姉弟二人旅 ――火の大陸の物語――(「ウイルスって何ですか?」外伝)

烏川 ハル

Part 1 異世界転生(弟シンの冒険記)

   

 当時、僕は高校生になったばかりだった。

 普通なら「新生活に胸を躍らせて」なんて心境になるのかもしれないが、幸か不幸か、僕の通っていた学校は中高一貫。クラス替えこそあったものの、クラスの連中は、三年間の中学生活で見知った顔ばかり。友人とは言えずとも「顔だけは見たことある」という奴ばかりだった。

 これでは新鮮さなど何もなく、まるで小三から小四になったような気分だ。

 そして、これは『幸』ではなく『不幸』だと思うのだが、僕の学校は共学ではなく男子校だった。

 中学三年間で、一つ理解したことがある。異性に対するスタンスで言えば、男子校に通う生徒は、二種類に大別できると思う。

 一方は、学校の友人と遊ぶだけでなく、学外で積極的に女子校生と知り合いになるタイプ。もう一方は、わざわざ学外の友人など作ろうとせず、自分の学校の友人とだけ遊ぶタイプ。そして、前者は学校の中でも前者に属する者同士で固まり、後者は後者同士で仲良くする。

 僕は思春期の少年なら当たり前な程度には異性に興味もあったが、内向的な性格だったので、必然的に後者のグループに属していた。友人は、同じ男子校の生徒ばかりだったのだ。

 一応ネットでは女性の友人も出来たりしたが、あくまでも彼女たちは『ネットの中での友人』に過ぎない。そもそも本当に『女性』であるかどうかも怪しいし、それどころか、生きた人間であるという現実感すら乏しかった。いや逆に、そんな現実感の欠如があったからこそ、内向的な僕でも、ネットの中では積極的になれたのかもしれないが……。

 現実に話を戻そう。結局学校では、共学ならば「好きな女の子」の話題で盛り上がるところを、代わりに「好きなアイドル」の話題で盛り上がるという、ある意味、寂しい中学時代だった。これが高校三年間、また続くのだろうと半ば諦めていた。その分、大学生活で青春してやろう、などと考えながら。


 そんな高校生活がスタートしたばかりの四月。四月にしては寒い日に、僕は風邪をひいた。「もう春だから」という油断がいけなかったようで、風邪を拗らせて、入院する羽目になった。

 そして病室のベッドで意識を失って、目が覚めた時には……。


 僕は、狭いテントの中にいた。

 いや狭いといっても、一人用のテントではない。でも狭く感じてしまったのは、すぐ目の前に、もう一人いたからだ。

「シン! よかった、気が付いたのね!」

 そう言って僕に飛びついてきたのは、女子大生くらいの年齢に見える女の人。

 とても良い香りがした。

 ああ、これが若い女の人の匂いなのか。

 それが、彼女に抱きしめられて、最初に僕が知覚したことだった。

 続いて、思った。

 むにゅっとした感触。なんて柔らかいんだろう。ただ体が触れ合っているだけで、僕は幸せに包まれた気分だ、と。

 だが、そうやって彼女の感触を味わっていられたのは、わずかな時間に過ぎなかった。

「シン? シンって誰……?」

 無意識のうちに僕の口から飛び出した、不思議そうな声。それを耳にして、彼女はパッと僕から離れてしまったのだ。

「ああ、そういうこと。これが、意識不明の後にやってくる、記憶喪失ってやつなのね……」

 彼女は悲しそうに呟いた。


 彼女との密着の時間が終わってしまったのは残念だったが、彼女が僕から少し距離をとったことで、改めて僕は彼女を観察することが出来た。

 何よりも目につくのは、その桃色の髪だろう。どう見ても「ありえない」髪色なのに、染めているわけではなく地毛なのだと、見た瞬間なぜか直感できた。

 女性にしては短めだと思うが、結わえるには十分な長さがあり、赤いリボンで右横にまとめている。女性の髪型には詳しくないが、確かサイドポニーというスタイルだ。

 丸みを帯びた美しい顔立ちで、くっきりとした瞳に、すらりとした鼻筋。それらを損ねない程度の、少しだけ肉厚な唇には、まさに色っぽい雰囲気が漂っていた。

 そしてその『色っぽい雰囲気』に合致して、バストは豊か。先ほどの『むにゅっとした感触』の正体が、これだったのだろう。でも全体的には、ぽっちゃりという感じでもなかった。ウエストは細過ぎない程度に細いし、ヒップは太過ぎないくらいに肉がついていたのだ。

