コーヒー・ブレイク・タイム

前編 びっくりした

「旭、今日は一緒に帰れるぞ」

「そうか、今日は補習がないんだったね。帰ろうか」

 海音かのんと旭は帰路についていた。

「旭、今日の午後空いているか? ちょっと気になる店があって」

「ああ、ごめん。ちょっと今日用事があって」

「わかった。じゃあその店よかったら今度紹介する」

「ちなみにその店ってなんのお店?」

「喫茶店」

「えっ」

 普段あまり露骨なリアクションをしない旭が、目に見えてわかる同様を見せた。

「どうした? 喫茶店がなにかまずかったか?」

「いや……ちなみにそこはどこの喫茶店?」

「俺の最寄りの駅の中にできたやつだけど」

「はぁ……良かったぁ」

「何が良かったんだ?」

「い、いやぁ……特に何も」

「ふうん……じゃあまたな、旭」

 二人は路線が異なるため、駅で分かれることになる。

「じゃあね、海音」



 海音が駅のホームに降りると、見覚えのある人影が黄色い線の内側にいた。

「空?」

 空は名前を呼ばれて飛び上がったかのように驚いて、危うく読んでいた本を落としそうになった。

「か、海音。おどかさないでよ……」

「名前読んだだけなんだけど……帰り一人?」ちょうどその時電車が来て、空いていた二人席に腰を下ろした。

「うん、みんな学校の近くのファミレスでご飯だって」

「そうなんだ。空は行かないのか?」

「お母さんが昼ごはん作って待ってくれてるから。まっすぐ帰らないと」

「そうか。ちなみにそれ何の本?」

「あ、これ? 小説だよ。最近本屋大賞を獲った」

「俺もそんな賞獲れるかな」

「きっと獲れるよ。『好きなものこそ上手なれ』ってね」

「『好きこそものの上手なれ』だよ。前も間違えただろ」

「あ、そっか」

 二人は笑い合ったが、海音は空の目を見て違和感に気づいた。

「空、もしかして眠い?」

「え、い、いや……はい」

「俺が降りるまで寝ていていいよ。起こすから」

「あ、ありがとう」

 すると、空は間髪入れずに眠ってしまった。

(よほど疲れていたんだな。多分復習でもしたんだろうな)

 海音はスマートフォンを触りながら、最寄り駅までの時間を過ごした。



「ごめんくださーい」

「あ、いらっしゃい。もう来たの?」

 由美はエプロンをつけながら言った。

「うん、花田さんは今帰ったところ?」

「そうそう。先生に手伝い頼まれちゃって」

 旭は「失礼しまーす」とカウンター席に置いて、その隣に座った。

「俺もちょっと手伝おうか?」

「いや、大丈夫。倉田くんはお客さんなんだから」

「じゃあお言葉に甘えて」

「はい、コーヒー。あっちは作るのに時間が掛かるから、これで待ってて」

「わかった」

 旭はスティックシュガーを一本入れて飲んだ。

「おいしい。やっぱり何回も来たくなるよ」

「ありがと」

 由美はせっせとりんごを切りながら言った。旭はそれを見て「怪我するよー」と言ったが、「ここまでは昨日何回もしたの」とぶっきらぼうに返されてしまった。

「昨日って?」

「昨日の夜試作品を作ってたんだけど、途中で寝落ちしちゃって。一個焦がしちゃった。ごめん」

「いや、謝られても困るよ。俺のためにやってくれたんだから。後そんなに女子が夜ふかししていたら体に悪いよ?」

(倉田くんは倉田くんなりに気遣ってくれているんだろうけど……)

「男子もそうでしょ?」

「あ、そうか」

「ふふっ……あ、ここからだ」

「ここから?」

「ここから先は初めてなんだ。オーブンで焼き加減を見ながら作らないといけないんだけど……また寝ちゃいそう」

「だったら寝そうになってたら俺が起こすよ。俺じゃ焼き加減はわからないけど、それぐらいだったら手伝える」

「え、じゃあお願い」

 旭は立ち上がり、腕をまくった。

「わかった。カウンター入っていい?」

「え、入ってくるの?」

「大丈夫、ちゃんと手洗うから」

「そういう問題じゃないんだけど……まあいいよ

「じゃあ失礼します……え、この扉、西部劇の世界でしか見ないよ」

 旭はウエスタンドアを見て驚嘆の声を上げた。

「ああ、それね。うちのお母さんの趣味。こういうのがあったほうが雰囲気が出ていいらしい」

「そうなんだ。いいセンスだと思うよ」

「そ。私はそうは思わないけどね」

「って、そんな話してたら焦げちゃうよ?」

「あ、そうだ、見ていないと」

 由美はオーブンの前にしゃがんだ。それにならって旭も隣にしゃがんだ。

「……っ、ちょっと。近いよ」

「え、あああごめん。そんな気は……」

「別にいいよ? 私は。しかも近づかないと見えないでしょ?」

「え、じゃ、じゃあそうさせてもらいます……」

 旭は再び由美に近づいた。

「どうかな……」

(倉田くんは敏感なのか鈍感なのか、全くわからないよぅ……)

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