キスの練習
夕景ゆみ
第1話
演劇部の練習場所には先輩と二人だけ。先生に頼んで先輩と二人だけで居残り練習をしている。先輩が演じる役と私の演じる役は恋人の関係である。そのため、二人の掛け合いが多いため居残り練習をしたいと頼んだ。本当に掛け合いが多すぎるのではないかと台本を書いた人を恨みたいものだ。それだけなら何ら問題ではない。問題なのは、キスシーンがあることだ。どうしものかと、台本でキスシーンのところを読み返していると
「キスをされるなら、どのようなシチュエーションが良いか」
と先輩は私の台本をのぞき込みながら聞く。
「今からキスするのが分かっていると、身構えてしまう。だから、突然唇を奪われるシチュエーションがいいです。」
私が言い終わる前に、先輩はキスをしようと迫ってくる。突然のことで私は後ろに仰け反る。身長差があるため、先輩は背伸びをして唇を奪おうとした。しかし、唇が遠くて無理に背伸びをしたため前に倒れてしまう。そして、二人はともに倒れ、拍子にキスをしてしまう。
「いつまで覆いかぶさっているつもりですか?」
後輩の一言で我に返った先輩は状況を把握し、私の上から名残惜しそうな顔をしながら退いた。
「私とのキスはどうだったかい?」先輩は私に尋ねる。
「あっけないものなんですね。期待外れでした。」
動揺を先輩に悟られまいと必死に冷静さを装いながら答える。
「もしかして、私とのキスが君にとっての初めてのキスだったのかい?」
「そんなわけないです。キスの一つや二つ経験済みですよ。誤解しないで下さい。突然キスされるというシチュエーションに期待外れだっただけですから。」
そんなことはない。何度先輩とキスすることを妄想したことか。
「私とのキスはそんなにも期待外れだったのか。それは残念だよ。」
私が先輩に言おうとした時、ガラッとドアが開く音がした。
「練習はどうした?」
と顧問の先生が教室に入ってきた。
もう二人だけの空間ではない。練習を再開しなくては先生に怒られてしまう。
部活帰りに今日あったことを思い出す。それにしたって先輩は私のことをどう思っているのだろうか。先輩からキスを迫ってくるとか想定外だ。何度私から迫ってキスしようと妄想したことか。
今度の舞台では先輩の演じる役とキスをするシーンがある。今までなら、小説とかドラマのキスを思い浮かべていたけど、先輩とした初キスが脳裏に焼き付いて離れない。舞台の演出としてキスする振りであり、唇と唇が触れる訳じゃない。だけど、どんな顔して唇を近づければいいの。キスがこんなにも心昂るものだとは思わなかった。
キスの練習 夕景ゆみ @ykeiymi
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