桂浜に別れを〜高知を発つ!

高知を発つ時、私は上空から桂浜を見たいと思った。なので、もちろん窓側の席を確保していたのだ。


それなのにそれなのに。

空港のカウンターで「機種が変わり、お席の位置が若干ずれてますのでご了承ください」みたいなことを言われ、大して気にも留めずに乗り込んでみたら……である!!


私の席の窓の下にガッツリ翼がくっついてるじゃあ、ありませんか!


これじゃあ、桂浜が見えないよ〜


未練があまりに強く、私はCAさんを呼び止めた。

そして、「もう二度と高知に来ることもないと思うので、ぜひとも上空から高知を見たかったのですが、席がズレたとかで全然見えないんですけど」などと言ったもんだ。「」なんて、ちょっと強調しながら。

いま考えると、恥ずかしい。子供じゃあるまいし。

でも、その時は高知旅の締めくくり方にこだわっていたので、なりふり構わず「もしほかに眼下の景色が見える席が空いていたら交換してほしい」と頼んだ。


恥も外聞もかなぐり捨てた甲斐あって、しばらくして戻って来たCAさんが「後ろから2番目でよろしければ、外が見えるお席が空いてますので」と案内してくれた。やれやれだわ〜。移動して腰を落ち着けると、離陸へ向け態勢を整えた。


そうして、飛行機は高知龍馬空港を飛び立ったのだが。

桂浜をしかと目に焼き付けるにはあまりに短い秒数のうちに機体は角度を変え、あっという間に雲の中に突っ込み、高知見納め作戦はあっけなく幕を閉じたのだった。


なんだ〜、海岸線もよくわからなかったなぁ。拍子抜けしてしていると、なんとまたCAさんがやって来た。

「景色は見られましたか?」

わざわざ確認してくれるとは。恐縮しながら「はぁ、なんとなくは」と笑ってごまかしたのだけど、それだけでは済まなかった。物言いたげなCAさん、次の瞬間ひざまずいたかと思うと、その濃く彩られた印象的な顔で私を見上げながらこう言ったのだ。

「高知には、もう戻ってこられないんですか?」


その思いがけない質問に不意をつかれ、一瞬言葉を失ってCAさんを見返すと、なんと大きな瞳にうっすら涙を浮かべているじゃあ、ありませんか!

すぐにその意味合いを悟ったわたくし、「いえいえ、私は高知出身ではなく、でもだから旅行でもそうそう何度も来られないので、締めくくりに桂浜を上から見てみたかっただけなんです」と慌てて言ってしまった。


言わなければよかった。

きっとCAさんの中では、高知出身のお客様が、事情があってもう二度と戻ってこないと決意だか覚悟だかして故郷をあとにする、その故郷の(上空からの)見納めをお席を交換することでサポートするのだ、というストーリーだったに違いない。それこそもう二度と会うこともないCAさんだろうに、焦った私は小さな美談を潰してしまったのだ。


やさしいウソでも、とっさにはつけないものだ。

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