弐 海賊たちの声
第1話 セツボウ
今日から僕は一年生だ! 新しい靴に、ピッカピカのランドセル。一人で歩く道って、なんてドキドキするものなんだろう! でも、友達がいれば、もっと楽しいんだろうなぁ。校区っていうよくわからないもので、仲の良かった友達はみんな西の小学校に行っちゃった。
「ついたぁ。やっとかぁ」
そんなことを考えていると、やっぱり通学路は楽しくなくなっちゃう。僕はわちゃわちゃしたのはあまり好きじゃないけど、何人かは隣に欲しい。僕は、秘密を作ったり、一緒に話してわくわくしたりする友達を、本当に欲しがっているのだろう。こんなのを、「セツボウ」っていうらしいけど、難しい言葉はよくわからない。こういうのも、いずれわかるのかな。
机、いす、ロッカー、廊下ですれ違う年上のお兄さん、お姉さん。何もかもが大きく見えて、ちょっと自分も大きくなったみたいだ。
でも、その迫力にまだ「アットウ」されている。僕は自分の席に座って本を開いた。僕は父親の影響で、本が好きだ。
「ねぇねぇ」
「ん?」
隣の席の子が話しかけてきた。後ろ髪をポニーテールにまとめている、活発そうな女の子だ。
「君さ、なんか大人みたいだねー」
「えっ、そう?」
大人にいち早くなりたかった僕にとって、大人っぽいっていう言葉ほど、うれしいものはなかった。しかも、自分の好きな本で。
「そうだよ! だっていつも難しい本読んでるし、えーとね、えーとね……」
「僕はそんなんじゃないよ」
「あー! こういうのを照れてるっていうんだよねー!」
「はあぁぁ? 照れてないしー!」
「まぁ、大人っぽいのは本当だよー」
「まだまだだよ。朝だって早く起きれないし」
「へー! あたしなんかね、毎日ね、七時に起きてね、すぐに学校に来るんだよー」
「すごーい! どうやったら早起きできるのー?」
その後も話は続いた。チャイムが鳴って、四時間目が始まる。隣をちらりと見ると、その子の顔はほかの子と同じように見えた。
教室には、鉛筆とチョークのコツコツという音、先生がふざける子を叱る声、紙同士のこすれあう音が混在していた。
それからというもの、僕はその子と一緒に話したり、帰ったりした。運動会の時も、遠足の時も。そして、数人が加わって、放課後よく遊んだりした。それは、一人称が「僕」から「俺」になる、小学五年生になるまでも同じだった。
俺らの共通の話題は、本だった。
「なぁなぁ、やっぱり板尾先生って『煙幕』の鈴木治郎兵衛に似てるよな」
「すごくわかる、あと、『ラスト・ギャング』の遠坂先輩をたしたやつみたいな」
「確かにー!」
「あのさー、今日図書館に『赤坂サカスにて』の十巻が入るらしいよ」
「そうなんだ、じゃあまたじゃんけんだね」
「お前前回も前々回も勝っただろ。今回こそは負けないぞ」
俺は図書の時間が一番好きだった。何でも好きな本を読める時間なんて、楽しすぎて、俺はその時間のある水曜日を楽しみにしていた。俺は、司書さんに顔を覚えられるほど通った。顔パスで本を何冊でも借りられるようになるほどだ。
「借りまーす」
「どうぞー」
これだけで貸し出しのプロセスは終わりだ。
さすがに本好きの仲間でも、そこまでの人はいない。
「ねぇ、たっくん。隣、いい?」
いつも通り、彼女が話しかけてきた。
「もちろん、どうぞー」
「ありがと」
最近、互いに恥ずかしくなっているところがある。年頃の男の子、女の子にはよくある、『思春期』というものだろうか。俺の読む本は挿絵付きのものから、文字が二段に分かれているものになって、ほかのみんなも、海外作品に手を出し始めている。スポーツのできるやつとか、頭のいい奴からは尊敬のまなざしで見られることもある。俺たちは、たぶん大人になりすぎたのだろう。まあ、追い抜くために頑張るよりかは、追いつかれるのを見ながら進むほうが、楽だと思うが。
放課後になっても、俺は図書館に入り浸って、ちゃちゃっと宿題を終わらせてから読書に熱中する。丸テーブルをいつもの五人で囲んで、最終下校の五時まで読み続けることが、毎週水曜日の習慣だった。もちろん、帰りの道も本の話で持ちきりだった。
そして、その知らせは、突然俺に知らされることになった。
「次の春、隣町へ引っ越すことになった。山を越えていかないといけないので、みんなとも簡単に会うことができなくなる。突然でごめん。これから残された数か月、よろしくお願いします」
もう、十一月だった。
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