第2話 仲間たちと
その年の学芸会は、僕にとってありのままの最後の劇だった。先生も仲間たちも気を利かせてくれて、俺の好きな作品にしてくれることになった。そして、二五分の圧縮版を、仲間の一人、仁が作ってくれることになった。
小学校入学と同時に関西圏から転校してきた仁は、今でも関西弁バリバリで話す。
「ええねんええねん。仁の字は仁義の仁。気にすんなや。俺らはずっと仲間、やろ?」
「そんなん言われたら泣きそうになるがな」
「うつっとるで」
「あっ、これは失敬、失敬」
俺が選んだ作品は、一番好きな名作、「海賊たちの声」だ。これの冒頭は、まずハリケーンに巻き込まれ、もうサイゴを迎えようとしている海賊のキャプテンの描写から始まる。
そこからさまざまなことを思い出して、悔いを残さず死んでいくという、いかにも男らしいというか、漢の生きざまに心をくすぶられるっていうか。それも、ほかの船員を全員逃がして、
「小舟はもうない。俺は残る、船長として。みんなを死なせたら、俺は死にきれずに亡霊となって、この海をさまよい続けるだろう。さあ、行け!お前たちに、明日の海が待っている!」
という最後に副船長に言ったセリフが、俺の生き方そのものにしたい、と強く思った。
俺がこの作品を提案した時、大賛成の渦にのまれたのは、とてもいい思い出として、記憶に残り続けるだろう。そんな最高の仲間たちと過ごす最後の学校行事、ないがしろにしたくないと、みんなも思っているだろうが、俺は今までのどんな時よりも強く決意した。
きっと、これ以上の決断はないだろう。
そして、仁が俺にいち早く脚本を持ってきてくれた。
「どうやろか」
「いいと思う。キャプテンの勇姿も、姫との出会いも、最後の死も。音楽とか、ナレーターも入れたらうまい感じに見る人を引き込めると思う」
と、グットサインを手で作った。
「ほんま?」
「ほんま、ほんま。おおきに、仁」
「あのなぁ、関西人はエセ関西弁をしゃべられるのが一番嫌いやってこと、知っとるやろ?」
「いやぁ、仁なら許してくれるって思ってたからさ」
「まあ、ええけど」
「そこの二人ー、何見てるのー?」
本好き仲間の一人、若葉がやってきた。
「ああ、今…」
「今俺が持ってきた原作を啄木に見せてるんや。若も見るか?」
「うん、みるみるー」
「はいよ」
突然だが、この二人が付き合ったら面白そうと思ったことがある。というか、そもそも仁は若葉のことが好きなんじゃないかという考察をしている。よく若葉のことを見ているし、何かあったら一番先に若葉に相談しに行っている。でも、以前二人に
「お似合いだな」と言ったら、
「んなわけあるかい!!」と口をそろえて一蹴された。
…そういえば、若葉も意識して仁と同じ言葉を話しているんじゃないか?
この二人は注目してると、やっぱり面白いかも。
そこから脚本の修正が始まった。とはいえ、ほかの学年も空き教室を使っているため、さすがにもう空きはなかった。仕方なく、教室の一角に机の島を作って、水筒片手に話し合うことにした。俺たちの担任の先生も、自分の机でテストの丸付けをしていたので、心おきなく会議を進めることができた。脚本から役決めまで、すべて俺たちに託してくれたのはとてもありがたい。いつも本を何冊も読んでいた放課後の予定は、すべて学芸会のために真っ黒になった。
「そういえば、これって道徳的なことが入ってないよね。はっきり言わないと、小一とかは理解しづらいと思うけどなー」
「でも、キャプテンに言わせるのか?」
「ナレーターに言わせたらよくない?」
「それならええな! じゃあ、その描写は…」
「俺がやる! キャプテンを演じる人には、しっかりやってもらわないとだめだし。その人の能力を引き出せるようにしないと」
俺はみんなにそう言った。みんなは何か意味ありげな目で俺を見た。
「ん? だめか?」
「いや、もちろん。好きに変えてくれ」
そして、考え始めて集中している間にも会議は進んだ。
キャラクターの名前の変更、照明の変更、衣装の追加などがあって、数日かけて会議は終わりを迎えようとしていた。
俺の追加するシナリオが完成したのは、ちょうど最後の時だった。
「どう?」
俺の作った変更文は、言われたところに加えて、主人公のクライマックスシーンも変更した。原作の終焉をがらりと変えてしまったのだが、みんなの顔をうかがってみると、悪い印象でなさそうだった。
「ええ、ええわぁ。なんやろ、嫉妬してしまいそう。こんなエンドがあってもいいもんなんやな。かなりご都合主義やけど」
「でも、このほうが見ている人の心が温かくなるよ。好きになった登場人物が死んでしまった時の悲しみは、私たちだからこそ感じてきた感情でもあるからね。流石!」
「『ブルーシートを使って最後を海の男らしく。』ねぇ。あえてこれで隠すのね」
「やっぱり才能あるよ、啄木は」
「そう? よかったならうれしい」
俺はほっと息をついた。
「よし、終わったー!」
「疲れたー」
「はあぁぁぁ」
みんなは思い思いの疲労の声を漏らした。
先生に提出しに行くと、
「うん、言うことなしだわ。最近のみんなの様子を見てると、私も元気をもらえちゃうから。いずれすごいチームになると思うわ」
と言ってくれた。でも、俺は
「いえ、もう最高のチームです!」と、胸を張って答えた。周りを見ると、みんな同意の笑みを返してくれた。
「よし、じゃあ先生からみんなにご褒美ー!」と、先生は引き出しからチョコレートを出した。
「今日だけ、内緒ね」
「やったー!」
甘いチョコレートは、たまった疲労をすべてこそぎ取ってくれるようだった。
やっぱり、特別な時に、特別な場所で食べるものは格別だ。
「おいしいー。ね? たっくん」
「ああ、そうだな」
いや、特別な仲間と食べるからなのかもしれない。
その明くる日から、俺たちも制作班に合流し、小道具、衣装作成は本格化した。先生の気遣いで、一、二時間目は総合の時間で、朝からぶっ通しで作業ができた。しかも、片付ける必要がなく、放課後も同様に作業ができるのが強みだった。俺と楓は背景班、あとの三人は小道具班に行った。
「ふわぁぁぁ」
「ふふ、たっくん相変わらず朝弱いね」
楓に指を刺されて言われた。
「しゃーないだろ、朝弱いのは。これでも努力はしてるからな」
「昨日何時に寝たの?」
「だいたい十一時」
「おそっ! そんなことしてると、いつか倒れちゃうよ?」
「大丈夫だって。そのあたりの体の管理はできてるって」
「ほんとかなぁ。だって君がいないと学芸会の意味が、なくなっちゃうんだよ?」
「もう、分かった、分かった。今日は九時に寝ますー」
「よろしい」
満面の笑みを浮かべてこっちを見てくるその顔はあの日のあどけなさが残ってはいるものの、やはり大人な雰囲気が出始めていた。
そのあたりを見ると、もう俺は追い抜かされてしまっているのかな、と思ってしまう。
俺は相変わらず、大人を目指し続けている子供で、その目標は相変わらず、目標のまましばらく続くのだろう。
俺は、それが怖い。
たぶん、これから先、ずっと。
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