雨に歌えばー松岡修造Ver.

護道 綾女

第1話

 輸送機はまもなく東京都千代田区上空に到着する。飛行中のC-130Hの機内はにわかに慌ただしく動き始めた。今回の作戦の中心人物である松岡修造氏はタンデム降下に備え、座席より立ち上がった。作戦の成否は彼の力に掛かっている。

 

 事の始まりは令和元年五月一日にある。天皇即位の礼の折に姿を現した三種の神器、その一つである雨叢雲剣は東京ばかりか日本全国に雨を降らせた。箱に収められたままの形代であるはずの剣、その剣が現した恐るべき力に多くの者が驚嘆した。

 剣が真の力を発現すればどのような事態になるかと危惧する者もいたが、剣がまた「剣璽の間」に戻されれば問題はないと考えられていた。誰が皇居・吹上御所に忍び込み雨叢雲剣を盗み出すなどと思うのかということだった。

 しかし、それは起こってしまった。何者かが雨叢雲剣を剣璽の間から持ち出し、その力を解放した。その狙いは不明だが、真の力を現した剣は今や東京を水底へと鎮めようとしている。対策に困り果てた政府は対局の力を持つ松岡修造氏に支援を要請した。当初、自分の力は言われているほど自由に使えるものではないと、協力に難色を示していた修造氏だったが東京の惨状を目の当たりにし、作戦への同行を決意した。

 

 降下準備を整えた修造氏の目の前に都心を覆う灰色の雲が目に入った。最初に移動用のゾディアックボートや作戦用の備品が投下され、それに続き護衛の自衛隊員と共に修造氏は雲の中へと降下していった。

 雨雲を無難に抜けパラシュートは何事もなく展開し一同は無事眼下の土地に着水した。心配していた雨は予想されていたほど強くなく、安全な降下を阻むものではなかった。自衛隊員達がパラシュートを片づけボートの準備をしているうちに雨は止んだ。そればかりか彼らの元に陽光が射し始めた。見上げると頭上の雨雲に丸い穴がぽっかりと空き、きれいな青空が見えている。当惑する自衛隊員の中で修造氏だけが笑顔を浮かべ、空を見上げていた。彼の力が顕現し始めたのだ。

 準備が完了する頃には空の穴はその大きさを何倍にも広げていた。

「これより現地に向かいます」

 無線に告げる声とともに二隻の黒いゴムボートは皇居へ向かい出発した。

 二時間後、作戦成功、任務完了との報が入った。しかし、それは聞くまでもなかった修造氏により雲に穿たれた穴は見る間に広がり、やがて雲は霧散した。水が退くまで今しばらく時間がかかるだろう。だが、彼の力により都心を襲った未曾有の水害はようやく終焉を迎えた。

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