CHAPTER 5
――カナダ、トロント郊外。
普段なら豊かな緑に囲まれているこの住宅街は今、降り積もる雪により純白に染められている。街中に飾られたクリスマスツリーとイルミネーションが、年に一度訪れる日に向けた賑わいに彩りを添えていた。
「
「そう。異世界の出現と干渉に揺れるこの世界を守る、新進気鋭のヒーローチーム。その一員に、君を迎えるために来た。……カナダ陸軍衛生隊所属、ポール・バーニー軍曹」
リビングのソファに腰掛け、その雪化粧を眺めるヘンドリクスの視線の先では――ブロンドの髪を丸刈りに切り揃えた、筋骨逞しい男性が神妙な表情を浮かべていた。
身長は180cmほどであり、年齢は25歳。青い瞳はどこか逡巡するように揺れ、赤のダウンジャケットを着ていても分かるほどの堅牢な
「……私に声を掛ける理由を、伺っても?」
「当然の質問だな。理由なら……今の君の状況、と言ったところか」
「私の状況……ですか」
「前時代的な
「……」
ヘンドリクスの問いに、ポールと呼ばれる男性は暫し口を噤み、苦い過去を噛みしめるように天井を仰ぐ。
過去にBLOOD-SPECTERが起こしたテロで妻を失い、機械の体となって生き延びた彼は――
だが、BLOOD-SPECTERが差し向けていた戦闘改人によるテロは彼の妻だけでなく、多くのトロント市民を殺めていた。その過去に端を発する戦闘改人への差別は、被害者であるはずのポールにも及んでいるのである。
軍の同僚や上官達は、救助用戦闘改人となったポールに理解を示し、日々気遣っているのだが――その中にも、テロの惨劇を想起させる機械の体を恐れてしまう者はいた。
妻を失い、肉体を失い、市民からの信頼までも失ってしまった彼は、残された1人息子と仲間達の支えにより、辛うじて持ち堪えているのである。
「パパっ、ただいま! あれ、おじちゃん、だれ?」
「あぁリック、おかえり。この人はパパのお仕事の……って、どうしたんだそのケガ!」
「……」
そんな中、学校から帰ってきた6歳の息子――リック・バーニーがドアを開け、リビングで待っていた最愛の父の胸へと飛び込んで来た。
父譲りのブロンドの髪と青い瞳を持つ、愛らしい容姿の美少年――であるはずの彼の頬には、いくつもの擦り傷が窺える。
「……もしかして、またケンカか?」
「だって……アイツら、パパの悪口ばっかり言うんだよ!? 悪い奴らと同じ機械野郎だって、気味が悪いって! パパは今までずっと、皆のヒーローだったのにっ!」
「リック……」
「
父の胸に顔を埋め、悔しげに唇を噛み締めるリックの手には、最近になって「スーパーヒーロー」として認知され始めた――CAPTAIN-BREADの人形が握られていた。
同じ戦闘改人でありながら、民衆の味方として知られている彼の存在がなければ、バーニー親子を苦しめる差別はさらに苛烈なものになっていただろう。学校でのいじめやケンカ、では済まなくなるところだった。
「これは栄転だよ、バーニー軍曹。機械の体になった君だからこそ出来る仕事だ」
「……なれるのですか。私も……戦闘改人でありながら、ヒーローとして受け入れられている……
「彼のような? それは違うぞ、バーニー軍曹。君には、彼をも凌ぐヒーローになってもらう。その子に明るい未来を、約束するためにもな」
「……いいでしょう。乗りますよ、その話」
啜り哭く息子の頭を撫でながら、ポールは真摯な眼差しでヘンドリクスを射抜き、深く頷く。そんな彼の真剣さを目の当たりにした老紳士は、加入を承諾した彼に自分の腕を差し出した。
「そのためもまず、形から入らねばな。君に支給されているスーツは正直、見てくれが良くない。こうも無機質なデザインでは、BLOOD-SPECTERを想起して怯える市民が多いのも無理からぬことだ」
「は、はぁ」
「ヒーローにとって見た目は大事だろう。……例えば、こんなビジュアルはどうだね?」
その手首に巻かれた、腕時計型の
無彩色でさして特徴もない、無骨なスーツに難色を示すヘンドリクスは――通信機器のスイッチに触れ、自身が用意した「新型」を映し出す。
そこに映し出されたのは、赤と白を基調とするヒロイックな装甲強化服であった。
セントバーナード犬をモチーフとする鉄仮面に輝く、黄色いランプ状の両眼。背部に搭載された、修復剤入りの小型タンク。腰回りのガンベルトに備わる、栄養ドリンクのボトルと救急パック。両手首に内蔵される、冷凍ガス噴射器。
身体能力を底上げする強化服を除けば、他の衛生兵とさして変わらない装備しかなかった以前とは、何もかもが違うその「新型」を目の当たりにして――ポールは自分がこれを着るのか、と息を飲む。
「これは……セントバーナード?」
「そう。17世紀から現代に至るまで、救助犬の代名詞としてその名を刻むセントバーナード。CAPTAIN-BREADを超えるとなれば、それくらいの箔は付けておかねばな」
「……」
その中でも一際異彩を放つ、セントバーナード犬を象った仮面を見つめるポールは――やがて意を決したように顔を上げると、最愛の息子と視線を交わした。
「パパ? また、お仕事?」
「あぁ……でも、心配するな。何があってもパパは、お前のヒーローでいる。暫くの間、叔父さんの家で待っていなさい」
「……うんっ!」
力強くそう宣言するポールに、リックは笑顔を咲かせて首を振る。そんな息子に微笑みながら――父として、ヒーローとして戦うと決めた彼は、ヘンドリクスに勇ましい眼差しを向けた。
「この子のクリスマスプレゼントに、ヒーローとしての勝利を持ち帰る。それが条件です」
「……いいだろう、勝たせてやるとも。付いて来たまえ、
そんな彼に、ヒーローとしての名を与える老紳士も。不敵な笑みを浮かべ、深く頷いている――。
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