CHAPTER 19


「……見送りの列にはいない、と思っていたのだが。ここで待っていたのか」

「救国の英雄に見送りも無しだなんて、王女の名折れですもの」


 朝焼けの中で国中に見送られながら、赤いバイクに跨り国を発った彼は――国境線付近となる林の前で、待ち伏せていた私と対面する。いつもは素っ気ない彼だが、さすがにそのまま通り過ぎるようなことはせずに、私の前で停車してくれていた。


「……行って、しまわれるのですね」

「あぁ。……俺はCAPTAIN-BREAD、だそうだからな」

「そんな言い方、なさらないでください。私達にとって、その名は英雄の意味を持つのですから」

「そうなのか」

「そうなのです。……それと、お渡しするものがあります」


 ――彼は忙しい身だ。今この瞬間も彼は、次に救うべき弱者にのみ目を向けている。彼を想えばこそ、名残を惜しんではいられない。

 私はバイクに跨ったままの彼に寄り添うと、その硬い掌に寒冷地仕様の光線銃を乗せる。爺やから貰った護身用だったが、今の私が持っていても無意味な代物だ。


「……私だと思って、持って行ってくださいまし。弾切れになったら、捨ててしまって構いませんので」

「捨てれば敵に使われかねん。……くれるというのなら、これは永久に俺のものだ」


 金品の類が役に立たずとも、武器なら違うはず。そんな私の見立てに狂いはなかったらしく、彼は快く唯一の褒賞を受け取ってくれた。

 ――彼の発言に他意などない、と頭で理解していても。「俺のもの」と言われた瞬間、私の胸は痺れてしまい、身体が熱を帯びてしまう。防寒着の下はすでに、汗だくだ。


「……最後に一つだけ、ワガママ……聞いて頂けますか」

「なんだ」


 バイクのエンジンはずっと、掛かったままになっている。手短に用件を済まさねば、次の街までガソリンが持たない。

 私は無数にある要望の中から、どうしても外せない一つを厳選し、それを口にする。この短時間で果たしうる、私のワガママを。


「本当のあなたを、見せてください」


 よほど先を急いでいたのだろう。


 私がそれを言い終えないうちに、彼は何の躊躇いもなく――鉄仮面を外してしまった。


「……っ!」


 艶やかな黒髪を靡かせる怜悧な美男子の素顔が、白日の下に晒され――私の精神に、過去最大の衝撃を齎す。

 年齢はおよそ20歳前後。人種は……極東のアジア系、だろうか。体格はアメリカ軍人のように屈強だが、顔付きからはスマートな印象を受ける。今にも吸い込まれてしまいそうな黒い瞳は、紅潮している私の眼を捉えて離さない。


「……あっ……」


 その眼差しだけで私の心と身体は、彼に支配されてしまいそうだった。だが、私がそうやって惚けている間に、彼はさっさと仮面を被り直してしまう。


 ――本名は何というのか。どこから来たのか、家族はいるのか、歳はいくつなのか、好きなものは何なのか――恋人はいるのか。

 聞きたいことなら、山ほどある。どれも1ヶ月の旅の中では、切り出せなかったことばかりだ。しかしもう、そんな時間はない。


「そろそろ、行く。……達者でな」

「……はい。この国を、私を救って頂いたこと……深く、感謝しております……」


 彼は恭しく頭を下げる私を尻目に、エンジンを噴かせると――次の戦いへと、旅立ってしまった。純白の世界を突き進む赤いバイクは、瞬く間に私の視界から消えて行く。


「……そして、きっと誰よりも。あなただけを……愛しています」


 そして、林の中へと完全に彼が消えた後に。もう決して、私の言葉が届くことはないと、確信した上で。

 私は箍が外れたかのような嗚咽の中で、口にすることさえ憚れるワガママを、独り漏らしていた。


 その後に聞いた、風の噂によると。


 鎧を失いながらも、飢えた人々のために戦う流浪の戦闘改人は。その腰に、雪国製の光線銃を提げるようになっていたのだという――。

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