとる。任しとき。こういうのにはもう慣れたし」
「うん、じゃあおやすみ」
「おやすみ」
仁は指定席の背もたれに体を預け、ゆっくりと目を閉じ、しっかり降りる駅で起きられることを願って眠りについた。
<福島若葉>
「おやすみ」
彼へかけた電話が切れた。時計を見ると、もう夜に十時だった。もはや大人の一員として働きながら学業も両立している仁は、東京に月に一週間滞在する生活をしている。その一方で私は和哉と共に、あのホールのあった場所の近くでカフェのアルバイトをしている。
私はその立場を利用して、あの事件を境に知り合った姉妹の協力を得て、明日、その作戦を決行する。久しぶりに会う彼の姿はどうなんだろう、なんて思うことはすぐにはできなかった。私たちがあの事件の後、告げられたのは、彼の死だった。死んだ人間が生き返るとも思っていないし、やはりあの時の私たちの行動は間違ってなかったのだと思えた。
逆瀬川隆之介という名俳優の面影がほとんど消えていた男性から放たれた、
「町田君は、本当に力強く生きた。彼はどうしても君たちに会いたいといっていたが、もうここに彼はいない。探すなら探してみなさい。見つかるのならね」という言葉は、当時小学五年生だった私たちの心に、初めて『残酷』という名のくいを打ち込んだ。その時、私たちの仲で初めて、『町田啄木』という人間が消えた。
明日、逆瀬川隆之介の命日、仁の帰ってくる日、大きな舞台の幕が上がる。
<花田楓>
楓は、今日の出来事を振り返っていた。楓にのみ、その作戦は前日に伝えられた。何よりも驚いたのが、彼が本当に生きているということだった。妹の秋奈さんから連絡があり、明日にアトリアルホール跡まで来てほしい、ただそれだけ伝えられた。役者はこれでそろった。そう仁は言っていたらしい。私の心に空いた大穴の中が、密度の大きい何かで満たされていくのを感じた。
「たっくん……」
私は彼の名前をつぶやいた。そして、あの時撮った写真を封筒から取り出そうとしたら、葉っぱが一枚落ちてきた。取ろうとしたら、すぐに粉々になってしまった。
私は、明日行って何をすればいいんだろう。
それを考えるのが、明日に向けての宿題なんだろうけど、さっぱりわからない。でも、彼に話したいことはいくらでもある。中学校で運動系の部活に入ってみたこと。高校受験で第一志望にぎりぎりで落ちたこと。高校で吹奏楽を始めたこと。初めて会ったあの日から、もう何年がたつだろう。私は窓の外に広がる闇を見た。これが光に変わった瞬間、私は昔のように戻れるだろうか。これだけ自分に問い詰めても、答えなんて出ないのにね。
今日も月がきれいだ。
<木村秋奈>
秋奈は明日のことを考えていた。彼は驚くだろうか。みんなが生きているという現実に向き合って、『ジシン』を取り戻せるだろうか。あの日から、私は彼にとても興味を持った。好きという感情とは少し違うのかもしれない。でも、彼女がいると知っていて、かつ、明日にはそのカップルが長年の月日を経て再会するときにデートをするなんて、複雑なことをしたなと思った。私にこんな大役が務まるのだろうか。姉の
私は、『海賊たちの声』を開いた。オリジナルのほうなので、中身は充実していた。読み終わるころには、もう十一時を回っていた。
この読み切った後の虚無感に近い余韻が、そのまま彼ら五年二組にぶつかったのだろう。
私は自分なりに納得をし、本を閉じた。
<南方慶子>
やっと本の整理が終わった図書館司書の南方慶子は、窓から差し込む月光を見上げた。
常に思うことがある。本来この月が昇っていないときは、この世は、真っ暗なのだと。
夢を追いかけながらここのアルバイトを始め、本に触れる機会が多くなった。たしかに、現代の若者の本離れが起こっていると痛感できる。このように本に携わる仕事をしなければ、私は本をこんなに読むことはなかったはずだ。ほんの面白さを誰かと共有したいと思っても、もともと一日数十人しか来ないこの図書館では掃除以外することがなく暇なので、棚にある本を手にとって読んでみる。
今日手に取った本は、『海賊たちの声』と『あなたの手に紅葉載せて』だ。どちらも、彼にかかわる作品だ。
明日、あの子はうまくやるのかしら。
私は、心理学の本を数冊手に取って、図書館のカギを閉め、家に帰った。
当日になって、各々は自分の役を演じていた。しかし、今回は『海賊たちの声』とは違う。各々が演じる役は、自分自身だ。
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