CHAPTER 11


「姫様!? ……ほ、本当だ! あそこの丘に姫様が! し、しかし……!」

「急げお前達! 幸い奴らは6人しかおらん! 六戦鬼が奴らを抑えている間に、エヴェリナ姫をひっ捕らえてしまえば我らの勝利は固いッ!」


 その怒号に、私の背筋が凍りつく瞬間――兵士達の表情から葛藤の色が消え去り、銃口を向けながら丘をよじ登り始めた。

 私の身柄を拘束するまでもない。射程距離まで近づかれた時点で、GRIT-SQUADの敗北が決定してしまう。


「……!」

「まずッ――ぐぅッ! だ、誰か、あっちの姫さんの護衛に行けるか!?」

「そうしたいところだが……!」

「こいつら、私達を行かせないつもりッ!?」


 CAPTAIN-BREADをはじめとする他の超人戦士達も、その動きに気付いていないわけではない。が、大臣の指示に応じて動く6機の機甲電人は、彼らを絶対に行かせまいとしていた。


「申し訳ありません、姫様……! 我らのためにもどうか、ご容赦を!」

「っ……!」


 そうしている間にも、私に迫る兵士達の銃口が、近づいて来ている。頭では逃げなければと理解しているのに、震える両脚が言うことを聞いてくれない。


「……下がりなさい、無礼者っ! 下がらねば……撃ちますよ!?」


 ならば、戦うしかない。逃げられないというのなら。足が動かないというのなら。

 もはや私を守ってくれるのは、爺やが残してくれた、この光線銃レイガンだけ。蒼い銃口の先が兵士達に向けられ、彼らは僅かに動きを止める。


「姫様……安全装置セーフティが外れておりませんぞ。無駄な抵抗はおやめください」

「……お、お黙りなさいっ! 撃ちますよ! 本当に撃ちますよっ!?」


 だが、震えが止まらない銃口の先は、兵士達の体を捉えることは出来ず。再び迫り始めた彼らは、安全装置が掛かったままの銃を恐れることなく、私との距離を縮めていた。


 ――私のために、彼らが何も出来ず敗れてしまうなど、あってはならない。安全装置さえ外してしまえば、あとはただ引き金を引くだけで、その結末を回避できるというのに。

 指が、動かない。動かないのである。


「うっ……ぁあぁあああぁあーっ!」


 その現象こそ。私に一線を超えさせないために神が与えたもうた、真の「安全装置」なのかも知れないが。ならば今こそ、そのタガを外さねばならない。

 私は身を切るような悲鳴を上げ、手の震えが止まらないまま、安全装置を無理矢理外し――今度こそ撃てる状態で、兵士達に銃口を向ける。


 そして。


 躊躇いながらも、心の痛みに喘ぎながらも。罪悪感と恐怖に、擦り切れながらも。


 必殺の覚悟を決め、引き金を引いた――その時であった。


「結構。お前の覚悟、しかと見届けた」

「……!?」

「だが、手を汚すのはお前ではない。それは……余の役目であるからな」


 私が光線銃を撃ち放ち、人の命を奪おうとした、瞬間。突如、背後から伸びてきた白い腕が――私から光線銃を取り上げてしまう。

 激しい発射音と共に銃口から放たれた熱線は、吹雪の空へと飛び去って行き。私と、白い腕の主である銀髪の男性は、その閃光の行方を仰いでいた。


「さて……大事ないか、地球の娘よ」

「……!? あなたは……!」


 私から光線銃を奪った男性は、その後すぐにこちらを気遣うように声を掛けて来たのだが――私は、彼の容姿に思わず声を失ってしまう。


 195cmにも及ぶ長身。漆黒のローブから覗く、しなやかながらも逞しい肉体。艶やかな銀髪に、燃え盛るような紅い瞳。そして、その全てを芸術的に魅せる絶世の美貌。

 腰に届くほどの長髪ではなく、短く切り揃えられたショートヘアである点を除けば――あのセイクロスト帝国のテルスレイド陛下と、瓜二つの姿なのである。


「……!? お、おい見ろ、あの顔……!」

「な、なんでここにテルスレイド陛下が……!?」

「なっ……なにぃい……!? バカな、そんなバカな……!」


 一部始終を目撃していた兵士達も、大臣も、眼前に現れた人物に目を剥いている。このような雪山の奥深くにある小国に、なぜ異世界の皇帝がいるのか。驚愕して、当然だろう。


「テルスレイド……か。生憎だが、人違いだ」


 そんな私達の反応を、予想していたのか。彼は自嘲するような笑みを浮かべながら、漆黒のローブを翻すと――その下の素肌を露わにする。

 黒のレザーパンツやブーツによって、より際立っている純白の肌と、堅牢な筋肉。それを露出させた彼は、自身の逞しい腕で私の前方を遮ると、兵士達に向けて歩み出して行く。


「人違い……だと? 紛らわしいツラで出て来おって、偽物めッ!」

「貴様もあの聖騎士達と同じ、国連軍とつるんでいる帝国の使者か! こ、こうなれば……貴様も蜂の巣にしてくれるッ!」

「し、死にたくなくば……姫様を渡せッ!」


 彼を「偽物」と糾弾する大臣の叫びに突き動かされ、兵士達は震える銃口を眼前の男性に突き付けていた。が、雪を踏み締め足跡を残し、歩みを進めている彼は全く止まる気配を見せない。


