CHAPTER 18


 22世紀に入り、四半世紀に差し掛かろうとしていた西暦2121年。とある東欧の片隅には、小さな宮殿と村で構成されている雪の小国がある。

 「雪のリヒテンシュタイン」とも謳われるその国で、王女として生まれ育った私――エヴェリナ・ノヴァクスキーは、父上や母上、家臣の爺や、それに民の皆からも精一杯の愛情を受け、14歳まではそれなりに幸せな人生を送れていた。


 だが3ヶ月前、実権を狙っていたという大臣が謀反を企て、父上と母上を幽閉してしまったのである。遥か遠くの先進国から、「機甲電人オートボーグ六戦鬼ろくせんき」と呼ばれる殺人兵団を買い寄せていた彼は、その力を背景に私の国を瞬く間に征服してしまった。


 私は爺やの手引きで逃げ出すことは出来たけれど、すぐに追手が来て……遭難してしまったのである。

 故郷の国から一歩も外に出たことがなかった私には、吹雪で数m先が見えない未知の土地を踏破することなど、不可能だった。食糧が尽きた私は為す術もなく、飢える一方だったのである。


 ――そんな時。赤茶色に錆び付いた装甲強化服スーツ鉄仮面マスクで、全てを覆い隠した「彼」が、私の前に現れた。


 機甲電人より1世代前の旧型兵器――「戦闘改人コンバットボーグ」である彼を前にした私は、彼を追手と勘違いしてしまい、怯えながら光線銃を構えていたのだが。そんな私に彼は、敵意を全く見せずに。


「……さぁ、これを」


 とだけ、口にして。小さな一つのパンを、差し出したのだ。


 それが私と、彼の出逢い。その後、一連の事情を聞いた彼は私を故郷の国まで送ると言い出した。


 その申し出を受けるしかなかった私は1ヶ月に渡り、彼と2人で故郷を目指す旅に出たのである。慣れない足取りで食べ物を探しながら、少しずつ故郷に向かって近づいていく私の旅路を、彼は何も言わず支えてくれていた。

 ……本当に無口なので、お話がなかなかできず私がむくれてしまい、彼を困らせてしまうこともあった。今にして思えば、命の恩人に対して失礼だったと痛感している。


 だけど……そんな場合ではないと、わかっていても。生まれて初めて国の外に出て、色んな冒険を知ることが出来たこの旅を、私は一生忘れることはできないと思う。

 本当に、本当に楽しかったのだ。何があっても彼が守ってくれるから、という前提があってのことだが……救うべき家族と民に想いを馳せる一方で、ずっとこの旅が続けばいいのに、と思ってしまう夜さえあった。

 彼との旅は本当に、飢え以上の何かを、私の中に満たしてくれていたのだ。


 ――けれど。その旅も、たった1ヶ月であっけなく終わりを告げる。


 私を狙う刺客を追い払いながら、私を故郷まで送ってくれた彼は。国を占領していた大臣の私兵と六戦鬼を、駆けつけて来たGRITグリット-SQUADスクワッドと共に制圧し――瞬く間に、国を救ってしまった。

 戦いの後、「BLOODブラッド-SPECTERスペクター」という犯罪組織の残党と繋がっていた大臣は、六戦鬼を買い取り国を混乱させた罪を償うため、牢に入ることになったのだが――彼の「力」を思い知らされた今、二度と謀叛など考えられないだろう。GRIT-SQUADのメンバー達も彼の勝利を見届けた後、すぐさま風のように立ち去ってしまっていた。


 聞けば彼は、飢えに苦しむ子供達のためにああやって、世界各地を転戦しているのだという。なら、飢えて苦しんでいた私を救ってしまった今、彼がここに留まる理由はない。

 彼は明日には、旅立ってしまうのだという。父上も母上も爺やも民の皆も、国の誰もが、彼を英雄ヒーローとして讃えようと言っているのに――彼は来週の祭りにも出ないつもりのようだった。

 このクーデターで犠牲になった、義勇兵を含む多くの人々。彼らを悼み、そして前に進むための祭りだったのだが。どうやら、主役不在で開催することになりそうだ。


「……」


 3ヶ月振りに帰ってきた、故郷の宮殿で。独り寝室に籠る私は、窓辺に映る夜の雪景色を、無言で見つめていた。

 どこか懐かしいとさえ思う、着慣れたはずのドレスも。窓に映る金色の長髪も、白く雪のようと言われている、この柔肌も。

 彼に見てもらう機会は、もうない。あるとすれば、明日の旅立ちを見送る瞬間だろうが――正直なところ、今となってはそれすらも辛いのだ。


 ずっとそばにいて欲しい、共に生きたい。明日に会えばきっと、そんなワガママが漏れ出してしまう。

 そんなことは、許されない。彼はただ、私が空腹で苦しんでいたから現れたに過ぎない。彼を王子様だと思っているのは私だけだし、一緒に冒険が出来て楽しかったのも、私だけだ。

 彼は私が飢えていた理由を取り除くためだけに、身を呈して戦ってくれていたのだから。どんな恩賞も、彼の役には立たないのだから。せめて彼が望むままに、その旅路を見届けるしかない。


 爺やも両親も、国連軍と深い繋がりを持つ彼との仲を、応援してくれてはいるのだが――彼という人を知ればこそ、寄り添うことが許されないと分かってしまう。

 純粋なヒトならざる戦闘改人でありながら、力無き人々のために戦う彼の道を阻むなど、どうして出来ようか。それも、本来助ける義理もなく、たまたま空腹だっただけの理由で国ごと救われてしまった、私が。


「……ぁっ……」


 そうして、切なげな声を漏らしながら。窓に向かって、彼のことを呟こうとした時。

 私は国や両親、民のことで想いを馳せるあまり、今の今まで大変なことを失念していたことに気づく。


 私は、彼の名前を知らない。それどころか、あの鉄仮面の下にある、素顔さえも。


 1枚の古びた盾を携えた、胸に十字の傷を持つ真紅の戦闘改人。

 私が知っている彼の姿は、それだけだということに――今頃になって、気付いてしまったのだ。


「……」


 叶わない恋であることは、構わない。別れる覚悟なら、明日までに間に合わせてしまえばいい。


 だが――愛してしまった彼の顔すら知らないままだなんて、耐えられない。あの鉄仮面でしか、彼を知らないだなんて。


「……っ!」


 そして、夜が明けて。2121年の12月24日クリスマスイブを迎えた、雪原の彼方に――眩い朝陽が昇る頃。


 私は独り、最後の「ワガママ」を決意する――。

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