 まあ、簡潔に言うなら「魅力的な女性!」ってことだ。そして、その評価は、僕の視線や表情に出ていたらしい。

 彼女は笑いながら、

「うふふ。そうやって他人を見るような目を向けられるのも、ちょっと新鮮な気分ね」

 しかし、すぐに真剣な顔になって、

「まあ、そんな場合じゃないわね。シン、よく聞きなさい。あなたは……」

 

 そして彼女は説明し始めた。

 まず、僕の名前はシン・ド・ビス。姉のルベラ・ルビと二人で、この北の大陸を旅する、冒険者だ。

 元々は大陸南部にあるサウザ村を拠点にしていたが、近隣のダンジョンばかり探索するのに飽きて、思い切って冒険旅行に出発した。それが今から一ヶ月ほど前のこと。

 そして三日前。モンスターとの戦闘中に毒を受けて、解毒魔法と回復魔法を試みたが全快せず、熱を出して――おそらく毒の影響による発熱で――寝込み、現在に至る……。

「病気や怪我で数日くらい寝込んだ後、一時的な記憶喪失に陥る……。そんな話は聞いたことあったけど、まさかシンが、その状態になるとはねえ」

 いや、そう言われても。

 まず『シン』という名前で呼ばれていることから始まって……。冒険者? 冒険旅行? モンスター? 毒?

 頭の中、ハテナマークだらけ。

 それは素直に、顔に出てしまったらしい。

「まあ、安心して。聞いた話の通りなら、記憶は少しずつ、自然に思い出すらしいから」


 確かに、彼女の言う通り。

 数日もしないうちに、少しずつ色々と『思い出して』きた。

 日本で高校生をしていた僕ではなく、明らかに他人の過去としか思えない記憶を。

 それによると。

 ここは魔法やモンスターの存在する、まるでゲームやアニメのようなファンタジー世界。『四大大陸』とも呼ばれる世界だ。その中の、北の大陸――通称『火の大陸』――を、彼女が説明したように、姉弟二人で旅しているのだ。

 ちなみに、僕も姉も、人並み外れた跳躍力を活かして戦う剣士。かつて空飛ぶ竜をジャンプ攻撃で仕留めた剣士がいるという伝説にちなんで、僕たちのような冒険者は『竜剣士』と呼ばれるらしい。僕や姉の場合、単なる竜剣士ではなく、それに加えて魔法も使える。回復や解毒などの白魔法と、黒魔法に分類されるいくつかの攻撃魔法だ。

 この世界の魔法は、大雑把に分けたら白魔法と黒魔法の二つだが、厳密には六つの系統――風・土・水・火・光・闇――があり、それぞれを担当する形で神様も六人存在するそうだ。冒険者が呪文詠唱を口にする形で神様に祈りを捧げると、神様が力を貸してくれて、魔法が発動する……。そんなシステムらしい。

 ゲームやアニメよりも細かく設定されている感じだが、それでもこんな状況、最初は現実とは思えず、夢に違いないと思ってしまった。でも何日も続くなんて、夢にしては長過ぎる。

 だから、僕は考え直した。

 これが夢ではないとしたら……。

 何らかの理由で、僕の魂だけが、異世界で生きてきた『シン・ド・ビス』の体に、入り込んでしまったのだろう。

 これって……。

 漫画やアニメで見たことがあった。そう、異世界転生という現象だ。


 そして、魔法に関する話くらいまで『思い出した』ところで、

「じゃあ、そろそろ冒険再開しましょうか」

 姉は、僕たちが宿泊していたテントを畳み始めた。

 そう。

 いよいよ。

 モンスターが出没する野外を進む、冒険の旅が始まるのだ!

 僕シン・ド・ビスと、姉ルベラ・ルビとの、二人旅が!


 ちなみに。

 弟と姉とで、なぜ姓が異なるのか。

 その点だけは『思い出す』ことが出来ず、不思議に感じたので、姉に疑問をぶつけたところ……。

「あらあら。それは……」

 一瞬だけ呆れたような表情をした後、姉は笑顔で説明してくれた。

「いずれ思い出すでしょうけど、この世界では、よくあることなのよ。女の子は将来お嫁にいって姓が変わっちゃうから、『お前は我が家の後継あとつぎではない』という意味で、生まれた時点で別のファミリーネームをつけてもらう場合があるの」

 そうなのか。

 少し理解しがたいシステムだが……。

 きっと、これも、このファンタジー世界『四大大陸』独特のルールなのだろうなあ。

   

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