「偽物? ……ククク。いかにも、偽物よ。だが、ただの偽物ではないぞ」

「な、なにぃ……!?」


 そして。彼が黒のローブを翻し、その下に隠されていた白い肉体美を露わにした――瞬間。


「――最悪にして、最恐の偽物だ。覚えておくがいい」


 紅い電光に包まれたその身体は、瞬く間に浅黒い肌へと変貌し。両眼からは瞳が失われ、頭部から3本もの角が伸びてきた。

 面妖、という言葉だけでは言い表せない変わりように、兵士達はもとより――敵意を向けられていないはずの私でさえ、戦慄を覚えている。


「な、なんだ……なんなのだ、その姿は!? こ、この化け物がッ!」

「化け物? 実によく分かっているではないか、地球人。……少し感情が昂るだけで、この始末であるからな。これを化け物と呼ばずして、なんとする」

「な、何ぃ……!?」

「……これは、魔人復活の禁呪が余に齎した『残滓』の発露よ。魔人に非ず、ヒトにも非ず。何者にも成れぬまま、御飾りの皇帝となった余には似合いの姿であろう」

「な、何を言っておるのだ、この男は……!?」


 気位の高さを滲ませる佇まいに反して、絶えず自分を卑下するかのような言葉を紡いでいる。そんな彼の発言はどれも、要領を得ないものばかりだが――その奥底から衝き上げている感情が、「憤怒」であることだけは明らかだった。

 得体の知れない彼に対して罵声を浴びせ、喚き散らしている大臣を見つめながら。3本もの角を持つ男は一歩一歩踏み締めるように、悠然と進み続けている。


「魔人紛いの半端者……さしずめ、VAIGAIヴァイガイ-MANマンと言ったところか。だが、魔人の1割にも満たぬこの力であろうと、貴様らのような雑兵を屠ることなど造作も無い」

「な、何をッ!? ――ええい、お前達! さっさとその男を蜂の巣にしてしまえッ!」

「う……うぉああぁああッ!」


 ――VAIGAI-MAN。そう名乗った彼は、大臣の命による一斉射撃を浴びても。その全身から、鮮血を噴き出しても。一瞬たりとも怯むことなく、進撃する。


「と、止まらねぇ! 効いてねぇのかッ!?」

「案ずるな、よく効いておるわ。……ただ、『別の痛み』が強すぎるだけのことよ」

「別の痛み……!?」

「テルスレイドが愛したこの世界に、余の如き愚物共がのさばっていること。そして……貴様らが殺めてきた民草の匂いが、未だこの地に残り続けていることだッ!」

「ひ、ひぃッ――!?」


 その身体が加速したのは。燃え滾るような怒りを眼に宿し、3本の角が兵士達を捉えた瞬間であった。


TRIDENTトライデント-SPIKEスパイクッ!」

「ひ、ぎゃあぁああッ!」


 筋力を増強させる、異世界の呪文なのか。彼が雄叫びを上げる瞬間、その浅黒い肉体は内側から膨れ上がり――荒れ狂う闘牛の如き突進で、兵士達を次々と跳ね飛ばして行く。

 天に向かい伸びる3本の角が、その一撃にさらなる威力を齎していた。


「……あ、あんた……!」

「ククク……どうした、レグティエイラ。何か余に申すことでもあるのか」

「はぁっ!? べっ、別に? 助けてなんて言ってないけど? ……ま、まぁ、助かった、わ。あ……ありがと……大義でしたっ! 以上っ!」

「ククッ、そうかそうか」


 機甲電人との戦いを続けている、GRIT-SQUAD。その紅一点である銀髪の美女――KOYOKUKIは、彼と面識があるらしい。

 バツが悪そうに顔を逸らしながら、桜色の唇を窄めて謝礼の言葉を呟く彼女の様子に、VAIGAI-MANは気を良くしたのか――得意げに分厚い胸板を張り、高らかに叫ぶ。


「聞けッ! GRITグリット-SQUADスクワッドの者共よ! この娘の護衛は、余が引き受けたッ! お前達は心置きなく、その人形共を料理するが良いッ!」

「……なぜあいつが仕切ってる?」

「いいじゃねぇか、見直したぜ陛下!」

「よし……彼が歩兵部隊を食い止めている間に、私達は六戦鬼を!」

「オッケー、俄然燃えてきたよッ!」


 そんな彼の姿にDELTA-SEVENが呆れ、V-STARが好意的に笑い。BERNARDとQUARTZが、ますます戦意を高めて行く。


「……ッ!」


 そして、CAPTAIN-BREADは――その鉄拳に宿した闘志グリットを、静かに、より熱く燃やしていた。


 ――そういえば。テルスレイド陛下はセイクロスト帝国の第2皇帝であり、彼には第1皇帝である双子の兄がいるらしい。

 その名は、ルクファード・セイクロスト。未だ公の場に姿を現したことがない人物であり、名前以外は何一つとして明らかにされていない謎の人物なのだが。


 まさか。いや、考え過ぎだろう。


 考え過ぎに、決まっている。

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